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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

47、ボストンにて(2) / 幸せ

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 空港から桜子の住むアパートまでは8マイル弱、タクシーで高速道路を使って約13分の距離だった。

「こっちは東京よりも緯度が高いからかなり寒く感じるでしょ。お兄ちゃん大丈夫?」

「ああ、桜子が言った通り厚手のコートを持って来て良かったよ。なんだかどんよりしてるな」

「天気がいい日はスカッとした青空が見えるよ。それは向こうと変わらない。日射しは強いけど」

「そうか……」

 ラジオから聞こえる英語の歌に、右車線を走る左ハンドルの車。タクシーから見える街並みも、少しどんよりした薄曇りの空さえも、全てが新鮮で物珍しい。

「……楽しいな」
「えっ、まだ何もしてないのに?」

「うん……全部が楽しい。桜子といるからだな」

 桜子がふふっと口元を緩めながらシートに頭をつける。
 俺が桜子の右手に自分の左手を重ねて上から握り締めると、こっちを向いてフワッと微笑んだ。

「うん、そうだね……私も楽しい」

 さあ、思い出づくりを始めよう。



 向かったアパートはハーバード大学から程近い煉瓦造りの瀟洒しょうしゃな建物で、桜子の部屋は4階建ての4階角部屋。家具付きの1ベッドルーム(1LDK)だった。

 俺がインターネットで厳選しただけあって、場所も広さも申し分ない。スタジオ(ワンルーム)にしても良かったけれど、やはり寝室とキッチンはちゃんと離してやりたくて少し贅沢にした。

「いい部屋だな。見晴らしもいい」

 建物は便利な都会にありながら、緑に囲まれた閑静な場所に位置していて、小道の向こうに程よく配置された木々のお陰で外から建物の中が見えにくくなっている。
 窓を開けると、そよ風に吹かれて茶色い木の葉がサワサワ、カサカサと揺れる音が聞こえた。既に裸になった枯れ木が目立っている。
 こっちの方が半月分くらい季節が早い。

「そうでしょ。広過ぎて私1人じゃ勿体ないくらい。暖炉も大きなソファーも4人掛けのダイニングテーブルも私だけだと必要ないもの」

「狭くて窮屈な思いをするより広い方がいいに決まってる。そのうちに友達も遊びに来るだろ?……あっ、絶対に男は入れるなよ」

「男の人なんて来ないよ。お兄ちゃんだけ」
「絶対だな」
「絶対だってば!」

 2人でクスクス笑いながらアパートの部屋を見て廻る。こちらで1ベッドルームと言えば夫婦2人用のサイズだ。桜子と2人で新居の見学に来たみたいでワクワクする。

「冷蔵庫にいろいろ食材を揃えておいたけど、何が食べたい? お兄ちゃんはまだ日本食は恋しくないだろうから、こっちの料理の方がいい?」

 聞かれて咄嗟の返答に困った。
 正直いうと全く食欲が無い。
 お腹は空くのだけれど、食べると胃もたれがするしゲップも出て苦しいから、最近はあっさりしたスープやお粥、豆腐なんかを好んで食べるようになっていた。

「……まだ時差ぼけでさ、胃がもたれてあまり食欲が無いんだよな。あっさりした物って出来るかな?」

 食欲は無いけど久々に桜子の手料理は食べたい。桜子は俺の我が儘を聞いて、柔らかめに炊いたご飯と大根の煮物、ほうれん草と豆腐の白和えをササッと作ってくれた。

 ダイニングテーブルで向かい合って座る。
 桜子が俺のために用意しておいてくれた新しい食器がますます新婚さんっぽさを醸し出している。

「あっ、ちょっと待って!」

 俺は部屋の隅に置いてあったスーツケースを開くと、タオルに包まれた小さな塊を手に戻って来る。

「ほら……持ってきた」

 タオルの中から出てきたのは、あの日2人で買ったペアマグカップの片割れ。

「せっかくペアなんだから1週間一緒に使いたくてさ」

 桜子の前にあるピンクのマグとくっつけたら、腕を組んでいるみたいになった。

 真新しい食器に、腕を組んでいるペアマグカップ。お茶碗の中には湯気の立った白いご飯。向かい側には桜子の笑顔……。

「ああ……幸せだなぁ………」

ーーうん、本当に幸せだ。
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