上 下
1 / 100

1、キスとチョコ

しおりを挟む

 屋上に続く階段の踊り場で、 コタローがいつものようにポケットから小さいチョコレートを取り出した。


「はい、 これ。 ハナのリクエストの『みるくもち』味」
「やった!  コタローから送られてきたリストを見た時に、 絶体コレだって決めてたんだ。 生徒に取られちゃうかと思ったけど、 ちゃんと残ってたんだね」

「違うよ、 ハナからメッセージが届いてすぐに、 塾に行ってキープしといたんだよ」
「そっか。 さすがコタロー、 気がくね! 」


 そう言いながらピンク地に白いお団子だんごの写真が載った包みを開けて、 真っ白な四角い固まりを口に放り込む。

 ホワイトチョコのミルク風味のあとで、 あっさりした求肥ぎゅうひの味と弾力だんりょくが追いかけてくる。


「う~ん、 最高! 『きなこもち』もいいけど、 これはこれで良いね~ 」

 あまりの美味しさに目尻が下がる。

「嬉しい? 」
「うん、 嬉しいよ」

「それじゃ、 ご褒美ほうびちょうだいよ」
「あっ…… うん」


 コタローが少し体をかがめて目をつぶり、 私がゆっくりと顔を近づける。
 唇をチュッと短く合わせてすぐに離れると、 目を開けたコタローがニコッと微笑んだ。

「オッケー、 今日の対価たいかはいただきました」
「……  はい」


 コタローがポケットに両手を突っ込んだまま、 トントンと軽い足取りで階段を下りて行く。

 3段ほど下がったところで振り向くと、 
「ハナ、 行くよ」
と、 何事も無かったように私を呼んだ。


***


 それが始まったのは、 確か小4になってすぐの春。
きっかけは私が虫歯になったことだった。


 ある日、 歯科医である父親に歯の検診を受けていたら、 父が「ああっ! 」と大声を発して後ろの母を振り向いた。

「あちゃー、 お母さん、 花名はなに虫歯が出来た」

「何ですって?! 」


 歯科衛生士である母はマスクをしていたので口元が隠れていたけれど、 その斜めに吊り上がった眉毛と目元で、 激しく怒っているのが分かった。


 ライトの位置を調整して、 母も父と一緒になって口の中を覗き込んでくる。


「右上2番がC1だ」
「本当だ。 白っぽくなってるじゃない。 嫌だわ、 ちゃんと歯磨きさせてたのに」

「元々エナメル質が弱いんだろう。  シーラントも奥歯だけじゃダメだったな。 歯磨き指導をし直して、 後でもう一度フッ素塗布もしておこう」

 父はそう言っただけだったけど、 母はカンカンに怒って、 私に甘いもの禁止令を言い渡した。


「歯医者の娘が虫歯だなんて最悪だわ! 花名、 あなた今日から甘いもの禁止ね」


 子供心に、 これはとんでもない事になったと思った。

 私は甘いものが大好きだった。 特にチョコレート。 しかも塾でもらえるやつ。


 半泣きでギャンギャン文句を言う私に母が言った。

「甘いものを絶対に食べるなって訳じゃないのよ。 おやつの時間にはちゃんとお母さんが準備したものを出してあげる。 ダラダラと際限さいげんなく食べて、 これ以上歯を悪くして欲しくないのよ」


 母が言っていることは分かる。
 歯は一生モノ。 それも理解出来る。

 だけど、 お父さんだって言っていた。
『甘いものを制限しても、 歯磨きをちゃんとしてても、 虫歯って出来る時は出来ちゃうんだよな』


 だったら食べたっていいじゃん。
 食べたいよ。 その代わりにちゃんと歯磨きするし。


ーー そうだ、 コタローを使えばいいじゃん!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高嶺のライバル

いっき
恋愛
(カッコいい……) 絶世の美少女、菫(すみれ)は、親友であり最強の剣道部員でもある凛(りん)に、憧れの感情を抱いている。 しかし、凛は菫に対して、それとは少し違う感情を抱いていて……

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。 そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。 しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。 アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。 カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。 「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」 「そんな変な男は忘れましょう」 一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。

処理中です...