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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

45、ボストンへ 

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 癌の告知を受けてから5日後に突然閃いた『桜子に会いたい』という想い。
 それはすぐに激しい衝動となり、俺を突き動かした。

 人間って凄いよな。目標が1つ出来ただけで身体の底から情熱が漲って、そこに向かって突き進む原動力になるんだ。

ーーこんなところで泣いてる場合じゃないぞ。今すぐ『死ぬまでにやるべきこと』リストを作成して、出来ることを片っ端から処理していかなくては……。


 その日から俺はまさしく『命を削るよう』に『死に物狂い』であちこち駆けずり回った。

 事務所については彼を『パートナー弁護士』だけではなく『共同経営者』として登録し、経営面にも関わってもらうようにした。利益は今までの『折半』ではなく『報酬を別会計』に分ける。これで冬馬の負担が大きくなった分、アイツに多く収入が行き渡るようになる。俺が抱えている顧客の移行も開始する。ボストンから帰ったら挨拶状も作らないとな……。

 家の方は桜子が困らないよう俺の銀行口座を1カ所にまとめ、これからの生活と治療に必要であろう分だけ確保したら、残りの現金は少しずつ桜子の口座に移して行こう。換金できる物は今から現金化しておき、財産目録の作成をしたら自筆証書遺言の作成だ。葬式の業者も予め決めておいたほうが桜子が悩まなくて済むだろう。

 俺がいつ倒れてもいいように、アパートの鍵や諸々の契約書類、印鑑や通帳の場所は、全て冬馬に教えておいた。

ーー父さんの車は……。

 もうしばらくしたら車の運転も出来なくなるだろうから、父さんには悪いけど、あれも売却だな。
 父さん、ごめんな。せっかく父さんから譲り受けた大切な車なのに、結局手放すことになっちゃうよ。
 だけどもう少し……俺の足がブレーキを踏めなくなるギリギリまでは手元に置いておくから……それで勘弁してくれよ。


「とりあえずは……ここまでかな」

 まだまだやる事は尽きないけれど、まずはボストンに行くまでに最低限やるべき事は済んだ……と思う。




「えっ、 ボストンに?! 」
「そう、 桜子に会ってくる」

 俺がボストンにいる桜子に会いに行くと冬馬に告げたのは、病気が発覚してから半月後の10月あたまのことだった。

 冬馬は当然、俺が病気のことを直接伝えに行くのだろうと思っていたらしく、そうでないと分かると案の定、表情を曇らせた。

「言っただろ。 俺は桜子に1年の留学期間を全うして欲しいんだ。 ただ会いたいと思ったから行くだけ」

「いつまでも隠し通せるもんじゃないぞ。 それに、 彼女だって残された時間をお前と過ごせなければ、 後で後悔するに決まってる」

「分かってる…… だから、 動けるうちに、 何もかも忘れて2人の時間を楽しく過ごしたいんだ」

 冬馬は少し言い淀んでから、最近2人の間で話題にするのを避けていた、俺の桜子への想いについて触れて来た。
 それはたぶん冬馬が一番気になっていた事なんだろう。

「桜子ちゃんに……気持ちを伝えるのか? 」

「…… 迷っている。 言いたい気持ちと、 言って困らせたくない気持ちが半々ってとこだな。……まっ、流れに任せるよ」

 それは俺の本心だった。
 桜子の兄としての信頼を失うかも知れない。それでも1人の男としての気持ちを最後に伝えるのか……。

 だけど長い飛行機の旅で、考える時間はたっぷりある。窓の外の景色を眺めながら、じっくり自分の気持ちと向き合おう。


『えっ、本当に? お兄ちゃんが来てくれるの?! やった~、嬉しい! 楽しみにしてるね!』

 最近ずっと避けていた久々のFaceTime では、やはり開口一番、俺が痩せただの顔色が悪いだのと心配されてしまった。
 だけど俺がボストンまで会いに行く事を伝えると、顔をパアッと輝かせて喜んでくれた。

「日本からスーツケース一杯のお土産を持って行ってやる。欲しい物があったら言っておけよ」

『うん、私もお兄ちゃんと行く場所を考えておくね!』

 うん、久々に心が華やいだ。やっぱり人間は生きる目標と希望が必要だよな。


 出発当日は冬馬が空港まで車で送ってくれた。

「くれぐれも無理しないように。気を付けて行ってこいよ」
「ああ、痛み止めや吐き気止めの薬も処方してもらってきたし、のんびり機内で寝て過ごすよ」

 固い握手を交わしてから、俺は出国ゲートの列へと向かった。

「おいっ、大志!」

 大声で呼び止められて振り向くと、冬馬は真剣な顔をして、一瞬目を伏せてから、

「……桜子ちゃんにも……よろしく」

 小さな声でそれだけを言った。
 その顔は不安そうでもあり、申し訳なさそうでもあり……。

 俺は何も言わずに背を向けると、頭上でブンブンと大きく手を振りながら、目の前の列に加わった。

 アイツは桜子を見送った時と同じように、俺の姿が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。
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