仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

37、今日だけは恋人同士みたいに (1)

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 桜子が大学を卒業してすぐ。ボストンに出発する2週間ほど前に、2人で買い物に出掛けた事がある。
 向こうに行ってすぐは右も左も分からなくて生活のセットアップにも苦労するだろうから、ある程度の生活必需品をこちらで買って先に送ることにしたのだ。
 日本の食べ物も恋しくなるだろうから色々買っておいて、それは桜子が着いた頃に俺が送ってやることにする。


「キッチン用品に文房具、あと衣類は季節に応じて色々揃えておいた方がいいな。気分転換に漫画や小説も持ってくか?」

「ええっ、向こうでも買い物出来るし、本は電子書籍でいいよ。衣類はとりあえず春夏物を数着とコートがあればいい」

「余分にあって困ることはない。いらなければ向こうで売るなり寄付するなりすればいいだろ」

「お兄ちゃん、甘やかし過ぎ」
「お前はもっと甘えろよ」

 2人で駅前のモールをうろついていると、あれもこれも買ってやりたくなってしょうがない。というか、2人でこうして出掛けるのが久しぶり過ぎて、とにかく楽しくて仕方がない。
 楽しいけれど、これが桜子の出発のためのものだと思うと切なくて、楽しいと切ないがごちゃ混ぜになって胸が苦しくなった。

 鼻をすんと啜りながら、「おっ、あの雑貨の店がオシャレでいいんじゃないか?見てみようぜ」と手を引いたところで思いついた。

「……なあ桜子、今日だけ恋人設定にしてみないか?」
「えっ、恋人?」

 だってこれから1年間は桜子の顔を見れないし触れることも出来ないんだ。せめてその手の感触を覚えていられるように、辛い1年間を乗り切れるように……繰り返し思い出しては胸が満たされるような、そんな素敵な思い出が欲しいんだ。

「だって桜子がボストンで彼氏とか作っちゃったらさ、もう兄ちゃんはお役御免でこうして一緒に買い物に行ったり手を繋いだりも出来なくなるんだぜ。せめて今日くらい恋人っぽくイチャつかせてくれよ」

「ふふっ、イチャつくって……」

 少し考えたあとで、桜子は俺の腕にしがみついてピタッと身体を密着させると、

「いいよ……やろうよ、恋人の真似。私は向こうでも彼氏なんて出来ないと思うけど」

 そう言って茶目っ気たっぷりの笑顔を見せながら、
「それではデートの最初は、あの雑貨のお店を覗いてみますか? えっと……大志さん?」

「は……はははっ……うん、『大志さん』でも『大志』でもどっちでもいい」

ーー駄目元で言ってみるもんだな。うん、なんかヤバいな、俺。めちゃくちゃ緊張して手汗かいてるし。

 ドッ、ドッ、ドッ……と痛いくらいに大きく脈打つ心臓をグッと押さえながら、俺はたった半日限りの恋人の時間を堪能することにした。


「大志~、鍋つかみはミトンタイプとホルダータイプとどっちがいいと思う?」
「ミトン一択。火傷しないように布地が厚くて手首までしっかり覆うやつ」

「大志~、フライパンどれにしようか。やっぱり鉄製が万能?」
「鉄は重いから手首に負担がかかるだろ。お前は手首が細いからアルミかチタンにしとけ」

 桜子もこの設定を楽しみ始めているようで、わざと甘えたように「大志~」と鼻にかかった声で呼んでくるから、そのたびにこそばゆいような気持ちになって顔がニヤけてしまう。
 精一杯平静を装ってはいるけれど、鏡を見たらキモい顔になってないだろうか、非常に心配だ。


 マグカップを探していた桜子が、結納品や結婚式の引き出物を置いている店の前で立ち止まった。

「あっ、コレ可愛い。本当のカップルみたい」

 それは男の子と女の子の顔がデザインされた、アイボリーとピンクのペアカップ。ピンクの方の右の取手が腕みたいに短く切れていて、2つ並べると仲良く腕組みしたようになる。

「へぇ~、本当だ、可愛いな。コレにしたら?」
「でもコレって新婚さん用みたいだよ。2つでセットだし、名前も入れてもらえるみたいだし……」

「ふ~ん……」

 しばらく考えてから俺が、
「いいじゃん、コレを買おうよ。それで2人の名前を入れて、片方は俺にちょうだい」

 そう言ったら桜子は驚いた顔をしたけれど、すぐにフワッと顔を綻ばせる。

「うん! お兄ちゃんとお揃いのマグカップ、嬉しい!離れてもお茶を飲むたびにお互いのことを思い出せるね」
 
 あまりにも屈託のない笑顔だったから、よこしまな想いを抱いている自分が後ろめたくて、だけど予期せず名前入りのペアカップを持てることになったのが嬉しくて、俺は泣きたくなるのを必死で堪えていた。

 『Taishi & Sakurako』
 2人の名前が刻まれたマグカップは、3日後に家に届くことになった。それは後々まで俺の大切な宝物となった。


 ああ、そうだ。
『俺の棺にはこのマグカップを一緒に入れてくれ』
 桜子には忘れずにそう言い残しておかなきゃな。
 だって俺が天国に行って遠く離れても、お茶を飲むたびにお互いのことを思い出せるんだろ?
旅立つときには絶対に持って行かないと……。
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