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<< 番外編 >>

愛妻弁当とデレの威力はハンパない

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「えっとね、コレが鶏胸肉の塩麹しおこうじ漬けでね、麹に一晩漬け込んでおいて、朝焼いたの。そうすると、パサパサしがちな胸肉もしっとりして……って、聞いてる?」

「うん、聞いてる」

「それでコッチがブロッコリーの梅肉あえ。ブロッコリーはビタミンが豊富だし、梅干しの酸が胃酸を補助して、タンパク質の消化吸収を促進してくれるの。あと、試合中はいつも以上に汗をかくでしょ? 塩分でミネラルの補給をしないと……って、やっぱり聞いてないじゃん!」


 お弁当のおかずを指差しながら必死に説明しているハナの顔に見惚れていたら、すっごい剣幕で叱られた。

 そりゃあ、お弁当の解説中に当のお弁当を見てないんだから怒られて当然なんだろうけど、ちゃんとハナの話は聞いてるし、内容は脳内にインプットされてるんだ。

 ただ、視線がハナに釘付けになっているってだけで……。


「ちゃんと聞いてるから説明を続けてよ」
「嫌だよ、コタローが聞いてないんだもん」

「聞いてるって。麹パワーで鶏の胸肉が柔らかくなって、ブロッコリーはビタミン豊富で梅の酸も塩分も身体に良いんだろ? ハナの顔を見ていたいだけだから、気にせず続けて」

「顔っ?!……もういい。語るのはやめた。食べて」

 ハナが耳まで真っ赤になりながら差し出してきた箸を受け取り、今度こそ本当にお弁当に目を向ける。


 廊下の長椅子に広げられた紫の風呂敷の上には重箱いっぱいのお握りとおかず。

 試合後にハナがクーラーバッグから風呂敷包みを取り出した時にはビックリしたけれど、風呂敷の中から黒塗りの重箱が出てきた時は、更に驚いた。

 コイツ、どんだけ気合入れてんだよ。
 一体朝何時から準備したんだよ……。

 そう思ったら、嬉しくて愛しくて胸が一杯で……そんなのさ、どうしたってテンション上がっちゃうだろ?

 おまけに重箱の中身を一つ一つ指差しながら語っちゃってさ、そんなの、可愛くて仕方ないだろ?
クルクル変わる表情をずっと眺めてたいって思ったって仕方ないだろ?

 だから……まあ、叱られたって本望っていうか、とにかく、今の俺は『我が人生に悔いなし!』状態なわけだ。


「ハナ、ありがとう。おっ、この炒め物、めっちゃ美味いな」

「あっ、それはニンジンとゴボウのごま味噌炒めでね、ニンジンのβ-カロテンは…… もういい」

 もう一度勢いよく語り出すかと思ったら、すぐに言葉を引っ込めて呆れた表情をされた。


「えっ、なんで?もっと聞かせてよ」
「嫌だよ。コタローがニヤニヤするからもう言わない」

「えっ、俺ってそんなにニヤニヤしてる?」
「してるよ!ニヤニヤし過ぎ!」

「マジか、ハハハッ。でもさ、 ようやくカレカノになれた上に、ハナの手作り弁当だぜ。初の愛妻弁当を前に浮かれるなって言う方が無理だろ」

「愛さっ……ちょっと!」

 ハナがチロッと目をやった方を振り返ると、なるほど、何人かの生徒が遠くからこっちを見ているし、中にはスマホでカシャカシャ写真を撮ってる奴もいる。

 やっぱ武道センターの廊下じゃ目立つよな。
 またSNSで写真をアップされて、好き勝手書かれちゃうんだろうな。

 だけど、それでも、俺はハナがせっかく作って来てくれたお弁当を食べたかったし、それを隠したり人目を気にするなんて事はしたくなかったんだ。


 神聖な試合会場でキスしたのは流石にやり過ぎだったと思っている。
 だから試合後のインタビューでマイクを向けられた時には観客席に頭を下げて謝罪したし、今も反省している。

 だけど、それとコレとは別だ。
 試合が終わって廊下に出た時点で、彼女とイチャつこうがヘラヘラしながら手作り弁当をパクつこうが、そんなの俺の勝手じゃないか。

 芸能人じゃあるまいし、逃げも隠れもしたくないし、遠慮だってしたくない。
 だから俺は、会場を出てすぐに、ハナに『お弁当を食べさせてよ』ってお願いしたんだ。


「あのさぁ、俺たち食事中だから……」
「盗撮は肖像権の侵害だぞ」

ーーえっ?

