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フラグが立った日の話 (2)

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 宴もたけなわ。
 みんな程良く酔いが回り、舌が滑らかになって来ると、いよいよヨーコの独壇場となって来た。

「トモヤ~、みんなでニューヨークに来れて、本当に良かったデス~!大好きデス~!」
「おお、俺も嬉しいよ」

「タケ~、飲んでマスか? こんな時くらいもっとはしゃいで下さいヨ~! 歌え~、踊れ~!」
「歌わないし踊らねぇよ!ヨーコ、飲み過ぎだ。わきまえろ」

「今日はお仕事じゃ無いのデスヨ! 親友のつどいなのデス。無礼講ぶれいこうなのデス。……ねっ、ヒナコ。私たちは仲良しなのデスヨネ?」

「ええ、勿論! ヨーコさん大好きよ」
「ヒナコ……私もヒナコを愛してマス~!」


 マホガニーの6人掛けダイニングセットで、手前側に朝哉、雛子、ヨーコ。
 向かい側に竹千代と透が座っていた……はずなのに、朝哉がトイレに立った隙に、朝哉と雛子の間にヨーコが陣取っていた。

ーーくそっ、ヨーコめ、ヒナの隣の特等席を奪いやがって。

 抱き合いながらキャッキャとはしゃいでいる女子2人に苦笑しながら、朝哉はチラリと透の様子を窺う。

ーー明らかに意識してる……よな。

 ここに来てヨーコを見た瞬間の惚けたような表情。その後もチラチラと向けられている視線。変にカッコつけた爽やかな笑顔。そして……

「トオル、今日は無礼講なんだゾ! もっと飲みなさい、はしゃぎなさい!ムッツリはスケベなんですヨ!」

「あっ……はい。うん、飲んでます。ヨーコさんは大丈夫ですか?」
「ダイジョーブ……デスヨっ!トオルさん優しい!イイ男!」

ーーヨーコに話し掛けられるたびに頬を染めてニコニコしちゃって、なんだか嬉しそうなんだよな……。


 もしかすると、もしかするのか?

 運命の出会いや一目惚れというものが存在する事を、朝哉は経験上よく分かっている。

 透の好みとか過去の恋愛事情は聞いたことが無いけれど、もしも今、彼女がいないのだとしたら……そしてもしもヨーコに対して好意を抱いていると言うのなら……兄の恋路を応援するのもやぶさかではない……と思う。

 周囲が勝手に期待を押し付けるのは自己満足でしかないけれど、周囲のお膳立てで上手くいく関係もあるのだという事を、これまた朝哉は身をもって知っているのだ。


ーーただ、兄さんがヨーコの見かけに騙されて勝手に理想の女性像を作り上げているとしたら……。

 これはなかなか難しいぞ……と思う。

 ヨーコは黙っていれば『綺麗なお姉さんふう』。あくまでも『ふう』なのだ。

 朝哉たちは、ヨーコのキャラクターを理解した上で、全部ひっくるめてヨーコのことが大好きだ。

 果たして付き合いの浅い透が、そこまでヨーコの良さを理解してくれるのか……。
 まずはデートでもしてお互いをよく知って、ヨーコの素の魅力を分かって貰ったところでワンクッション置いて趣味を暴露するなら、あるいは……。


 そんな事をぼんやりと考えていたら、当のヨーコが自ら性癖の暴露という暴挙に出た。

「こうして見てると、タケもトオルもハンサムだから絵になりますケド、両方とも受けだからカップルにはならないデス。残念!」

ーーうわっ、ヨーコ!

 慌てて透を見ると、意味が良く分からないのか「受け……?」と首を傾げている。

「タケは健気けなげ受け、トオルは眼鏡受け。そしてトモヤは一見いっけん攻めに見えますケド、実は甘え上手なワンコ受けなのデス。ここにいる男全員が尽くし属性の受け! 攻めは何処デスカ~!」

 大声で叫ぶヨーコに雛子や竹千代は慣れたもので、

「ヨーコさん、こう見えても朝哉は結構強引なの。攻める時はグイグイ攻める男ですよ!」
 なんて雛子は何気に夫婦生活を暴露してるし、

 竹千代は「ヨーコが攻めのキャラなんだから、野郎が全員受けだって別にいいだろ」なんてBLから外れた事を言ってるしで、徐々にカオスになってきた。


 皆の会話について行けず茫然としている透に、竹千代が親切心から話し掛ける。

「ああ、透さん、ヨーコは日本好きがこうじてBLに夢中な腐女子なんですよ。妄想で好き勝手言ってるけど気にしないで下さい」

「B……L?」

 尚も不審げな透に竹千代が解説を加える。

「えっと……BLっていうのはボーイズラブの略で、男性同士の恋愛って事です。それでそういう漫画や小説なんかに夢中になってる女子のことを、世間では腐った女子……『腐女子』って呼んでいて……」

「そうなのデスヨ! 私はBLをこよなく愛しているのデス! ヒナコもお仲間なのデスヨ。ねっ!」
「ええ、純愛ものは泣けるわよね」

ーーマジか!俺のヒナが?!

