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68、最高の誕生日に最高の快感を (1)
しおりを挟む車内では2人とも言葉少なだった。
お互いの指を絡めてしっかり繋いだまま、車は来た道を戻っている。
イルカショーの会場を抜け出してからは早足で車に戻り、土煙を上げて駐車場から飛び出した。
「楓花……お腹空いてる?」
「あっ……どうだろう? 緊張とドキドキで食欲とか分からなくなってるみたい
「俺も……興奮し過ぎて性欲以外の感覚がぶっ飛んでる」
天馬は目の前の画面を操作して何処かに電話を掛けると、ハンズフリーで会話を始めた。
「……今夜2名で誕生日ディナーの予約を入れていた柊です。今夜の分をキャンセルして明日に変更したいんですが……はい、明日の夜7時でお願いします」
電話を切ると楓花の方を見て、
「ごめん、フルコースの間も待てそうにないから」
楓花は天馬と目が合うと黙って頷く。
ーー今夜とうとう私は……。
握った手がじんわり汗ばんでいる。その汗がどちらのものなのかはもう分からない。きっと2人のものが混ざり合っているんだろう。
車が向かった先は駅の真上にある高級ホテルだった。筒状のタワーが星空高くそびえている。
ホテル直結の駐車場に車を停めると、天馬はホテルに向かうエレベーターには乗らずに、一旦駅の方に出た。通路に並ぶ店の中からコンビニを見つけ出すと、楓花の手を引いて入って行く。
「はい、カゴ。俺はこっち側で必要な物を物色するから、楓花は飲み物や食べ物を選んで」
「はい」
ーー必要な物って……そうか……これから使う物か……。
ドキドキしながらお握りやパンをカゴに放り込んだ。頭の中までドクドク大きな音が鳴っていて、ちゃんと選ぶ余裕は無かった。
ホテルは一般のフロアとコンシェルジュフロア に分かれていて、天馬は迷うことなくコンシェルジュフロアの15階に向かう。
そこは高層階の宿泊者専用のレセプションで、ブラウンを基調とした、静かで落ち着いた空間だった。
横長のカウンターに並べられている、クッションが置かれた椅子に座りながらチェックイン手続きを済ませると、カードキーを受け取った天馬が楓花を見つめた。
「行くぞ」
「……はい」
すぐ先には大きな扉があって、天馬がキーをかざして入って行く。
ここから先はスイートルーム専用の空間だ。
エレベーターに乗ると、一番上の49階のボタンを押す。
「最上階なの?」
「うん、エグゼクティブスイート」
「嘘っ!」
「本当。特別な日だからな」
ますます緊張して来た。
部屋は過去に泊まったどのホテルの部屋よりも広くて豪華だった。当然か。
客室は2間からなっていて、1部屋目は横長のソファーセットに6人掛けのダイニングテーブル、そしてリクライニングソファや大きな重役用デスクまで置いてある。
お金持ちの長期滞在用部屋……という感じだ。
隣のベッドルームには大人2人が寝ても余裕で寝返りがうてるようなキングサイズベッド。家具調キャビネットに収まったテレビと大きな鏡の化粧台、そしてテーブルとソファがある。
部屋の奥2面は天井までの高さの大きな窓で、その向こう側には紺色の夜空に煌く 眩い街の明かりがあった。
「わあっ、わあっ、わあ~っ!」
地上200メートルから見下ろす夜景は圧巻で、見つめていると吸い込まれてしまいそうな感覚に陥るほど。
「気に入った?」
窓に手をついて眺めていたら、後ろから肩を抱かれ、耳元で囁かれた。
それだけで背筋をゾクッとした感覚が通り抜けて行く。思わずビクッと肩を竦めたら、肩を抱く力が少し緩められる。
「あっ、はい……気に入り…ました」
「……怖い?」
「ごめん……怖いんじゃないの。ただ緊張してて……」
首をふるふると横に振る。
「謝ることはない、俺もだから」
「えっ?」
クルリと後ろを向かされたと思うと、ギュッと右手を掴まれた。右手はそのまま彼の胸に押し当てられる。
ドッ、ドッ、ドッ……
ーーあっ
熱い胸板の下のそれは、ドッドッと早鐘を打っていた。気付けば楓花の手を持つ右手も小刻みに震えている。
「……分かった?」
「……うん」
「俺だって処女を抱くのは……ましてや好きな女となんて初めてのことなんだ。傷つけたくないし、痛い思いもさせたくないし……だけど理性が何処まで保つか分かんないし……やっぱり緊張するよ」
「そっか……天にいも同じなんだね」
「ああ。だけどここに来るまで2人で時間をかけてゆっくりステップアップして来たんだ。最後の1段は一緒に楽しみたいし、思い出に残るものにしたい」
「……うん」
「この日を首を長くして待ってたんだ。一緒に楽しんで、一緒に気持ち良くなろう」
「……うん」
不意にポロポロと涙が溢れてきた。
悲しいわけじゃないのに、嬉しいのに……。
「ごめん、嫌なんじゃないよ。ただ、いろんな感情が押し寄せて来て……」
天馬は目を柔らかく細め、壊れ物を扱うかのようにフワリと柔らかく抱き締める。
「……分かってる。楓花の流す涙も、この熱も汗も身体の震えも……もう俺たち2人のものだ」
そっと身体を離して瞳を合わせる。
「楓花……お前の初めてを俺に下さい」
「……はい、よろしくお願いします」
「最高の誕生日に最高の快感をくれてやる」
耳元で囁かれた瞬間にお姫様のように抱き上げられ、閉じた目蓋の上に柔らかい唇が降って来た。
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