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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
78、桜子へ贈る言葉
しおりを挟む冬馬との話は済んだ。次は桜子の番だ。
言いたくない、だけど言ってやらなきゃいけないんだ。
聞きたくない、だけど俺が聞いてやらなきゃ、桜子の気持ちは空に舞い上がる前に萎んで潰れてしまうだろう。
だから……。
「桜子……お前……冬馬の事が好きなのか?」
冬馬と話をした翌日、とうとうそのセリフを切り出した。
聞きたくない、だけど俺が聞いてやらなきゃいけない言葉。
桜子は俺の腕を拭く手を止めて、蒸しタオルを両手でギュッと握り締めた。
「な……何? 急に!」
ビックリした表情で見つめられて、心臓がドクドクと早鐘を打ち、胸が締め付けられる。
ただでさえ浅くなっている呼吸が更に苦しくなって、俺は思わず鼻に手を伸ばして経鼻カテーテルの位置を整えた。
「桜子……兄ちゃんな、お前に幸せになって欲しいんだよ」
「……私は幸せだよ。お母さんがお義父さんと再婚して、こんなに優しいお兄ちゃんが出来て……幸せ……」
ーー俺だって……。
桜子がタオルを横にどけて、両手で俺の右手を握り締めてきた。だから俺はその上から左手を重ねて、想いよ伝われと力を込める。
「桜子……俺はさ……」
「ん?……なあに?」
痰が絡んで呼吸が苦しい。声が掠れる。だけど俺は全部言わなきゃ、伝えなきゃ……。
桜子が俺の口元に顔を近づけて、髪を掻き上げて耳にかけた。俺の言葉を一言一句一言聞き漏らすまいと、必死で耳を凝らしてくれている。
「俺はさ……お前が付き合う相手は、世界一の男じゃなきゃ駄目だと思ってるんだ」
握った手の甲を丸く撫でながらそう言うと、桜子はクスッと目を細めた。
「ふふっ、世界一だなんて、私には贅沢だよ。私は普通でいい」
「駄目だ。何もアラブの石油王だとかハリウッドのセレブとかじゃ無くていいんだ。世界一お前を大事にしてくれて、世界一お前を愛してくれれば、それでいい」
「……うん」
桜子がズッと鼻を啜った。
俺も胸が苦しいのか呼吸が苦しいのかよく分からないけれど、とにかく苦しくなって、2度ほど大きく深呼吸した。
「お兄ちゃん、もう休む?」
「いや……大丈夫」
目を瞑り、もう一度ゆっくりと酸素を肺に取り込んでから、目を開く。
「桜子……俺っていい男だと思わないか?」
「ふふっ、自分で言ってる。……うん、そうだね……お兄ちゃんはカッコいいし、勉強も出来るし行動力もあるし……モテるのも当然だと思うよ」
「お前は……俺が彼氏なら嬉しいか?俺と付き合いたいと思うか?」
ーーもしも俺が兄貴じゃなかったら……こんな病気になっていなければ……俺を男として見てくれたか?
「当然!思うに決まってるよ!私、お兄ちゃんが完璧過ぎてハードルが上がってるから、この歳まで彼氏が出来なかったんだと思う」
「……そうか」
「そうだよ!」
「お前、俺のことが大好きだもんな」
「うん、大好き!ずっと一緒にいたい……いようよ……」
「……そうか……うん、そうか……」
ーーうん、そうか~。
泣き笑いしながら微笑むその顔を見るだけで、胸の明かりに火が灯り、ポウッと暖かくなる。痛くて苦しい……だけど嬉しくて仕方ないんだ。
もうさ……もう兄としてとか男としてとか関係ないや。俺は桜子を愛していて、桜子も俺を愛している。それが俺たちの全てなんだ。
ーーうん、大丈夫。ちゃんと言い切ろう。
「桜子……兄ちゃんな、お前の付き合う男は、俺が認めた優秀なヤツじゃなきゃ駄目だって思ってるんだ」
「うん」
「俺はそこらの男よりも出来がいいから、かなりハードルは高い」
「うん、そう思う」
「その俺が唯一認めた男が……」
ーーああ、認めたくないなぁ……。
「俺が唯一認めた男が……冬馬だ」
ーーああ、とうとう言ってしまった……。
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