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<< 外伝 John Winstonへの手紙 >>

2、タイシからの手紙

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  Dear John,

 お久しぶりです。半年……いや、あなたがこの手紙を読んでいる頃には7ヶ月……もしかしたら8ヶ月くらいは経っているかも知れないな。それはさすがに無理か。

 いずれにせよ、俺はボストンから帰国後半年経った今もこうして生きています。
 驚いた? 俺はあなたに宣言した通り、日本で桜子と再会する事が出来たんだよ。
 凄いだろう? 俺の強靭な肉体と精神力を褒めてくれよ。


 今日は4月15日で、俺は今、緑が輝く中庭を窓から眺めながらこの手紙を書いています。
 俺は4月からホスピスにいます。桜子も一緒です。

 俺の癌細胞は元気が良過ぎて、とうとう抗がん剤の治療も出来なくなりました。
 今は薬の効果に一喜一憂することもなく、唯一の家族と共に1日1日を穏やかに、そして大切にしながら過ごしています。

 あとはきたるべき 最期ときに向けて、1つでも多くの思い出を積み重ね、この世への未練を取り払う作業に取り掛かるのみ。

 そういうわけで、心残りの無いよう、恩人であるあなたに手紙を書くことにしました。

 
 まず最初に……ボストンではいろいろお世話になりました。
 俺が今こうして日本で過ごせているのはあなたの手助けがあってこそです。

 ボストンでの楽しい時間があったから、今は心安らかでいられます。
 1週間の素晴らしい思い出があるから、俺は辛い痛みにも耐えられています。

 あの日あのシーフードレストランであなたに会っていなければ、あなたが俺の異変に気が付いていなければ、あなたが俺に救いの手を差し伸べてくれなかったら……きっと今の俺は無かったでしょう。

 あなたの存在に感謝し、今ここに生きている幸せを噛みしめながら、俺は毎日を過ごしています。


 ジョン……、最後に会った時、あなたが俺に聞こうとしてやめた質問……それが何だったかを、たぶん俺は分かっています。

 だけどその質問の答えは敢えてノーコメントにさせて下さい。

 別に勿体ぶるようなことではないけれど、俺の本当の気持ちは既に俺の親友に託してあるのです。
 そいつは俺の同級生で仕事のパートナーで心の友で、一生のライバルです。
 彼に俺の想いと桜子の未来を全部預けました。

 ソイツはクソ真面目で堅物で口数が少なくて、憎らしいほど優秀でカッコ良くて優しい奴です。
 俺の大事な桜子の初恋の相手で、今もずっと思い続けている相手で……残念ながら、俺も認める最高の男です。
 
 いつか彼と桜子が揃ってあなたに会いに行くことがあれば……あなたが彼に会うことがあったら……その時にゆっくりアイツの話を聞いてやって下さい。
 俺はアイツに重たい荷物を背負わせてしまったから、何処かで信頼出来る誰かに打ち明けて楽になって欲しい。
 ジョン、あなたがその役目を引き受けてくれるなら、嬉しいと思う。

 アイツは真面目で頑固だから、もしかしたら俺の気持ちを語らずに1人で荷物を抱え続けようとするかも知れないけれど……まあ、それはアイツ次第だな。


 そしてジョン、俺はあなたにも、誰にも言えない秘密を抱えさせてしまっているね。
 申し訳ないけれど、ボストンで起こったことは永遠に桜子には秘密にし続けて欲しい。
 俺と桜子のボストンの思い出に、一点の曇りも残したくはないんだ。
 ボストンでの日々を、俺と過ごした1週間を思い出すたびに、桜子には笑顔になって欲しいから。

 医師の守秘義務を破ってまであなたが打ち明けるとは思っていないけれど……くれぐれもよろしくお願いします。
 その秘密も、いつか俺の親友と酒を酌み交わしながら話してもらうなら構わないかな……なんて思っています。


 奥様のメアリーには桜子が大変お世話になりました。
 ご存知の通り桜子はシャイで人と打ち解けるのに時間がかかる性格です。
 慣れないアメリカ生活で落ち込んでいる時にメアリーのお陰でアイツは救われました。
 妹に変わり、改めて御礼申し上げます。
 彼女に『ありがとうございました』とお伝え下さい。
 そして今後も桜子の良き先生、良き親友としてお付き合いを続けていただければ幸いです。


 最後に。ジョン、俺はもうすぐ31年間の生涯を閉じるけれど、その短い人生であなたと出会えたことはまさしく奇跡だったと思っている。

 冗談抜きで、あなたはボストンで絶望の淵にいた俺を救ってくれたヒーローでした。紛れもない俺の救世主でした。

 どうかあなたを『アメリカの親友』と呼ばせて下さい。

 My dear friend, あなたの友情と親切に心から感謝する。
 そして、あなたとあなたの家族に幸多かれと願っています。

 どうかお元気で。


 Farewell (永遠にさようなら),

 大志


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