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71、 覚悟を決めろよ

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「なあハナ、 お前、 俺と同じ高校に来いよ」

「えっ?  同じ高校って…… 滝山高校? 」
「うん、 そう」

「ええっ?! 名門じゃん! 私には無理だよ」
「無理かどうか、 やってみなきゃ分からないだろ」

「いやっ! 無理無理無理ムリ! 」

 滝山高校と言えば、 この辺りで知らない人はいないほどの有名進学校だ。
 中高一貫の私立校で、 高校からの入学は募集人数も少なく、 かなりの狭き門だと言われている。

 成績優秀な上に色葉先輩やコタローのような秀でた何かが無ければ推薦すいせんは得られないだろうし、 一般入試を目指すにしても、 真ん中からちょっと上の辺りをウロウロしてる私の成績では厳しいだろう。

 一気に険しい顔になった私を見て、 コタローは一瞬だけ眉尻《まゆじり》を下げて、 溜息ためいきをついた。


「…… 俺さ、高校に行ったら絶対にモテるよ」
「自分で言っちゃうんだ…… 凄い自信」

「うん、 俺、 今度の全国大会で優勝するから。 そしたら今まで以上に注目されるし、 SNSでも騒がれると思う」

 それは容易よういに想像できる事だった。
 中学生の今でさえこんなに騒がれているのだ。 高校生になんてなったら、 出待ちもラブレターも告白も、 今までのじゃなくなるだろう。


「それに…… 滝高に行けば、 剣道部には色葉先輩がいる」
「あっ…… 」

「ほら、 そうやって眉間みけんしわが寄るだろ?  」

 コタローが人差し指で私の眉間をグリグリしながら続ける。


「火のないところにも煙は立つんだ。 俺が相手にしなくてもまわりは勝手に騒ぎ立てるし、 それが面白おかしく拡散されるのは止められない。 そして、 お前が変な誤解をして落ち込むのも止められない」

 グリグリする指の力が強くなってきた。 痛い。


「俺だってハナが俺の知らないとこで凹んでたらつらいし、 俺の知らない男にちょっかい出されるのはもっと嫌だ。 出来るだけ近くにいたいんだよ。 お前はどうなの? 俺と離れても平気なのかよ」

「そりゃあ、 私だって…… 」

 生まれた時からずっと近くにいたんだ。 出来る事なら高校だって一緒がいいに決まってる。
 でも、『行きたい』と『行ける』の間には、 深くて広いみぞがあるのだ。


「お前が今やりたい事があって、 そのために目指してる高校があるって言うんならあきらめる。 でも、 そういうのが無くてどこでもいいって言うのなら、 俺は一緒に来て欲しい」

「あぁ…… ちょっと待って、 考えさせて。 なんか一気にいろんな情報が入ってきてパニックかも」

 私がそう言った途端、 コタローが厳しい表情になって、 グイッと顔を近づけてきた。


「ハナ、 お前…… 」
「えっ、 なっ…… 何よ」

 思わず後ろに仰け反ったら、 そのぶんコタローが距離を詰めてくる。


「お前…… 今、 メンドクサイって思ってるだろ」

ーー ギクッ!

「問題はそれなんだよ! お前さ、 面倒な事が苦手だろ? 面倒な事からすぐに逃げようとするだろ? こうやって自分の想定外のことがあるとシャットアウトするだろう? 」

「別に逃げるつもりは…… ただ、 ちょっと冷静に考えてみようと…… 」

「それっ! お前の『冷静に考える』は『距離を置く』と直結してんだよ。 だから俺も長年ビビって動けなかったんだよ! せっかく動いた途端にシャットアウトされてたまるかよっ! 」

 自分ではそこまで考えたことが無かったけれど、なるほど、 私はこのパターンで幾度いくどとなくコタローを失望させてきたのだろう。

 コタローが言っていた『覚悟』と『頑張り』とは、 この事だったのか。

 コタローといる限り付き纏う噂話や中傷、 そこから生じる嫉妬や不安、 すれ違い。
 それらを少しでも軽くしようと思ったら、 同じ高校に行く方がいいに決まっている。

 嫉妬や不安と戦う覚悟。 同じ高校を目指す覚悟。
 そしてそのために、 私に頑張って欲しいとコタローは言ってるんだ。


「コタロー、 私…… 」

「な~んてなっ! 」

 落ち込んだ私の顔を覗き込んで、 コタローがニヤッと白い歯を見せた。

「馬鹿ハナ、 お前の思考回路はお見通しだ。 高校の話をしたらこうなるってことくらい想定済みなんだよっ! 」

ーー ええっ?!

「だからさっき、『返事はまだいい』って言っただろ。 俺とカレカノになるってことも高校のことも、 お前の気が済むまで考えろよ」

 コタローは一転、 穏やかな口調になって言った。


「そりゃあ目立てば好き勝手言われるし、 傷つくこともあるけれど、 俺は誰に何を言われようが気にしない。 お前が隣にいてくれるならそれでいいと思ってる。 だけど、 お前は違うだろ?  俺のそばにいるってだけで嫌な思いをするかも知れないんだ」

「嫌な思い…… 」

「うん。 絶対に守るなんていい加減なことは言えないからな。 でも俺はお前を巻き込む覚悟が出来てるし、 お前が辛い思いをした時には全力で慰めるよ。だからお前も覚悟を決めてくれたら嬉しい」

「覚悟…… 」

「そう。 俺が8月の全国大会で優勝したらさ、 お祝いに返事を聞かせてよ」
「お祝いって…… 8月までまだ4ヶ月近くあるじゃん! そんなに長い間、 待っててくれるって言うの? 」

「…… たった4ヶ月だよ。 俺が何年片想いをこじらせてきたと思ってるんだよ。 こっちはな、 両想いになれたってだけで『人生に悔いはナシ!』って気分なんだよ」

「……。 」

「だからさ…… 一度逃げずにさ、 真剣に考えてみてくれない?  不安なのは分かるけど、 今回だけは俺の気持ちに真剣に向き合ってみてよ」

「…… うん、 分かった。 ごめんねコタロー、 私が意気地いくじなしで」

「大丈夫。 お前がその気になるように、 こっちはこっちで勝手にアピールするから」
「えっ、 アピール? 」

「うん、 お前に逃げられないようにせっせと『婚姻贈呈こんいんぞうてい』の貢ぎ物でもするよ。 ほい」

 コタローがチノパンのポケットにゴソゴソ手を突っ込んで取り出したのは、 『抹茶わらび餅』と書かれた緑色の小さなチョコ。


「俺、 ハズさないだろ? 」
「…… うん」

「彼氏にしたら最高だぜ」
「うん…… 」

 久し振りに食べたそのチョコは、 甘くてほろ苦くて、 心までとろけるほど美味しかった。
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