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7、幼馴染の日々 (1)
しおりを挟む楓花と兄の大河、そして天馬は小さい頃からの幼馴染だ。
祖父母が営んでいる軽食喫茶 『かぜはな』は、名古屋の下町にある昔ながらの喫茶店。
お店の奥と2階部分が祖父母の住居になっていて、お店の隣にある2階建てが楓花の両親と大河、そして楓花が4人で住んでいた家だ。
『かぜはな』のオーナーである祖父の月白新之助は御隠居さん状態で、店はもっぱら祖母の八重とお嫁さん、そして週末だけのバイトで切り盛りしている。
『かぜはな』から2車線の広い道路を挟んで向かい側には、天馬の父親が院長を務める『柊胃腸科病院』があって、5階建ての建物の裏手を少し行くと、黒い鉄柵に囲まれた柊家の豪邸が建っている。
その『かぜはな』の御隠居さん新之助と『柊胃腸科病院』の理事長である茂が幼馴染で、『新ちゃん』『シゲちゃん』と呼び合う仲。
家がご近所で祖父同士が親友の囲碁仲間、そのうえ兄の大河が天馬と同級生となれば、妹の楓花が天馬と関わりを持つのも自然な流れだった。
ーーお兄ちゃんと天馬さんはいつもツルんでいて、7歳年下の私は、そんな2人に子分のようについて回っていたんだっけ……。
『颯太、早く来いよ』
さっさと先に行ってしまう2人を半泣きで追い掛けていると、いつも立ち止まって手を差し出してくれたのは天馬だった。
颯太。それは兄を真似てショートヘアーにし、男の子っぽい格好ばかりしていた楓花を弟分呼ばわりしていた天馬が付けた呼び名。
ーー私はもうあの頃とは違う。天にいの好みに合わせて髪を肩まで伸ばしたし、オーバーオールや短パンじゃなくてスカートやワンピースを着ている。それでも私はやっぱり『弟分の颯太』のままなのかな……。
昔を思い出して感慨に耽ってしまうのは、きっと昨日から今朝にかけてのアレコレのせいだ。
その『アレコレ』の内容が脳裏に浮かび、ボッと顔を赤くしていると、カウンターの向こう側から「はい、コーヒー」。カチャリとソーサーに乗ったコーヒーカップが差し出され、漸く意識が仕事に戻った。
「楓花ちゃん、大丈夫? まだ休んでてもいいのよ」
祖母の八重に心配そうな顔で言われ、笑顔で首を横に振る。
「もう平気、ちょっと考え事をしてただけだから」
ーーいけない、おばあちゃんに心配掛けちゃった。仕事に集中しなきゃ。
今朝お向かいの柊胃腸科を退院した楓花は、まだ休んでなさいと言う八重や茜に頼み込んでお店に出させてもらっている。
まだ多少は傷口が引きつる感じがあるけれど、痛みは無いし、家で寝ていても退屈なだけだ。
何より帰ってきていきなり迷惑を掛けてしまったから、早く挽回したい気持ちが強かった。
ーー神奈川に行ってしまったお母さんの穴埋めで来たんだもの。少しでも役に立たなくちゃ……ね。
東京でのことを深く追求する事なく暖かく迎えてくれた家族に心から感謝している。
こうして身体を動かしている方が気が紛れるし、嫌なことを考えなくて済むからありがたいし。
そう言いながらも、お客様の元にコーヒーを運んでからカウンターに戻ると、やはり頭に浮かぶのは天馬のこと。
ーー天にいのことは、嫌なこと……になるのかな。
無理矢理襲われたのは『嫌なこと』なんだろうけど、キスされたのも身体に触られたのも、本当は嫌じゃなかった。むしろ、初めてなのにあんなに感じてしまって……。
ーーあんな所を舐められて気持ちいいって思っちゃったし……私って経験が無くて何も知らなかっただけで、本当は凄いエッチな人間だったのかも。
「楓花ちゃん、大丈夫? 顔が真っ赤よ。やっぱり帰って休んでた方が……」
「えっ、違う!大丈夫だから!」
茜からの指摘に手に持ったシルバートレイをブンブンと振って否定しながら、今からこんな調子で、今夜天馬と会ったらどうなっちゃうんだろうと、不安と期待に胸をドキドキさせるのだった。
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