上 下
138 / 169

131、両親への手紙

しおりを挟む

『ここで新婦の楓花様より御両親へ、感謝を込めたメッセージが御座います』

 司会者の言葉で、いよいよだ……と胸に手をあてる。席から立って両親と向かい合うと、足が震えているのが分かった。
 緊張で指をプルプルさせながら手紙を開いていると、腰にそっと手が回されて、ポン、ポン、と優しく叩かれた。

「天馬……」

 目が合うと、優しく見守る猫のような瞳が頷いて、『大丈夫だ』と言ってくれている。

ーーそうだ、私はこれからこの愛する人と一緒になるんだ。だから大丈夫だよ、安心してね……それを伝えるため、今までの感謝の気持ちを込めて、両親にちゃんと自分の言葉で伝えるんだ……。

 スウッと胸いっぱいに息を吸い込んでから、楓花は長い時間をかけて何度も書き直した両親への手紙を読み上げた。

「お父さん、お母さん、23年間育てていただき、どうもありがとうございました」

 出だしは声が震えた上にかすれてしまった。だけど後ろに回された手の力強さに押されて、続く言葉を口にすることが出来た。

「私が幼い頃は、ヤンチャでおてんばな女の子でした。7歳年上の兄やその親友の天馬さんと同じようになりたくて、お母さんが買って来てくれたスカートには見向きもせず、ショートヘアーにオーバーオールで男の子みたいに振る舞っていました。

 兄たちの真似をして、高い鉄棒にぶら下がって手を滑らせては鼻血を出し、木登りの途中でズリ落ちて、膝と手を真っ赤に擦り剥いては号泣し、挙げ句の果てには兄たちの喧嘩の現場に自分から飛び込んで大怪我をし、麻酔が嫌だ、注射が嫌だと大暴れして、何度もお父さんとお母さんに心配を掛けましたね」

 ここまで読み上げて隣をチラリと見上げると、喧嘩のくだりで苦笑しながらも、天馬が頷いて先を促してくれた。

 天馬はこの手紙の内容を知らない。
『これでどうかな?』
 そう言ってアドバイスを求めたけれど、
『本番までの楽しみに読まないでおくよ。楓花の手紙なんだから、楓花がいいと思えばそれが正解だ』
 そう言ってもらえたから、最初の気持ちを大切にしようと思って、それ以上は手紙の書き直しをしなかった。

 楓花もうんと頷き返して続きを読み始める。


「東京で就職したものの、職場でうまくいかなくて引き籠もっていた私を、お母さんが連れ戻しに来てくれました。失意のまま、何の目標もなく帰って来た私を、家族のみんなは責めることも問いただすこともせずに、暖かく迎えてくれました。そして……天馬さんと再会することが出来ました」

 天馬と目を合わせて微笑み合うと、会場の何処かから「よっ!」という掛け声やヒュッと口笛が飛ぶ。

「あの時お母さんが連れ戻しに来てくれなければ、今の私はありませんでした。そして、天馬さんに背中を押してもらえなければ、また保育士として働こうとは思えませんでした。私は皆さんの優しさに支えられて、この場に立てています。

……お父さん、お母さん、いっぱい心配かけてごめんなさい。
 だけど私はもう大丈夫。どんなに辛いことがあっても、もう立ち止まったり逃げたりはしません。ここにいる天馬さんと手を繋いで一緒に乗り越えていきます。
 だから今度は……これからは、今までのぶん、沢山親孝行をさせて下さいね。

 今まで本当に……本当にありがとうございました。そしてこれからも、よろしくお願いします」


 手紙を閉じると、自然に母親と抱き合っていた。

 会場が拍手に包まれ、茜がハンカチを目尻にあてる。その隣では大河が鼻水を垂らしながら号泣していた。


『それでは本日の結びに新郎の天馬様より皆様への感謝のご挨拶が御座います』

 楓花に引き続き、今度は天馬の前にマイクが向けられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...