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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

50、ボストンにて (5) / 苦痛 

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 2日目は桜子の案内でハーバード大学を散策することになった。
 さすが名門アイビーリーグ。約48万坪の敷地内には様々な観光スポットがあり、1日いても飽きなさそうだ。

「えっと……ハーバード大学の見どころスポットとして最も人気が高いのがハーバーヤードです。歴史的建造物で囲われた芝生の広場では卒業式典も行われ、ここで寛ぐと、この大学の学生気分が味わえます」

 桜子がスマホのメモを読み上げながらガイドをしてくれる。棒読みだけど、それがまた可愛い。俺のために必死で調べてくれたんだと思うと余計に可愛い。可愛さ増し増しだ。

「えっと……ハーバーヤードに置かれているジョンハーバード像は、名前のとおり、ハーバード大学の寄贈者にして大学の名前にもなっている人物です。銅像のつま先に触って願い事をすると叶うとか、幸運が訪れるとか言われています」

「マジか……」

 だから銅像のつま先がピカピカになってるのか。みんなつま先を触っていくんだな。

「あっ!でもこの銅像、結構いい加減だよ。
この銅像のモデルは『ジョン・ハーバード』本人ではない。銅像が作られた当時、ハーバードの顔をわかる者がおらず、当時人気があった学生の顔をモデルにした……だって」

「えっ、嘘だろ」

 改めて銅像を見上げると、椅子に腰掛けている偽物のジョンさんは確かにイケメンだ。
 思いっきり怪しいし伝説も本当か嘘か分からないけど、藁にもすがる思いでつま先に手を置き目を閉じる。

ーー奇跡が起きて癌が治りますように。……いや、そこまで贅沢は言わないので、1日でも長く生きられますように……この旅行の間に倒れるようなことがありませんように……。

 願いを込めて顔を上げたら、

「お兄ちゃん、そんなに沢山願い事があったの?」
 と桜子に顔を覗き込まれた。

「……いや、一つだけだよ」

ーーとにかく全部まとめて……1分1秒でも長く、桜子との時間を俺に下さい。


 大学の敷地外にあるCoopで自分用に英語の小説を2冊と、冬馬と水口さんへのお土産にハーバードのロゴ入りキャップを買う。

「それじゃあ行きますか?」

 今日は夕方から桜子の先生であるメアリーに会うことになっている。
 メアリーは桜子が通っているコミュニティカレッジのESOL(English as a second or foreign language)、つまり英語を第二言語とする人用のクラスの担任で、引っ込み思案でなかなかクラスに馴染めなかった桜子に『こんにちは』と話し掛けて、積極的になれるようアドバイスをくれた恩人でもある。

 彼女に兄が会いに来ると教えたら、一緒にディナーをと誘ってくれたのだそうだ。

「前にお兄ちゃんがロブスターを食べたいって言ってたでしょ? 今日は有名なシーフードレストランだよ」

「そうか……楽しみだな」

 確かに桜子のボストン行きが決まった時に、ボストンだったらクラムチャウダーとかロブスターを思いっきり食べたいと言っていた記憶がある。
 あの頃は自分の胃がこんな事になるとは思っていなかったからな。
 いや、あの頃にはもう癌細胞が隠れてたのかも知れないけど……。

ーーまあ、今の調子なら少しくらいは食べられるだろう。



「Hello, I’m Mary. It’s nice to meet you. (こんにちは、メアリーです。お会いできて光栄だわ)」
「I’m John, Mary’s husband, nice to meet you (はじめまして、メアリーの夫のジョンです)」

「I’m Taishi, nice to meet you.(大志です。はじめまして)」

「I’ve heard a lot about you from Sakura(サクラからあなたのお噂はかねがね伺ってるのよ)」

「Oh! I hope it’s all good.(わあ、いい噂だといいんですが)」

「Of course, it is.(勿論いい噂よ)」

 握手しながらお約束の挨拶を交わして席に着く。

 メアリーもジョンも気さくで話し上手な人だった。
 彼らの英語は聞き取りやすかったから殆どの内容は分かったけれど、桜子が張り切って全部通訳してくれたから、敢えて口を挟まず聞き役に徹した。

「ジョンさんは呼吸器科のドクターだって」
「へえ~」

「息子さんがいらっしゃるけど今日は友達の家に行ってるって」
「へえ~」

 なかなか流暢な英語が喋れてるじゃないか。やっぱり学ぶなら本場だな。

 テーブルにはボイルされた特大のロブスターや生のオイスター、クラムチャウダーにカクテルシュリンプなどが所狭しと並べられていく。
 ビールで乾杯したけれど、俺は口をつけるフリだけですぐにグラスを置いた。

 目の前にある料理はどれも俺が食べたいと言っていたものばかり。病気になる前だったら大喜びでガッついていただろう。だけど今は……見ているだけで胸焼けがしてくる。

 それでもカップ1杯のクラムチャウダーを胃に流し込み、ジョンが捌いて取り分けてくれたロブスターを無理やり押し込み、レモンを搾った生のオイスターを口にしたところで……

 急に胃がキリキリと痛みだし、猛烈な吐き気に襲われた。
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