上 下
140 / 177
<< 外伝 John Winstonへの手紙 >>

7、See you again (1)

しおりを挟む
 
 6月中旬の週末、裏庭のレンガ敷のポーチでガーデンチェアに座って寛いでいると、スライドドアがスッと開いて家からメアリーが出て来た。
 彼女は笑顔で自分のスマートフォンを差し出して来る。

「なんだい?」
「電話よ、サクラから」

「えっ、私に?」

 メアリーとサクラは仲良しで、月に数回の割合でメールのやり取りをしている。

 実を言うと、サクラが日本に帰国してすぐに、『無事に日本に着きました』とショートメールがあったきりしばらく連絡が途絶えていた時期があったのだけれど、5月の中旬に『兄へのお花をありがとうございました』と御礼のメールが来たのを皮切りに、再びメアリーとメールでの交流が続いていたのだ。

ーーサクラと私が電話で話すなんて初じゃないか?

 私もサクラを気に入っているけれど、彼女はあくまでメアリーの親友だ。私が彼女と直接連絡を取ることは無い。そのサクラがわざわざ私と話したいなんて、どういうことだろう。

 すぐに頭に浮かんだのはタイシのこと。

ーーだけど彼女は、彼と私の秘密を知らないはずだ……。

 一瞬の間でめまぐるしく考えながら、メアリーからスマホを受け取り耳にあてた。

「Hi、サクラ?ジョンだ」
『ジョン、お久しぶりです。お元気でしたか?』
「ああ、お陰様でね」

『あの……実は私、このたび結婚しまして……』

ーーサクラが結婚したのはタイシが亡くなった直後、今から1ヶ月以上も前だったはずなのに、今頃改めてその報告?わざわざ私に?

 訝しく思いながらもサクラの話に相槌を打つ。

「ああ、彼の親友と一緒になったんだったね。良かった、おめでとう」

「それで、私の夫の……冬馬がジョンとお話したいって言ってるんですが、いいでしょうか」

「トウマ?!」

 その名前を聞いた途端、胸がドクンと鳴った。


『冬馬は俺が唯一涙を見せられる相手なんですよ』
 
『俺の本当の気持ちは既に俺の親友に託してあるのです』

 それはボストンのオフィスで何度も聞いた名前。そして名前こそ書かれていなかったけれど、タイシの手紙で心から信頼出来る相手として触れられていた男性だ。

 サクラが結婚した相手がタイシの親友の『トウマ・ヒノ』だと知った時も、おめでとうという気持ちと同時に、タイシの事を考えて切ない気持ちになったものだった。
 こんな不謹慎なことはメアリーにさえ言えないけれど……。


「もちろんだよ! 私も彼とは是非話してみたいと思っていたんだ!」

 食いつき気味に答えると、その後少し静かになってから、耳に心地よいバリトンボイスが聞こえて来た。

『ハロー、Dr.ウインストン? 私はトウマ・ヒノです。初めまして』

「ジョンと呼んでもらって構わないよ、Mr.ヒノ。君のことはタイシから聞いていた」

『それでは私のこともトウマ……と。……少し失礼します』

 しばらく声が途絶えてからバタンとドアが開閉する音、そしてギッとスプリングが軋む様な音……椅子に座ったのかも知れない。


『失礼しました。自分の部屋に移動したので……』

「近くにサクラはいないのかい?」

『はい……俺だけです』

ーーということは、やはりタイシに関すること……か。

『タイシがボストンから帰って来た時、楽しかった、最高の1週間だった……と言っていて、俺もそれを信じていました。ですがタイシからあなたへの手紙を託された時に、『ジョンは命の恩人だ』、『彼に助けられた』、『アメリカの親友だ』と言っていて……』

「ああ、私にとってもタイシはかけがえのない日本の親友だよ」

 そこで何故か、トウマが不自然に黙り込んだ。
 言いにくいことでもあるのかと耳を済ませていると、一つ息を吸い込むような音がしてから、再び低めの声が聞こえだす。


『俺は大志の親友で、アイツの事なら何でも知っていると思っていました。だけどボストンで何があったかは最後まで教えてくれなかった』

「そりゃあ親友だからって全てを打ち明けなくてはいけないという決まりはないからね」

『分かっています。だけど、あなたは医師だ。もしかしたら……ボストンで大志はあなたの治療を受けたんじゃないですか?』

「……医師には守秘義務がある。それにタイシが君に何も言わなかったのであれば、それが全てだろう」

 途端に向こうが黙り込み、電話の向こうで絶句したのが分かった。
 暫くしてから溜息の後で声がした。


『……失礼を承知で言わせて下さい……俺は……悔しいです』

ーーえっ?

