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7、コタロー5歳の思い出
しおりを挟む俺とハナは物心ついた時にはもう一緒にいるのが当たり前だった。
小さい頃からずっと一緒だったんだから、 2歳の思い出も3歳の思い出も沢山あるんだろうけど、 俺の中でのアイツとの最初の思い出は、 消毒液の匂いと機械音と共に、 5歳の夏から始まっている。
5歳の夏に奥歯が虫歯になって、 俺は隣の桜井歯科クリニックで治療を受けることになった。
院長はハナのお父さんの陽介先生で、 その時間はクリニックを貸し切り状態にして、 俺の治療だけに専念してくれていた。
大抵の子供はみんなそうだと思うけれど、 俺は歯医者さんのあのライトで照らされる感じだとか消毒液の匂い、 そしてあのギュイーンという機械音が苦手だった。
清潔感のある白い椅子に座らされて、 ウィーンと頭が倒れていく瞬間に心拍数がどんどん上がり、 それだけでもう、 最後までもたないと思った。
ーー あっ、 もう駄目かも……。
その時、 ハナが俺のとこまでトコトコ歩いてきて、 絵本の表紙を見せながら、「コタロー、 絵本を読んであげるよ」と本を開きだした。
「コラっ! ここに入ってきちゃダメだって言ってるでしょ! 」
ハナのお母さんの若葉さんがハナの手を引いて外に連れ出そうとしたけれど、 ハナはその手を振りほどいて、 俺の横に駆け寄ってくる。
「コタロー、 もう大丈夫だよ、 私がついててあげるからね。 歯医者さんは怖くないんですよ。痛かったら手を上げて教えてくださいね」
誰の口真似なのか、 偉そうな事を言って、 俺の手をギュッと握ってきた。
ハナが4月生まれ、 俺が9月生まれでたった5ヶ月しか違わないのに、 その頃のハナはお姉さん振るのがマイブームだったらしい。
コレもその一環なのか、 妙に芝居がかった口調で話し掛けてくる。
その能天気な顔を見てたら、 非日常だったところにいきなり日常が戻ってきたみたいでホッとした。
思わず笑みを浮かべたら、 陽介先生が、
「コタロー君は花名がいる方が緊張しないのかな? 」
そう聞いてきた。
俺がコクコク頷くと、 陽介先生は「そうか、 分かった」と言って、 ハナに絵本を読む許可を与えた。
「それじゃ、 読んだげるね。 えっと…… 『あるひ、 ママがいいました……』」
ハナが絵本を読み出して、 俺がそれに聞き入ると同時に、 虫歯の治療も始まった。
ギュイーン……
「みいちゃん、 ひとりでおつかい…… うわっ!」
機械音が鳴ると、 ハナの音読も中断する。
ギュイーン……
「ひとりでおつかい、 できるかしら…… ヒャッ! イタタタタっ! 」
キュイイーン……
「うん、 みいちゃん…… うおっ! …… もう五つ…… うわっ、 イタタっ! 」
こっちは物話の先を聞きたいのに、 さっきから聞こえてくるのは『うわっ!』とか『ヒャッ!』という擬音ばかり。
ただでさえカタコトで下手くそな音読なのに、 全然先に進まないし、 意味ないじゃん……。
そう思ったらなんか可笑しくなってきた。
あまりに下手くそ過ぎてそっちが気になって、 治療の恐怖も吹っ飛んだ。
「虎太朗くん、 終わったよ。 よく頑張ったね。 このコップでうがいしてね」
どうにか治療が終わり、 紙のエプロンを外して立ち上がる。
「コタロー、 良く出来ました。 よしよし」
ハナが偉そうに俺の頭を撫でていると、 若葉さんがハナの手を取って、 椅子に座らせようとする。
「えっ、 お母さん、 何? ! 」
「何って、 次はあなたの番よ。 花名は虫歯の予防ね」
「えっ、 嫌だ! 怖い! 」
「何言ってるの! 虎太朗くんはちゃんと治療したわよ」
ハナは椅子の上で足をバタバタさせて全力で抵抗している。
「こらっ、 花名! いい加減にしなさい! 」
若葉さんに叱られて、 ハナがギャン泣きし始めた。
「嫌だってば! イヤだ~、 怖い~! 」
「ハハハッ! 」
「コタロー、 笑うな! 」
「本を読んでやろうか? 」
「いらない! そんなの読んだって怖いもんは怖いんだよ! 」
「ハハハッ」
「笑うな~! 」
俺が母親に手を引かれて治療室から出てからも、 ハナの叫び声が待合室まで響いていた。
「ハハッ、 あいつ、 アホだな」
「コラっ! アホとか言うんじゃありません! 」
「ハハハッ」
ーー あいつ、 マジでアホだな。
アホっぽくて…… なんか可愛い。
陽介先生の治療と若葉さんの歯磨き指導のお陰で、 あれ以来、 俺は虫歯になることはなかったけれど、 ハナは残念ながら、 小4で虫歯になった。
陽介先生が言っていた。
『甘いものを制限しても、 歯磨きをちゃんとしてても、 虫歯って出来る時は出来ちゃうんだよな』
だけどハナ、 お前の場合は甘いものを無制限に食べ過ぎだったんだよ。
だからお前は、 俺のあげるチョコだけで我慢しておけ。
他のヤツからは、 絶対に受け取るんじゃないぞ。
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