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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
75、今だけは俺のもの
しおりを挟むジワジワと全身を襲う不快感、キリキリと骨が音を立てるような痛み……。
そうか、痛み止めの効果が切れたのか。だけどまだそんなに酷くはない。
頭が重たいな……もう少し眠っていようか……なんだか全てが面倒だ。
だけど部屋に人がいる気配がして、無理やり瞼を持ち上げた。
きっと桜子だ、寝ているなんて勿体無い。
音のする方にそっと顔を向けたら、案の定、袋からガサゴソと荷物を取り出している痩せた後ろ姿が見えた。
「桜子……」
ビクッと肩を跳ねさせてから、桜子が慌てて立ち上がった。
ベッドサイドに来て俺の顔を覗き込む。
「ごめんなさい、起こしちゃったね」
「いや……ちょうど起きる時間だった。さっきまでグッスリ眠ってたよ。それより……」
桜子が持って来た荷物の方に目を向けると、桜子が「あっ!」と言ってそちらに駆け寄り、四角い箱を持って来た。
「頼まれてたジグソーパズル。沢山種類があり過ぎて迷っちゃったんだけどね、冬馬さんが『桜がある風景がいいんじゃないか』って言うから……」
桜子に渡された箱には、川沿いに咲き誇る満開の桜、そしてその遠く向こうに富士山がそびえる美しい風景が描かれていた。
「500ピースか」
「難しい?」
「いや、なかなかいいチョイスだ」
さすが冬馬、絶妙なラインを攻めて来たな。
1000ピースだと完成させるまでに時間が掛かり過ぎてしまうし、ピースが少な過ぎれば俺を馬鹿にしているようでよろしくない。
デザインも、難し過ぎず、簡単過ぎず。単色のみや色の区別がつきにくいものは俺が疲れてしまうから、桜だけじゃなく川や川沿いの緑、そして富士山 という分かりやすいヒントがあるものにしたんだろう。
そして何より『桜』を勧めるあたり、俺の好きなものを良く分かっている。
窓の外の桜は散ってしまったけれど、俺が完成させるパズルの中の桜は永遠だ。俺の桜子とともにずっと在り続ける……。
「早速明日から始めるかな。ありがとう。今日はゆっくり買い物出来たのか? 美味しいものを食べて来たか?」
チラリと時計を見ると、時刻は午後6時40分。
ーーえっ?!
おいおい、まだ帰って来るような時間じゃないだろ。ディナーに行ってデザートとコーヒーとお喋りで、帰宅は早くても9時過ぎがデフォだろうが。
「桜子、夕食は食べて来なかったのか?」
「えっ、ちゃんと食べて来たよ。ジグソーパズルを買って、お兄ちゃんの替えの下着を買って、ゼリーとプリンと野菜ジュースを買って、お好み焼きを食べて帰って来た」
「それだけ?」
「それだけ……って、他に欲しいものがあったの?」
「いや、そうじゃなくて……」
ーーあれっ?
「そう言えば、冬馬は?」
「荷物を一緒に運んでくれて、すぐに帰って行ったよ」
「マジかっ!」
「うん。また近いうちに顔を出すから、ゼリーが欲しいなら何味か言っておいてくれ……って。そうそう、今日は何味がいいか聞くのを忘れてたから、オレンジとイチゴ味の2種類にしたよ」
いやいやいや。
ゼリーの味なんてどうでもいいんだよ。どうせもう味なんて良く分かってないし。
冬馬、お前は一体何やってんだ。桜子のことが好きなんだろ? 一緒にいたいんだろ? コイツが欲しいんじゃないのかよ。
だったら早いとこ俺から奪って行けよ。俺に一雫の未練も残らないように全部諦めさせてくれよ!
「フッ……アイツにはそんなこと無理か」
「えっ?」
「いや……なんでもない」
それをしないのが冬馬なんだよな。俺を出し抜いて桜子をどうにかしようだなんて微塵も考えないんだろう。いや、俺の気持ちを考えたら、したくても出来ないんだよな。
馬鹿正直でクソ真面目だよな、本当に……。
「あっ、お好み焼き美味しかったよ。お兄ちゃん、ありがとうね」
「あっ、ああ、お好み焼きか。それは……良かったな」
ーー全く色気は無いけどな。
「冬馬さんね、お好み焼きをひっくり返すのが凄く上手なの。私の分も作ってもらっちゃった」
「ふ~ん……そうか」
ーー俺は情けない男だな。
またジリジリと胸が痛くなる。
桜子と冬馬が上手く行けばいいと思っているのに、自分でそう仕向けたくせに、いざ桜子の口から冬馬を褒める言葉が出たら、悔しくて、上手く行くなと願っている。
だから俺は……。
「なんだか眠たいな……桜子、手を握っていて」
そう言って、 血管と骨の浮き出た手を差し出すんだ。
桜子がその手を振り払うことは絶対に無いと知っているから。
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
桜子は聖母のような慈愛溢れる微笑みを浮かべると、両手で俺の手を柔らかく包み込む。
それで俺は漸く心安らかにゆっくり瞼を閉じるんだ。
ごめんな冬馬、今だけは桜子は俺のものだ。
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