「ヒナ、お前いつの間に腐の沼に……」
「前にヨーコさんから借りた学園ものが泣けるお話で素敵だったの。トモヤも今度一緒に読む?」
「お……おう……」

ーーヒナが興味を持ったのなら俺だって!

 雛子のためなら腐の沼に突撃することも辞さない朝哉に反して、透は動揺していた。

「男性……同性同士……腐女子……」

 まるで新しい言語を丸暗記するかのように、透は何度もその単語を繰り返す。


「ヨーコさんは……同性愛に寛容な方なんですか?」
「ハイ。BLバンザイ!……なのデスヨ」

 お酒でハイテンションのまま陽気に答えたヨーコに向かって、透が大きく溜息をついた。

「……せっかくの美人なのに勿体ないな」

ーーえっ?!兄さん……。

 それは禁句だろう!

 空気を読まない一言に、その場が凍りついた。

 バッと隣のヨーコを見ると、顔が能面のように固まって目が据わっている。
 ヤバイ、透がヨーコを怒らせた。

 どうにかフォローを入れねばと口を開いた時、一足早くヨーコが言葉を発した。

「ハァ? 勿体ないとは何事デスカ! BLを見下しています!」

「いや、見下しているとかではなく、あなたみたいに美しい人がそういうものに夢中というのは……」

「ヒナコ、トモヤ、タケ! この男が私のBLを侮辱しましたヨ!ショックです~!エ~ン!」

 ヨーコがお得意の泣き真似を始めた。
 目の下に人差し指を当ててエンエン言っている。

ーーアホか。こんな子供騙しに誰が引っ掛かるか。

「ヨーコさん、BLが素晴らしいって私は分かってるわ、泣かないで。透さん、その言い方は酷いです!」
「そうだそうだ、エ~ン!腐の沼に引き摺り込んでやる~!」

ーーそうそう、こんな見え透いた泣き真似で騙されるのはヒナくらいなもので……。


「ヨーコさん、すいませんでした。俺が悪かったです。泣かないで下さい」

ーーえっ?

「「 ええっ! 」」

 朝哉と竹千代が同時に驚きの声を上げた。

ーーマジか! こんな茶番に騙されるほど俺の兄は単純な男だったのか?!


「ごめんなさい、俺が失礼でした。女性を泣かせるなんて男の風上にも置けないですよね。 BLのことを良く知りもしないのに低俗だと決め付けて、全く失礼でした」

 大馬鹿野郎だ、本当にごめんなさい……とダイニングテーブルに両手と額をつけて謝る姿に、ヨーコがピタリと泣き真似を止める。


「本当に反省しましたか?」
「はい。ちゃんと勉強してきます」

「……トオル、いい奴!」

 ヨーコがパアッと笑顔になり、透の隣の席に移動する。

「ヨシッ、兄弟さかずきだ。飲みねぇ飲みねぇ」

 日本酒のさかずきでも無いのに、グラスに赤ワインをトクトクと注いでいる。
 透もグラスをありがたく両手で受け取って一気に飲み干す。

「おっ、兄ちゃんいい飲みっぷりダネ。飲みねぇ飲みねぇ!」
「はい、いただきます」

ーーなんだよ、この三文芝居。

 ヨーコがまた仁侠もののBLに影響を受けているのは想像がつくが、それに自分の尊敬する兄までが乗っかっているのは見るにしのびない。
 どうしたものかと見守っていると……。

「よし、トオル!盃を交わした以上は弟も同然! 私がBLの素晴らしさを教えてあげマス!」
「えっ、いいんですか?」

「私に任せなさい。シショーと呼んでクダサイ」
「師匠、よろしくお願いします!」
「エッヘン!」

ーーはぁ?!

 2人はあれよあれよと意気投合し、メアドの交換をして帰って行った。



 その夜、片付けをしながら雛子が言った。

「ねえ、透さんってヨーコさんのことを気に入ったのかしら」
「やっぱりそう思う?」

 お皿を食洗機に並べながら聞くと、雛子がコクリと頷く。

「私の知っている透さんはもう少し冷静沈着というか……物腰は柔らかいけれど、人との間にちょっと距離を置いている印象だったの」

 だけどヨーコに対しては前のめりで、だからこそあんな言葉を吐いてしまったのではないか……と言う。

ーーさすが俺のヒナ、よく見ているな。

「俺も同意見。まあ、余計なお世話をする気は無いけれど、必要があれば手を貸してやりたいな……って思うよ」

「そうね、ヨーコさんにはいろいろ心配かけたから……」

ーー今度は俺たちが……。


 大好きな2人がくっついて、家族ぐるみで楽しい時間を過ごす……そんな未来があるとしたら、とても素敵だな……と、2人は期待に胸を膨らませる。

 そして、朝哉と雛子がとっくに気付いていたフラグの存在に、当の本人……ヨーコも透も、この時はまだ、気付いてはいないのだった。





Fin


*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.・**・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

『フラグが立った日の話』終わりです。

 番外編は今後もエピソードが浮かぶ限り追加して行くつもりですが、ヨーコと透のお話はスピンオフとして独立させました。
『マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました』
よろしくお願い致します。
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