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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

46、ボストンにて(1) / 再会

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 成田発の飛行機は、ほぼほぼ予定どおりの時間にアメリカ東海岸のボストンに到着した。
 機内で気分が悪くなって強制的に途中の空港で降ろされたら嫌だな……なんて思っていたけれど、幸いそんな事態にはならず、2回程痛み止めの錠剤を飲んだだけで済んだ。

 身体のことを考えてビジネスクラスにしたためか、長時間のフライトもなかなか快適で、仕切りのある座席もゆっくり考え事をするには都合が良かった。

ーーそれでも結局自分の中で決心はつかなかったけどな。

 桜子に想いを告げるかどうか……何度考えても決めることが出来なかった。

 東京からボストンまでの13時間、小さな窓から覗く切り取ったような青い空を見つめながら、自分がどうしたいのか、どうすべきかを考えてみた。

 俺の病気を知れば、桜子は同情して付き合ってくれるだろう。泣いて縋れば全てを捧げてくれるかも知れない。だけどそんな卑怯な真似をして結ばれて、俺はその瞬間に気持ち良いと思えるんだろうか。幸せなんだろうか。

 病気を隠した状態で告白したとして……奇跡的に想いが通じ合ったとしても、この先一緒に生きてはいけない。何も知らないままの桜子を泥沼に引き摺り込むのは、それこそ卑怯で残酷だ。

「なんだよ、結局バッドエンドじゃないか」

 そう。その終わりに『死』と『別れ』が待っている以上、ハッピーエンドは有り得ない。
 どのコースを辿っても、桜子を泣かせることに変わりはないんだから。

 胸の中に葛藤を抱えたまま、それでも久しぶりに好きな女に会える喜びで胸を躍らせながら、俺は無事にボストンのローガン国際空港へと降り立ったのだった。



「お兄ちゃん!」

 懐かしくて大好きな声がした。確信を持ってそちらに顔を向けると、ロープの向こう側で乗客を待つ人波から首を伸ばして必死に手を振る桜子が見えた。

ーーアイツ、迎えに来なくてもいいって言っておいたのに……。

 そう思いながらも胸がときめき心が弾む。
 スーツケースをゴロゴロと引っ張りながら、歩く足は自然と速くなる。
 足を止めて向かい合うと、半年ぶりの桜子は相変わらず綺麗で、そして生き生きしているようだった。

 じんわりと瞼の裏が熱くなる。駄目だ、泣くんじゃない。
 この1週間は楽しい思い出づくりの時間なんだから……。

「なんだよ、迎えに来たのか」

 そう言いながらも、今の俺は絶対に口許がニヤけているに違いない。

「だってお兄ちゃんに早く会いたかったし、案内があった方がアパートに行くのも迷わないでしょ」

「そうだな……ありがとうな、桜子」
「うん」

 表の通りに向かう途中、桜子が顔を覗き込みながら次々と話し掛けてくる。コイツ浮かれてるな。まあ俺もだけど。

「お兄ちゃんに言われた通り、私が行ってみたい所をピックアップしてみたけれど、本当にそれで良かったの? お兄ちゃんの希望があれば聞くよ?」

「いいんだ。お前が興味あるもので」

 前回のFaceTimeでボストン行きを伝えた時、桜子には『桜子が普段生活しているように俺も一緒に行動してみたい』というのと、『桜子が行きたいと思っていてまだ行けていない所をいくつかピックアップしておくように』と希望を出しておいた。

 桜子が住む街で、桜子が普段どんな風に生活しているかを見て、自分もそれを追体験し、共有してみたかった。
 そして桜子が今どんな事に興味を持っていて、それを体験した時にどんな反応をするのかも見てみたかった。
 桜子の初めての瞬間を一緒に味わえるなんて最高じゃないか。

「それじゃあ、まずは私の住んでるアパートに荷物を置いて、私の手料理を食べましょう。……お兄ちゃん、本当に痩せすぎ!目の下に隈もできてるし。この1週間は仕事を忘れて私と一緒にリフレッシュ期間ね。約束だよ!」

「……ああ、約束だ」

「はい、指切り。お兄ちゃん、小指を出して」

 桜子が茶目っ気たっぷりの笑顔で差し出した指に自分のそれをそっと絡める。
 目を細めて見つめ合って一緒に揺らす指が幸せだった。

 俺の残りの人生の砂時計は止まる事なくサラサラと時を刻んでいくけれど、そのうちの1週間は、紛れもなく幸せな時間だったと断言出来る。

 楽しくて苦しくて切なくて……それでもやっぱり幸せだったんだ……。
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