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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

55、帰国

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 日本時間の土曜日夕方に帰国した俺は、空港から桜子に電話を掛けて、無事日本に着いたことを伝えた。

「良かった。疲れただろうからゆっくり休んでね」
「ああ、お前もな。メアリーさんやジョンさんにもよろしく伝えてくれ」

「分かった……家まで気を付けてね」
「ああ、じゃあ、またな」

ーーまたな……5ヶ月後に絶対また会おうな。


 アパートに着くと、シャワーを浴びてすぐベッドに身体を投げ出して、そのまま泥のように眠った。
 目が覚めた時にはもう太陽が高い所まで昇っていて、驚いて時計を見たら、日曜日の午後2時を回っていた。
 自分で思っていた以上に疲労が溜まっていたんだろう。
 だけどグッスリ眠ったからか、頭も身体も比較的軽い気がする。

 パソコンに向かうとメールのチェックをし、急ぎで返事が必要そうなものだけに返信をした。
 次に主治医のアドレスを開くと電話を掛ける。
 帰国したらすぐに連絡して欲しい……出発前にそう言われていたから。

「八神大志です……昨日無事に帰国しました」
「お帰りなさい。今はアパートですか?」

 今すぐ病院に来れそうですか?と聞かれて俺は頷いた。医師は今、ちょうど病院にいると言う。
 
 人気ひとけのない外来診療室に通されてベッドに横たわると、そこでお腹を触診されたり、聴診器を当てて音を確認されたりした。

「旅は如何でしたか? 疲れたでしょう」
「はい、実は……」

 ジョンから渡された手紙を差し出しながら彼から受けた点滴について説明すると、医師は驚きながらもウンウンと頷いて、

「それは幸いでしたね。彼の処置が無ければ妹さんとの貴重な時間を過ごすことが出来なかったかも知れない」

 そう言いながら、ジョンの手紙に書かれた点滴の内容などを確認していた。

「ところで、化学療法の開始についてですが……出来るだけ早い方がいいと思います。ご都合は如何ですか?」

『ああ、とうとう来た……』と思った。
 電話で呼び出された時からこの話が出るとは思っていた。

 実は冬馬と病院を訪れた時点で化学療法の説明はされていた。
 薬だけで癌を完全に治すことは困難だが、がんの進行を抑えることにより、生存期間が延長したり、症状を和らげたりすることが出来る。すぐにでも投与を開始しましょう……と。

 それに待ったをかけたのは他ならぬ俺自身だった。

 抗がん薬は癌細胞だけでなく正常な細胞にも障害を与えてしまう。脱毛や吐き気、口内炎に下痢、鼻血や倦怠感など副作用の症状は様々で、肝機能や腎機能などにも影響を及ぼすため、癌以前に薬の副作用で体力が低下し、病状を悪化させてしまう場合もあるのだと聞かされたから。

 脱毛が始まれば桜子に容易に気付かれてしまう。少しでも遅らせたい……そんな気持ちが働いた。
 だから桜子に会いに行くと決めた時、医師には『ボストンから帰ったら治療を開始して下さい』とお願いしてあったのだ。

 相談の結果、1週間後の月曜日に入院する事が決まった。
 それまでの1週間で、出来る限りの事を済ませておこう……そう決めた。

 翌日、俺はボストン土産を持って事務所を訪れた。
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