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<< デビュー1周年記念番外編>>

無二の親友の話 side大志 (3)

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 冬馬が俺の家を訪れたのはそれから一週間後の週末。
 両親には昨日のうちに話をしておいたから、今日は母さんがご馳走を準備してくれているはずだ。

 大学から駅へと向かう道すがら、冬馬に我が家の家庭事情を打ち明けることにした。

 我が家の事情……特に義理の母親と妹の過去に関してはセンシティブな話題なので、大学の友達にも話したことはない。
 けれど冬馬とは今後も長く付き合っていきたいし家にも来てほしいから、ちゃんと教えておくべきだろうと思ったのだ。


「おまえだから打ち明けるけどさ……俺んち、連れ子同志の再婚なんだよ」

 会話の切れ間に勇気を出して切り出すと、それを聞いた冬馬がハッとこちらに顔を向ける。

 実の母親は俺が3歳の時に病気で亡くなっていること。
 中3になる時に父親がクライアントだった女性と再婚したということ。
 その女性には当時6歳の娘がいて、娘への暴力が原因でアルコール依存症の元夫とは別れたということ。
 その娘が俺にとって義妹いもうとにあたる桜子だということを話した。

 冬馬は最初驚いただけで割とすんなり受け入れていた。
 親の再婚なんて珍しくもないから、そんなものなんだろう。
 ただ唯一、桜子が受けていたDVの話をした時だけは、珍しく感情を露わにした。


「妹……桜子がさ、男の大声が苦手なんだよ」
「大声?」
「うん、そう。大声っていうか……言い争いとか、怒気どきを含んだ声全般だな」

「それって……DVの影響?」
「さすが入学生総代だけあって察しがいいな。その通り、暴力のせい。酔うと顔や頭を叩かれたり、身体を蹴られたりしてたらしい」

「……クソ野郎だな」

 そのたった一言に、怒りと侮蔑とまだ見ぬ俺の妹への同情がうかがえた。

「ああ、最低のクソ野郎だ。桜子は今でこそ肩をビクッとさせて身体を強張こわばらせるくらいで済んでるけど、うちに来たばかりの頃はもっとひどかった。俺が頭を撫でようとするだけで、バッと両手で頭を覆うんだ。それで俺が困った顔をしたら、『ごめんなさい』って……」


 再婚前に父親から聞いた話を改めて口にすると、桜子が虐げられていた状況が脳裏に浮かび、怒りが湧いてくる。
 同時に桜子の痛みや悲しみに感情移入して、胸が苦しくてたまらなくなるのだ。

 わけも分からず実の父親に殴られるなんて、どんなに辛く恐ろしかっただろう。
 それはきっと、俺が想像している以上に過酷な日々だったに違いない。

 ――俺がその場にいたら、もっと早くに出会えていたら……桜子を全力で守ってあげられたのに。俺がその男を殴りつけてやったのに!

 知らずに両手がこぶしを握り、爪を手のひらに食いこませていた。
 俺が歯を食いしばって黙りこむと、冬馬も何も言わずに黙って歩く。

 コイツはこういうヤツだ。余計な口を挟まず、無理に話を聞き出そうともしない。
 いつでも相手の話を黙って聞いて、感情の波がおさまった頃に穏やかなバリトンボイスで的確なアドバイスをくれる。

 ――俺は冬馬のこんなところが心地よくて一緒にいるのかもしれないな。

 そんなふうに考えつつ、俺はポツリポツリと打ち明け話を再開する。

「桜子は最初からとても可愛かったんだぜ」

 当時の桜子は小学校入学前の6歳児。
 初めて会った日は母親の後ろに隠れて、チラチラ顔だけ覗かせていた。

 黒髪がツヤツヤしていて口が小さくて、座敷童子ざしきわらしみたいで可愛くて。
 俺が差し出した手をキュッと握り返してくれたその瞬間に、『ああ、この子なら妹として受け入れられる』と思ったんだ。

 DVの影響なのか、桜子は自己評価が異様に低い。そして、あまり自己主張をしなくて妙に悟ったような大人っぽいところがある。
 加えて警戒心が強くて家族以外の男性に近寄ろうとしないから、自分だけに懐いてくれると思うと余計に嬉しくなってしまう……。

 家族になってからの桜子との思い出は楽しいことばかりだ。
 ついつい饒舌になる俺をさえぎることなく、冬馬は相槌を打ちながら聞き入ってくれていた。


「――だからさ、とにかく可愛くて仕方なくて、俺が守ってやらなくちゃ……って思うんだ」

「大志がそんなにメロメロになってる妹さんに会うの、楽しみだけど少し心配だな」
「えっ、心配って?」

 冬馬は皮肉げに口角を上げて肩をすくめて見せた。

「だって、ほら、俺って顔が怖いだろ? 桜子ちゃん、泣き出さないかな?」
「それは……まあ」

「おい、そこは否定してくれないのかよ」
「いや、そこは小学生相手なんだから笑顔を見せてやれよ」
「笑顔か……」

 冬馬は「おまえと付き合いを続けてくんだから、桜子ちゃんにも気に入って貰わなきゃいけないよな」なんてブツブツ呟きながら必死で笑顔の練習をしている。

 小5の女の子となんてどう接したらいいか分からないと言うから、「そんなのお姫様扱いしとけばいいんじゃないか? 実際うちの桜子は世界一可愛いお姫様だけどな」って言ってやったら複雑そうな顔をしていた。

 冬馬は一人っ子だから、8歳も年下の女の子の相手などしたことが無いのだろう。
 それでも俺の桜子のために真剣に考えてくれているんだ。


「ふはっ、おまえ、本当にいいヤツだな」

「えっ? いいヤツはおまえだろう。こんな無愛想な男と親友でいてくれるんだから。……あっ、そこのコンビニでケーキでも買って行こうぜ。妹さんはイチゴでいいのか?」

 おまえは俺の彼女かよ! ってマジで突っ込みたくなったけど、そこはグッとこらえてコンビニに入る。
 デザートの棚の前で真剣に悩んでいる冬馬を、俺は黙ってニマニマ眺めていた。


 ――やっぱりコイツに全部話して良かったな。

 俺はきっと誰かにこの話を聞いて欲しかったんだ。そしてこんなふうに自然に受け入れて欲しかったんだろう。
 打ち明けた相手が冬馬でよかったな……と心から思った。
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