 悔しい……とはどういう意味だ? 彼の言っている意味が分からない。
 とりあえず彼の言葉の続きを待つ。

『大志は病気になった事も、プライベートな悩みも、いつだって俺に打ち明けてくれていました。だけどボストンでの出来事どころか、あなたの存在でさえ、手紙を預けるその瞬間まで内緒にしていたんです』

「それで、『悔しい』……と?」

『はい……笑って下さって結構ですが……俺はあなたに嫉妬しています』

ーー嫉妬だって?

「ちょっと待ってくれ、言っている意味が分からないんだが……もしかしたら君は……タイシのことを?」

 まさかゲイなのか?……と言う前に、トウマの方が焦った口調で弁明してきた。

『いえっ、大志のことは好きですが、恋愛感情とかそういうのでは無く、俺が愛しているのは桜子でっ……!』

 自分が大志の一番の親友で誰よりも近い間柄だと思っていたのに、ボストンでの事を秘密にされ、しかも大志が私の事を『アメリカの親友』だなんて言ったものだから、悔しく思ったのだと言う。
 つまり、親友としてのジェラシーだ。


『出会ってたった1週間で親友と呼び、手紙まで残すなんてよっぽどです。あなたと是非話してみたいと思っていたところに、桜子がメアリーさんに結婚報告の電話をすると言うものですから……』

 それに便乗して電話を代わってもらったということだった。

「それは……奇遇だな。私も君と話してみたいと思っていたんだよ」
『えっ?』

「実を言うと、私も君に嫉妬していたのでね」

 なんと言うことだ。
 私がトウマに対して抱いていたのと同じ感情を彼の方も持っていたなんて!

 オフィスで点滴の合間に何度も聞かされた『トウマ』の話。
 タイシが宝物のサクラを託すほど信頼している男。
 きっと彼にだけはサクラへの気持ちも全部打ち明けているのだろう。

ーー私には最後まで言わなかったのに……。


「トウマ、確かに私とタイシは短い期間で心を通わせ合い親友となった。だけど本当に大切な……彼にとって一番重要なことは最後まで打ち明けてもらえなかったんだ。彼は、『タイシに俺の想いと桜子の未来を全部預けました』と言っていた。彼にとって一番の親友は、やはり君なんだよ。悔しいけれど、私は『アメリカの親友』でしか無いんだ」

『大志が……そんなことを……』

 電話の向こう側でトウマが泣いているような気がした。いや、きっと本当に泣いているんだろう。
 だって、『そうだったんですか』……と短く答えたその声が震えていたから。
 その直後に黙り込み、鼻を啜る音だけが聞こえてきたから。


 ふと、タイシの言葉を思い出した。

『俺はアイツに重たい荷物を背負わせてしまったから、何処かで信頼出来る誰かに打ち明けて楽になって欲しい。
 ジョン、あなたがその役目を引き受けてくれるなら、嬉しいと思う』


 だからその次の言葉も、すんなりと口から滑り出た。

「トウマ……ボストンに来ないか。君と話したいことが沢山あるんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

モノマニア

田原摩耶
BL
非王道/受けにはデロ甘な鬼の堅物真面目眼鏡風紀委員長×攻めの前では猫被ってるデレデレ他にはスーパードライな元ヤン総長トラウマ持ちチャラ男固定CP寄りのがっつり肉体的総受け

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

初体験が5歳という伝説の「女使い」冒険者の物語 〜 スキル「優しい心」は心の傷ついた女性を虜にしてしまう極悪のモテスキルだった

もぐすけ
ファンタジー
美女を見ると本能で助けてしまう男リンリンに「優しい心」Lv9999のスキルを与えて、異世界に転生させてしまった女神ラクタ。 彼女は責任を取って神界から毎日リンリンを監視するが、規定により監視できるのは1日5分間のみ。 スキル「優しい心」は凶悪で、優しさに飢えている女性は、最短1分でリンリンにメロメロになってしまう。 ラクタが監視で降りてくるたびに、リンリンは5歳で初体験を済ませていたり、毎日違う女の子と寝ていたり、やりたい放題。 もっと、世のため人のためにこのスキルを使ってほしい、と切に願う女神ラクタと本能に負けがちなリンリンの物語。

貴方に捧げます

モカ
BL
親からも、兄弟からも関心を持たれない俺は世界で一番不幸な人間だと思っていた。 でも、違った。 本当に不幸なのは、そんな俺に付き従わなければならない彼だった。 「…騎士を、目指していましたので」 そんなことも知らなかった俺に彼を縛り付けておく権利なんてなかった。 「おめでとう、幸せになれよ」 俺から解放してあげなければと、思ったんだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。