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第5章 失踪編
8、俺の愛情表現を拒否するの?
しおりを挟む山中商店街にあるスーパーは、小ぢんまりしていながらも品揃えが豊富で、そのうえ値段設定がかなり低めなので、どうして今までここを利用しなかったのかと深く後悔した。
「そりゃあ、コンビニばっか行ってたからじゃね?」
当然のようにサラッと言われて、私は頬をぷっくり膨らませる。
「だってたっくんがこんなお店があるって教えてくれなかったし」
「コンビニの方がレジに並ばなくていいし手っ取り早いじゃん」
「それはそうだけど……今度からはこっちのお店に来ようね」
「……それよりも、なあ、ハンバーグ用の肉って牛なの?豚なの?」
「あっ、話を逸らしたね!……合い挽き肉だよ」
「それじゃ牛豚両方ってこと?」
「そう」
ショッピングカートを押しながら、たっくんが無造作にポイポイと商品を放り込んで行く。
なんだか新婚夫婦っぽいな……とニヤニヤしていたら、
「なんか新婚夫婦っぽくね?」
と言われて、心を読まれたのかとドキッとした。
「ハンバーグにチーズ入れようぜ、トロットロのやつ」
「それじゃ、あっちの乳製品コーナーだ」
「シャンメリーも買うだろ?」
「あっ、欲しい!」
「ハハッ、小夏向け『なんちゃってお子ちゃまシャンパン』だ」
「あっ、ヒドい!たっくんも本物じゃなくてこっちを飲むんだからね!」
「はいはい」
今日のたっくんは、かなりテンション高めだ。私もかなりウキウキ浮かれてるけど。
レジで支払いを済ませ、お店を出たら左折するはずが、たっくんがスーパーの袋を両手に持ったまま、「こっち」と反対側に歩いて行く。
首を傾げながらついて行ったら、そこから斜めに4軒ほど進んだ先のケーキ屋さんに入って行った。
「すいません、予約していた月島ですけど」
ーーえっ、予約?
お店の人が奥からケーキの箱を出してくると、「小夏、受け取って」とそちらの方に顎を突き出し、「誕生祝いにケーキはマストアイテムだろ?」とニカッと笑った。
「たっくん、彼氏の鑑だね。やる事なす事イケメン過ぎてビックリだよ」
アパートで箱から出した4号サイズのイチゴショートケーキを眺めながら、しみじみと呟いた。
真っ白い生クリームの上には、大きな苺と『小夏ちゃん おたんじょうびおめでとう』と書かれたチョコプレート。
小夏『ちゃん』という部分に、たっくんのさり気ない悪意を感じるけれど、それでも嬉しいことに変わりはない。
「そう言えば、お店には『和倉』じゃなくて『月島』で予約を入れたんだね。月島って久し振りに聞いたからドキッとした」
「……まあ、どっちでもいいだろ?……ケーキは食後だから片付けとけよ。早くハンバーグを食べようぜ」
そう言われてケーキをいそいそと冷蔵庫に片付けると、キッチンカウンターからガラステーブルへと、2人でハンバーグの乗ったお皿を運んで行く。
「テーブルが狭いね」
「仕方ないだろ。お一人さま仕様なんだから」
「私が大学に入ってバイトを始めたら、初めての給料でダイニングテーブルをプレゼントするよ」
「お前、大学生のバイトごときでいきなりそれは無理だろっ」
「それじゃ……2人で『ダイニングテーブル貯金』しようよ。毎月ちょっとずつ貯めていくの」
「うん……楽しそうだな」
「でしょ?」
「……それよりさ、早くハンバーグ食べようぜ。冷めちゃうじゃん」
たっくんが目配せした先には焼き立てのハンバーグ。付け合わせは冷凍のミックスベジタブルを塩コショウで炒めたものと、茹でたブロッコリーに、プチトマト。
手抜きの簡単メニューだけど、とりあえず見かけは合格点だ。
2人で「いただきます」と手を合わせ、色違いの箸を手に取る。この部屋にナイフとフォークなんていう洒落た物は存在しない。前に一緒に買いに行くまで、箸も割り箸しか置いてなかったくらいだから、これでもマシになった方だ。
たっくんがハンバーグに箸を差し入れて2つに割ると、中から透明な肉汁と共に、トロリとチーズが流れ出てきた。
「やった、トロットロ! んっ、美味っ!」
「本当?」
たっくんに続いて私もハンバーグを一口頬張る。
うん、確かに大成功だ。
今回2人で料理をしようと提案してきたのはたっくんで、手作りハンバーグがいいと言い出したのもたっくん。
料理なんかした事ないという割には、挽肉をこねるのも俵型にしてパンパン空気抜きするのも器用に……と言うか、むしろ私よりも手際良くこなし、初めてなんて嘘でしょ?!と言う出来栄えのサンプルみたいなハンバーグが出来上がったのだ。
「2人の初めての共同作業、大成功じゃね?」
「うん、なんだか楽しくなってきた。2人でレパートリー増やしていこうよ!」
「……うん、そうだな」
たっくんが嬉しそうに目を細める。
「小夏、口元にソースがついてるぞ」
「えっ、どこ?こっち?」
「いいから手をどけて」
そう言われて「えっ?」と動きを止めたら、唇の左端をペロッと舐められた。
「いいよ、もう取れた」
途端に顔がカカカッと熱くなる。
「も……もうっ! たっくんってさ、そういうとこあるよね」
「何だよ?」
「普通なら照れて出来ないような事をサラッと言ったりやったり出来ちゃう。しかもイケメン無罪でサマになっちゃうのが悔しいっていうか……」
するとたっくんは、ズイッと目の前まで顔を寄せてきて、至近距離からジッと見つめて来る。
マズい。綺麗すぎて魂を抜かれそうだ。
「嫌なの?」
「えっ?」
「小夏は俺に構われるのが嫌なの? 俺の愛情表現を拒否するの?」
「……嫌……じゃないデス」
恥ずかしくて、真っ直ぐに見つめられなくて……伏し目がちになりながらボソッと答えると、
「だよな? だったらいいじゃん。俺が可愛がりたいと思うのは小夏だけで、小夏はそれが嫌じゃない。問題ないだろ?」
「全く問題……無いデス」
ーーほら、こう言うところ!
そう言おうと思ったけれど、また甘い言葉を重ねられるだけなので、これ以上茹でダコになる前に降参した。
「それじゃあ、お約束のシャンメリーの栓飛ばし!それ!」
パーン! シュワ~……
「わっ!半分以上こぼれちゃったじゃん!」
「ハハッ、それが楽しいんじゃん!」
シャンメリーの栓を壁めがけて飛ばして、泡を思いっきり溢れさせて……ケーキは食べ切れなくて半分残したけれど、たっくんが立ててくれた17本のロウソクの火を吹き消して、夢みたいに楽しい時間を過ごすことが出来た。
あまりに夢みたいで楽しすぎて……怖いと思うほどだった。
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