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第4章 束の間の恋人編

16、ラブラブの熱々なんだろ?

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「小夏、危ないから触るな」

 ガシャガシャと硬質な音を立てながら、たっくんがホウキでガラスの破片を集めている。

 刃傷沙汰……とまでは行かなかったものの、大いにお騒がせして器物破損まで犯した私達は、責任を取って店内の後片付け中だ。


 朝美さん退場後の店内は、カウンターの上も床もガラスの破片が飛び散っているし、頭からカクテルを被ったダサい女が突っ立ってるし、アルコール臭いしで、なんとも酷い有様ありさまだった。

「みんな、申し訳なかったね。今飲んでる分は俺の奢りにするから、今日はこれで店を閉めさせて。ホント、ゴメンね」

 リュウさんはそう言って客を全員帰らせて、中から入口の鍵を閉めると、私とたっくんを振り返って苦笑した。

『拓巳、勘弁してくれよ。『お前らやるなよ』って言ったことをそのままやっちゃうって、ダチョウ倶楽部じゃないんだからさぁ……』



 たっくんがホウキでダストパンに破片やゴミを掃き入れると、そのまま中身をごみ箱にガシャッと放り込む。

「リュウさん、掃除機もかけた方がいいですよね?」

「ああ、それは明日にでも俺がやっとくからいいよ。今日は小夏ちゃんの誕生祝いする予定だったんだろ?送ってってやるから帰る準備しろ」

「だけど……」

「お前の頭でガラスの粉がキラキラしてるし、小夏ちゃんは濡れてるし酒臭いしで、タクシーだって乗せてくれないよ」

 そう言うリュウさんの頬にも、ガラスで切れた浅い傷がある。
 これではもう今日は商売にならないだろう。
 お言葉に甘えて、リュウさんの車でアパートまで送ってもらうことにした。


 助手席にたっくん、後部座席に私を乗せて、リュウさんの黒いピックアップトラックは夜の繁華街を抜けて行く。
 後部座席はちょっと狭かったけれど、こういう車に乗るのは初めてだったし、たっくんと一緒のドライブは久しぶりだったから、なんだかワクワクした。

「リュウさん、今日は御迷惑をお掛けして本当にすいませんでした。思いっきり営業妨害ですよね」

 肩にバスタオルを羽織った私が後ろから話し掛けると、リュウさんがバックミラーに向かってニコッと笑い掛ける。目が細められると、益々キツネっぽい。

「小夏ちゃんが謝ることはないよ、営業妨害したのはあの女。まあ、あおったのは拓巳だけどね……なっ、拓巳?」

「ホント悪かったですって。アイツが小夏を侮辱するからカッとなって……」

 カットバンの貼られた頬を指先で撫でながら、たっくんが顔をしかめた。

「拓巳もすっかり人間らしくなったもんだな。あんなにめててコイツ大丈夫かよって思ってたけど……お兄さんは嬉しいよ、うん」

「たっくんって、そんなに醒めてたんですか?」

「うん、醒めてたし……周囲のことにも自分にも無関心だったな」

ーー無関心……それは一時期の私にも言えることだ。たっくんを失って生きる希望を失った私は、『どうにでもなれ』と、感情を殺して、ただただ日々を過ごしていた。

 だけど私には心からの愛情を注いでくれる祖母や母がいたし、親友も出来た。傷ついた心を癒す時間も場所もあった。

 だけど……その頃たっくんは、次々と住処すみかを変え、心を踏みにじられ、泥だらけの地面に顔を擦り付けるような悔しい思いを強いられていたんだ。

 心を凍らせる以外に自分を守る術が無かったんだろう。


「拓巳は……寄ってくる女が後を絶たなくて、入れ食い状態で……だけど、全然楽しそうじゃないんだ。客のしょうもない話に相槌を打ってる時も、頼まれて簡単にキスしてる時もさ……目は全く笑ってないんだよ。生きることにも自分にも執着が無い感じで……コイツは明日にでもフッと消えちゃうんじゃないかって、いつも思ってた」

