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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

5、悪夢

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 6歳で我が家に来た桜子は、年を重ねるたびにその美しさに磨きをかけ、透明感を増していった。
 同時に俺にも心を開き、すっかり懐いて、いつしか俺を『お兄ちゃん』と呼ぶことも自然で当然のことになっていた。

 俺は8歳年の離れた小さな妹を溺愛し、時間があれば惜しむことなく彼女の相手をして過ごした。俺がどこかに行くと言えば桜子はついて来たし、俺も嫌がることなくその手を引いて、時には背負ったり抱っこしたりして一緒に出掛けた。
 
 周囲の誰もが認める仲良し兄妹だったと思う。実際、我が家の事情を知っている近所の人以外は俺たちを本当の兄妹だと信じ込んでいたし、『さすが兄妹だけあって、2人ともよく似た綺麗な顔立ちをしているわねぇ』なんて言われることもしょっちゅうだった。
 そんな時はつい嬉しくなって、桜子と2人で顔を見合わせてクスッと笑って、『はい、俺たち仲良しで似たもの兄妹なんです』なんて答えて、握る手にギュッと力を込めるんだ。


 今はもう無くなったけれど、桜子が家に来て暫くは、夜中に怖い夢を見てうなされる事がよくあった。
 真夜中に突然バタンと隣の部屋のドアが開いたと思うと、廊下から家中に響く大きな泣き声が聞こえ出す。
 それを宥めるのも添い寝してあやすのも最初は母親の仕事だったけれど、いつしかそれは俺の役目へと変わっていた。

 夜中に突然火がついたような泣き声がして、俺は慌てて桜子の部屋に飛び込む。ベッドの横に立ち尽くしている小さな身体を抱き寄せて、『大丈夫だよ』、『お兄ちゃんがいるからね』と繰り返し唱え、背中を撫でてやると、漸く安心して眠りにつく。
 
 そのうち桜子は、怖い夢を見ても大声で泣くことは無くなり、代わりに俺のベッドに潜り込んで来るようになった。
 俺は桜子がいつ来てもいいように部屋の鍵を開けっぱなしにするようになって、彼女は当然のように俺の部屋に出入りして来た。
 夜中に人の気配で目を覚ますと、桜子が俺に手足を絡めてセミのようにしがみついているから、黙ってその頭を胸に抱き寄せ、背中をトントン叩いてやるんだ。

「お兄ちゃん……怖い夢を見た」
「そうか、どんな夢だった?」
「怖い男の人に追い掛けられた」

 時には恐怖の対象が大きな熊だったり、大きな落とし穴だったりするんだけど、いずれにしても、父親からの虐待が影響しているんだろうと察する事が出来た。
 その度に俺は、この小さくてか弱い存在が受けた心と体の傷に胸を痛め、理不尽な仕打ちをした、顔も知らない元父親に怒りの炎を燃やした。
 もう二度とそんな酷い目に合わせたりしない。桜子を襲う全ての悲しみや苦しみは、俺が全力で排除し遠ざける。全ての不幸から守り抜いてみせる。そう誓った。


 桜子を守るのは俺の役目だったのに……アイツはいつだって必死で俺を追い掛けて来たのに……どうしてだろうな。

 どうして桜子が選んだのが俺じゃなかったんだろう。
 出会い方が違っていれば良かったのかな?
 兄妹じゃなければ良かったのかな?
 アイツに会わせなければ良かったのかな?

 だけど、いくら考えてみたってもう遅い。
 2人は出会ってしまったんだし、桜子の目にはアイツが映り込んでしまったんだから。

 俺が桜子と冬馬を引き合わせてしまったんだから。
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