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第5章 失踪編

12、最後のご馳走様

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 ガランとした部屋を見渡した瞬間に、心臓が凍りついた。

「えっ、なに……コレ……」

 玄関に靴を脱ぎ捨てて、足をもつれさせるようにして奥へと向かう。
 三段ボックスからは、2日前までは確かにあった2人の笑顔の写真も、『雪の女王』の絵本も消えている。

「嘘っ!」

 今度はキッチンに向かい冷凍庫の扉を開ける。

ーー無い……。

 ラップに包んで冷凍しておいたハンバーグ3個。

『残りは今度私が来た時に食べようね。たっくんが2個で、私が1個』

 そう言ったら、たっくんは黙って微笑んでいた。

 キッチンのゴミ箱を開けて見ると、そこには油で汚れた紙皿が捨てられている。

 キッチンカウンターに敷かれたペーパータオルの上には、土曜日に洗った箸とマグカップ。
 見事に私の分だけが残されていて、左半分の不自然に空いたスペースが、そこには確かに黒いマグカップと箸があったのだと教えている。

ーー 一緒に食べようって言ったのに……

「違う……」

 たっくんは何も言ってない。
 ただ黙って微笑んでいて……。

「えっ……ウソっ……」

 キッチンの床にヘナヘナと座り込んで、両手で口を押さえた。

 いつから?
 金曜日にはもうこうするって決めていて……?
 違う、もっと前……


 その時、優しく肩に手が置かれて、バッと顔を上げた。

「たっくん?!」

 そこにはリュウさんが、気まずそうな顔でしゃがみ込んでいた。

「拓巳じゃなくて、ゴメンね」
「リュウさん……たっくんが……」

 そう言いながら、みるみる涙があふれて来る。

「た……たっくん……どうして……何処どこ……」

 歯をガチガチさせて、しゃくり上げながらどうにか単語を発すると、それでもリュウさんは質問の意図を理解してくれたようで、ゆっくりと口を開いた。

「小夏ちゃん、ゴメンね。俺は拓巳が何処に行ったのかも、その理由も知らない。聞いてもいない」
「えっ……」

 リュウさんの眉尻が下がり、細い目が申し訳なさそうに益々ますます細められる。

「俺は昨日の昼に拓巳から電話をもらって、荷物の回収を頼まれただけなんだ。小夏ちゃんが来る前に済ませるように頼まれてたんだけど……ゴメン、鉢合わせしちゃったね」

「……どうしてっ!」

 同情が混じったような声音で言われて、思わず叫び出していた。

「どっ……どうして止めてくれなかったんですか?! 」

 腕を掴んで激しく揺らしたら、勢いでリュウさんが尻餅をついた。
 私はそれにも構わず、彼が着ているGジャンの襟を掴んで絶叫する。

「ヒドいっ! たっくんはリュウさんをお兄さんみたいに慕ってたじゃないですか! あんなに仲良くしてたじゃないですか! リュウさんが止めてくれたら……たっ……たっくんだって!……ううっ……」

 最後の方は嗚咽おえつ混じりで、ちゃんとした言葉にならなかった。

 一方的に感情をぶつけている私に、リュウさんはおこりも手を振りほどきもせず、そのまま黙って受け止めてくれていた。



「拓巳がさ……泣いてたんだよ」

 私の嗚咽がようやくおさまってきた頃、リュウさんがポツリと呟くように言った。

「……えっ?」

「電話だったから、もちろん顔は見えないんだけど……声が震えててさ」

 不自然に途切れる会話の途中で繰り返される、大きな深呼吸。その後に続く、鼻をすする音。
 それでも、言葉を詰まらせながら、たっくんはリュウさんにこう言ったのだという。

『何も無い部屋を見たら、小夏が余計に悲しむだろうから……アイツの来ない昼間のうちに荷物を運び出して貰えないかな……頼むよ。……リュウさん、俺……小夏の事が大事なんだ……だから……』

 そこまで話したリュウさんの声も、心なしか震えていた。

「拓巳が考えなしで行動するようなヤツじゃ無いってのは、小夏ちゃんだって知ってるだろ? アイツがあんなに苦しそうな声を出しながら頼んできたんだ。それまでに相当悩んで決めたに決まってる。……俺には止められないよ」

 それを聞いて、また頬が震えだす。

「リュウさん、だけど、私……」

「拓巳に……小夏ちゃんが『escape』に訪ねてきたら、あそこにあるマグカップと箸を渡してやってくれって頼まれてた。 ……それと…『ハンバーグを1人で食べちゃってごめんな』って……『美味しかった、ご馳走様』って伝えてくれって……」

 分かっている。この怒りや悲しみをリュウさんにぶつけたって仕方がないんだ。
 だけど、最後の言葉を聞いた途端、決壊した感情を止めることが出来なくなった。

 私はリュウさんの胸に顔をうずめながら、小さな子供のように、わーっと大声を出してひたすら泣き続けた。


「小夏ちゃん……俺は拓巳が好きだけどさ、小夏ちゃんのことも気に入ってるんだよ」
「……えっ?」

 なかなか泣き止まないその姿を見て、さすがに可哀想だと思ったのだろう。
 リュウさんはGジャンのポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしながらチラッと私の顔を見る。

「拓巳を裏切るつもりは無いけれど……好きな子をこんなに泣かせたままで置いて行っていいとも思わない」

「えっ?」と顔を上げた私にスマホを手渡し、「拓巳に……荷物を運び出したら連絡を入れることになっている」

 そう言って頷いた。
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