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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

38、今日だけは恋人同士みたいに (2)

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 楽しい時間が過ぎるのは瞬きするみたいにあっという間で、気付けばレストランでの食事も終わり、あとは帰るだけとなってしまった。

「今日は桜子と過ごせて楽しかったな……いい思い出が出来た。これで1年間頑張って耐えられる」

「うん……楽しかったね。向こうに行っても電話やメールするね。FaceTime でお喋りもしようね」

「もちろん」

 そうだよな。俺は日本で事務所の顧客を増やして桜子を待つ。桜子は俺のそばで働くために勉強を頑張る。そうやって必死に過ごしていたら、きっと1年なんてあっという間に違いない。

 そして桜子が戻ってきた時には……きっと俺たちの関係も変わって行くんだ。
 それが今日みたいに偽りの恋人同士ではなく、本物になれたらいいな……と思う。


「それではそろそろ帰りますか? お兄ちゃん、明日は午前中から家裁に行くんだよね?」

「ああ、だけど10時からだし……桜子、『お兄ちゃん』じゃないだろ? まだ恋人設定は続いてるんだぜ」

「えっ、そうなの?」

「ああ、家に着くまでが遠足……って言うだろ?」
「ふふっ、遠足じゃないけどね」

「いいんだよ。家の玄関に入るまでは恋人な」
「はい、はい。分かりました、大志さん」

 2人でクスクス笑い合う。

ーーあっ、そうだ……

「桜子、夜景を見に行こうぜ」
「えっ、夜景?」

「そう。恋人同士ならデートの締めは綺麗な夜景を眺めるのがお約束だろ?」
「徹底してるね」

「ああ、やるからには完璧に。甘い恋人気分をプレゼントしてやるよ」
「夜景か……楽しみかも」

「それじゃ、何処がいいかな……」

 2人で本物の恋人みたいに顔を寄せあって、夜景スポットを検索しまくった。もうすぐこの時間が終わってしまうというのを頭から追い払いたくて、わざと大きな声ではしゃいでみせた。



「おおっ、凄いな」
「綺麗!大志、凄いね、感動するね!」

 恋人デートの締めに俺たちが選んだのは、東京タワーだった。
 虎ノ門とかスカイツリーとか選択肢はいろいろあったけれど、もうすぐ日本を離れる桜子と訪れるのは、日本を代表する定番スポットが相応しい。

 トップデッキツアーで一番高い展望台に到着すると、地上250メートルからの煌めく夜景を眼下に見下ろすことが出来た。

 大きなガラスに両手をついて目をキラキラさせている桜子を、後ろからグッと抱き締める。

「桜子……お前とこの景色が見れて良かった」
「うん……私も」

「向こうに行っても俺のことを忘れるなよ」
「……うん」

「病気に気を付けてな。手洗いうがいをしっかりしろよ。万引きや引ったくりに気をつけて。ナンパには着いてくんじゃないぞ」

 こんなムード満点なシチュエーションなのに、口から出てくるのはやっぱり兄として、家族としての言葉ばかりで……。

「お兄ちゃん……私、お兄ちゃんがいない場所で大丈夫かな。1人で頑張れるかな……」

 前に回した俺の腕に、ポツリと涙の粒が落ちて来た。桜子の肩が震えている。

 そうだよな、初めて俺から離れるんだもんな。初めての1人暮らしでいきなり海外だもんな。

 俺ばかりが桜子を恋しがって寂しく感じてるなんて、どうしてそんな風に思えたんだろう。
 桜子だって心配で寂しくて心細いんだ。見知らぬ土地に行く不安でいっぱいなんだ……。

「……大丈夫だ。毎日電話する。寂しくなったり困った事があったら、夜中でも早朝でもいいからすぐに電話して来い。お前が寂しくてどうしても耐えられないのなら、俺が会いに行ってやる。だから……1人で頑張ってみろ。兄ちゃんは日本で、お前の帰りを待ってるから」

「うん……お兄ちゃん……いろいろありがとう」

 いつの間にか恋人の時間は終了して『お兄ちゃん』に戻ってしまっていたけれど、そんなのもう、どっちでも良かった。
 今俺たちは一緒にいて、お互いを必要としている。それでいい。

ーーだけど最後に……

「桜子、大好きだ。愛してるよ」
「うん、私もだよ、お兄ちゃん……」

 回した両手にギュッと力をこめたら、桜子が自分の手を重ねて上から握り締めてきた。
 艶やかな黒髪にそっと唇を寄せたら、いつもの甘ったるい香りと、東京の夜の香りがした。

 今の俺たちは、きっと周りからはお似合いの恋人同士に見えているんだろうな……と思った。
 もう一度胸いっぱいに息を吸ったら、身体中が幸福で満たされた。
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