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6、君の青春 (1)

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 パシャッ! パシャパシャパシャッ……

 日本でも人気のあるアメリカのポップミュージックに合わせ、ダンス部のメンバーが軽やかに踊り出す。

ーー凄いな……。

 あんなに激しい動きをしているのに、全員が同じ角度で口角を上げた満面の笑顔を作り、一糸乱れぬ動きと絶妙なコンビネーションで歌の世界を表現している。

 同じ動き。同じ笑顔。
 だけど僕の目に飛び込んでくるのはたった1人。
 ピョンピョンとポニーテールを跳ねさせている、長身で色白の、スラッとした女の子。

 パシャパシャパシャッ!


 動く被写体を撮影する時には、シャッターを切るスピードが重要だ。
 相手の予期せぬ動きを、とびきりの一瞬を逃さず捉えるために、シャッタースピード優先モードで連射する。

 体の姿勢も意識する。
 足を肩幅まで開いて下半身を安定させた上で、上半身だけを動かして、撮影対象の動きを追って行くのだ。

 AF機能でピントを合わせると、後はひたすらシャッターボタンを押しまくった。



 彩乃とその幼馴染から堂々とお墨付きを貰った僕は、夏休みに入ると本格的にコンクール用の写真撮影に取り掛かった。

 ダンス部の練習時間に合わせて学校に行き、一緒にお弁当を食べ、同じ時間に帰宅する。
 まるでダンス部のメンバーになったかのような熱い夏が始まった。
 
 撮るのはもちろんダンス中の彩乃だけど、時には他のメンバーの写真も撮ってあげたり、コンビニで買ったドリンクやアイスを差し入れたりして、みんなの機嫌を取ることも忘れなかった。

 僕のせいで彩乃が先輩から睨まれたり他の部員から妬まれたりするのは、絶対に避けなければならない。

 


「どうですか? 最高の一枚は撮れましたか?」

 お昼休憩の時間。
 体育館で円座になってお弁当を食べているダンス部メンバーに混じってアンパンを齧っていたら、隣に座っていた彩乃が首を傾げて聞いて来た。

「もうかなり撮りましたよね? 1枚くらいは美人の私が撮れてません?」
「う~ん……どうだろう」

 撮れていると言えば撮れている。
 本物のモデル並みの美少女。ダンスの躍動感。光る汗と笑顔。
 被写体としては最高の条件だ。

ーーだけど、何かが……。

 何かが足りない気がする。
 今のままではただの『綺麗な写真』に過ぎない。
 心に響くような『引っ掛かり』が無いのだ。

 その『引っ掛かり』が何なのかが分からないまま、僕は日数と焦りと撮った写真の枚数だけを、どんどん重ねて行った。



 ある日の休憩時間。
 その日は気温が35度を超える猛暑で、ダンス部のメンバーは何度か休憩を挟んでは水分補給を繰り返していた。
 焼けるようなグラウンドで全力で踊っているんだ。そりゃあ体力も消耗するだろう。

 全員水筒持参で来ていたけれど、そんなものは昼過ぎには空っぽになってしまう。
 向かう先は校舎脇にある手洗い場。

 かく言う僕も、太陽の日差しをジリジリと浴びながらずっと写真を撮り続けていたものだから、背中にびっしょり汗をかいて、喉がカラカラに渇いていた。
 ダンス部員の後を追って手洗い場に向かう。

 ダンス部は他の体育会系と同様、上下関係が厳しかったので、手洗い場を使用するのも先輩が優先。
 1年生の彩乃は一番後ろに並んで水を飲む順番を待っていた。


 漸く迎えた順番。
 僕が見ている前で、蛇口から出る水を両手で掬い、バシャッと勢い良く顔を洗う君。

 本当に全く化粧っ気が無いんだな。
 なのにこんなに色が白いのか。

 普通はもうちょっと恥ずかしがったり躊躇するもんじゃないの?
 一応僕は男なんだけど。王子とか呼ばれてるんだけど。

ーーほんっとーに全く意識されてないんだな。

 なんだか胸にチリッと小さな焼け焦げが出来たような気がした。


「ねえ、木崎君の何処がそんなにいいの?」
「えっ?」

 僕が話し掛けると、彩乃は水を掬う手を止めて、顔を上げた。

「……私、自分の気持ちを先輩に言ったことありましたっけ?」
「言ってないけど、丸わかりだから」

ーーいつも2人の事を見てるからね。

「えっ、恥ずかしい!」
「ハハッ」

「なのにアイツは全然気付いてないんですよね~、鈍感過ぎですよね!」
「鈍感なヤツが、そんなにいいの?」
「フフッ……いいんです」

ーーいいのかよ。女心を分かってくれない察しの悪い男なんて、絶対に苦労するぞ。

 胸の焼け焦げがメラメラッと大きくなる。

「……自分で自覚してる? 君、かなりモテてるよ。男なんて選び放題だよ。それでも木崎君がいいの? 彼のどこがそんなにいいの?」

 いつの間にか問い詰めるような口調になっていた僕に、それでも彩乃は怒るでも困るでもなく、当然だと言うようにサラッと答えた。

「えっ、だって、あんなお馬鹿、私以外に付き合い切れないじゃないですか~。しょうがないから、私が彼女になってあげようかな……って」

ーーああ……。

「好きなんだね」
「ふふっ………大好きですよ」

 前髪を勢い良く掻き上げて、フルッと顔を振って。
 若く張りのある白い肌から弾かれた水滴が、周囲にパッと弾け飛んだ。

 何の飾り気もない、純粋で光り輝く笑顔。


 パシャッ!

 思わずシャッターを切っていた。
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