「ちょっとリュウさん、小夏の前でなんて事を言ってくれちゃってんだよ!小夏に嫌われたらどうしてくれんの?!……小夏、今の話は忘れろ!遠い過去だ!頼むから嫌わないで!」

 ガバッと後部座席を振り返るたっくんの姿に、リュウさんがハハハッと大笑いする。

「ねっ、小夏ちゃん。俺はこんな風に狼狽うろたえる拓巳が見れて、楽しくて仕方がない」

「ふふっ……私も楽しいです」

「ええっ、なに2人で意気投合してんの?俺だけダサダサじゃん!なんだよ~!」

 シートにボスッと深く腰掛けて文句を言っているたっくんは、それでも笑顔を浮かべている。


「小夏ちゃんの啖呵たんかもカッコ良かったよ。『恥ずかしくないんですか?バンッ!』って、姐御あねご感が凄かった。結構ハッキリ言うんだね」

 リュウさんの言葉に、たっくんが『我が意を得たり』と身を乗り出す。

「リュウさん、何言ってんだよ、小夏はそういう女なんだって!相手が年上だろうが男だろうがひるまないんだぜ。いつも無茶ばっかするから、俺は心配で心配で……なあ?小夏、アパートの『壁ドン』もさぁ……」

「えっ、小夏ちゃんが壁ドンすんの?ソレ逆だろう」

「違うんだって!そっちの壁ドンじゃなくて、マジな方の壁ドン!」

「なんだよ、マジな方って、ハハッ」

 目の前で盛り上がっている2人を見ながら、私の心はホンワリと暖かくなり、満足感で占められていく。

 うん、楽しい。シアワセだ……。


 アパートの前で車を降りて、たっくんと2人で御礼を言っていると、リュウさんが「これ、小夏ちゃんに。誕生日おめでとう」と窓からニュッと手を突き出してきた。
 渡されたそれを見ると、上映中の映画のプレミア・ペアシートの予約券。

「えっ、リュウさん、コレくれちゃうの?」

「バカヤロー、お前にじゃない、小夏ちゃんにあげるんだ。……小夏ちゃん、コレで最高にイイ男を誘って楽しんどいで」

「はい……最高にイイ男と楽しんできます」

 笑顔で手を振りながら、リュウさんは去って行った。

「ちぇっ、何だよ。2人で仲良くなっちゃってさ……何がイイ男だよ、小夏には俺がいるんだっちゅうの!」

 拗ねて唇を尖らせているたっくんの手を握り、顔を覗き込む。

「拗ねてるんだ?」
「拗ねてないし、小夏は俺のモンだし」

「ふふっ、それじゃあ明日は映画に行きますか?最高にイイ男の彼氏さん」

 途端にたっくんがパアッと表情を明るくして、グイッと手を引き階段に足を掛ける。

「小夏、早く!帰るぞ!」
「えっ、あっ、ちょっと!」

「早く部屋に入って熱々のラブラブしようぜっ!」
「えっ?」

「えっ……って、だって俺たち、ラブラブの熱々なんだろ?そんで、俺のテクニックはめちゃくちゃ気持ちいいんだろ?」

「そっ、それはっ!勢いというか、言葉のあやというか……」

「なんだよ、俺って下手くそなの?気持ち良くないの?さっき言ってたのは嘘だったの?」

「いや、嘘では無いけれど……」

「そんじゃ、いいだろ?ラブラブの熱々でめちゃくちゃ激しくしたい。……ダメ?」

 階段の前でギュッと抱きしめられた。

ーーそんな風に耳元で甘ったるく囁かれたら……

「……熱々したって……いいです」


 玄関に入ってドアを閉めた途端、キスの雨が降ってきた。

 だけどその夜のたっくんは、言葉とは裏腹に、とても優しくて甘かった。
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