 邪魔するな、盗撮するな!……って言おうと思った瞬間に、聞き覚えのある声で遮られた。


「それに、恋人の時間を邪魔するのは感心しないねぇ。『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』って言うだろ?」

 俺たちを遠巻きにしてる人垣がパッカリ割れて、その後ろからじいちゃんの顔が覗いた。

「じいちゃん!」
「宗次郎先生!」

 じいちゃんの言葉に気まずくなったのか、みんながそそくさと散って行く。

「虎太郎、車に荷物を運んで来たぞ。おっ、コレが噂のハナちゃん弁当か、うん、俺の好みの味付けだな」

 卵焼きをヒョイと摘んで口に放り込む。

「ちょっ……卵焼きは俺もまだ食べてないのに!ってか、この弁当は俺のだから!」

「宗次郎先生、良かったらこの割り箸を使って下さい」

「ハナっ、お前、何言ってんだよ!俺の愛妻弁当を!」

「そんなケチくさいこと言わなくたっていいでしょ!宗次郎先生は私の家庭教師で、剣道のルールを教えてくれるお師匠さんなんだから」

「はぁ?家庭教師?師匠?それ、どう言うことだよ、俺、何も聞いてないんだけど」

「そりゃあ言ってないもん。ささっ、宗次郎先生、こっちの鶏肉の塩麹漬けがオススメです!」

「ハナっ!」

「コタロー、男の嫉妬は見苦しいぞ。そんな器の狭いことでは、フラれるのは時間の問題だな。ハナちゃん、コタローに愛想を尽かしたら次は俺でどうかな?フリーだしコイツより金も包容力もあるんだが」

「いいですね、ソレ!」

「ハナっ!」


 あ~あ、『惚れた方が負け』ってよく言うけどさ、俺なんて生まれてこのかたずっとハナに負けっぱなしだよ。

 好きで好きでしょうがなくて、コイツのためなら何だってしてやりたいし、何をされたって許しちゃうんだ。
 そして、そんな自分が嫌じゃないんだから、しょうがないよな。負けっぱなしで結構、振り回されるのバンザイ!……だ。

 だけどさ……。

 浮気はアカンよ、浮気は。

 そう言おうと思っていたら……


「でも、宗次郎先生、やっぱり私はコタローがいいんで。やっと彼女になれたばかりなんで、妨害はダメですよ!『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』ですよ!」

「おっ、ハナちゃん、上手い返しだなぁ。やはり先生が優秀なんだな」
「へへっ、そうですね」


『やっぱり私はコタローがいいんで』
『やっと彼女になれたばかりなんで』

 ……だとっ?!

 ニコニコしながら会話している2人をよそ目に、俺は脳内でハナの言葉を反芻する。

ーーハナが……デレた。

「ハナ……お前、とうとうデレ……」


「宗次郎先生、もうコタローにバレてもいいし、勉強の時間を増やすことって出来ますか?」
「ああ、もちろん喜んで」

「それっ!俺の知らないとこでナニ2人でコソコソやってんの?説明してよ!」

 アタフタする俺を尻目に、2人は含み顔で見つめ合っている。


ーーああ、気になる!なんなんだよ!

 漸くデレたハナの爆弾発言に胸をキュンキュンさせながらも、2人の秘密が気になって仕方がない!


「もういいよ、とりあえず今は愛妻弁当の喜びに集中するから」

 俺はじいちゃんにこれ以上遅れをとるものかと、卵焼きを次々と口に頬張った。

「美味っ!ハナ、コレ最高!」
「へへっ、愛ですよ、愛!」

 キュン!

 もう今すぐ死んでもいいかも知れない。

 とりあえずハナのデレを堪能したいんで、ハナとじいちゃんの愛の猛特訓の話は、次の機会でヨロシク。
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