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第4章 束の間の恋人編

3、お前、ちゃんと受け止められる?

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 深く長く甘い口づけは、初心者の私には濃厚すぎて、瞼をギュッと閉じてひたすら受け止めるのが精一杯だった。

 ようやく離れたそのすきに『プハッ』と急いで息継ぎしたら、それを見たたっくんが目を三日月みたいに細めて、凄く満足げな表情かおをした。
 最後にもう一度チュッと短いキスをしてから、コツンとおでこを合わせて、至近距離から私の瞳を覗き込む。

「小夏……好き。大好き。本当に、叫び出したくなるくらい好き」

「うん。私もたっくんが……んっ!」

 言い終わる前にまた唇を塞がれ、最後まで言葉を伝えることが出来ない。
 嬉しいのと恥ずかしいのと気持ち良さでぽわんとしていたら、急にたっくんが「よしっ!」と立ち上がって、私の手首を掴んで来た。

ーーえっ?

 グイッと引っ張り上げられ、たっくんの胸に倒れ込んだ途端、耳に飛び込んできたのは、

「小夏……買い物に行くぞ」の一言。

「え……ええっ?!」

 ピンク色だった空気が一瞬にして消え失せ、現実に引き戻される。

ーーどうして?やっぱりたっくんはまだ……。

 私がサッと表情を曇らせると、たっくんは視線を斜め上に向けて後頭部をポリポリ掻きながら、とても言いにくそうに口を開いた。

「アレが……ゴムが無いんだよ」
「えっ?ゴム?それなら……」

 自分の三つ編みに手を伸ばして、髪を結んでいるヘアゴムを外そうとしたら、「違うっ!天然かよっ!」とバシッと手をはらわれた。

「わっ!えっ、何?」
「違う、小夏、そうじゃない。 ……アレだ、避妊具」

ーーえっ?…………あっ!

「いつもヤるのは女の部屋かホテルだったし、ここに女を入れた事が無かったから……流石にいきなり小夏を妊娠させたら、早苗さんに殺されるだろ。俺は構わないけど」

ーーにっ……妊娠って!それに今サラッと、構わないって言った?!

「あっ……ああ、アレね!……うん、そうだよね。必要だもんねっ!うん、行こう!買いに」

 しどろもどろになって目を泳がせていたら、それを見たたっくんが表情を緩めて、フッと鼻で笑う。

「ふっ……フハッ……何も知らないくせに、めっちゃ強がってる」
「あぁっ、笑った!私が何も知らないと思って馬鹿にした!」

「違うよ……」

 後頭部に右手が回ってきて、たっくんの胸にグイッと顔を押し付けられた。
 頭の上にズシッと重いものが乗っかってきたから、多分たっくんが顎を乗せてきたんだろう。

「ごめん……調子に乗りすぎた。馬鹿になんてしてないよ。小夏が小夏っぽくて嬉しかったんだ……怒った?」

 少し心細そうな、探るような声音こわね

「ううん、大丈夫。……私の方こそ、見栄を張っちゃった。ごめん」
「……ホント?」

 少し首を傾げて顔を覗き込んできた仕草にキュンと来て、一瞬で許したら……

「ハハッ、そうだよな。買ったことも見たことも無いんだもんな」

「!!!」

「ああ~っ!やっぱり馬鹿にしてるじゃん!」
「ハハハッ、怒んなよ。後で実物を見せてやるからさ」

「じっ?!……結構です!最低!」
「ハハッ」

 顔を真っ赤にして抗議をしたら、更に大声を出して笑われた。
 しゃくだけど、やっぱりたっくんの笑顔は素敵だと思ってしまった。悔しい。



 すぐに近所の商店街まで行くことになり、たっくんがベージュのプルオーバーパーカーと黒のスキニージーンズというラフな格好に着替えるのを待って、2人で玄関へと向かう。
 靴を履こうとしたら、いきなり後ろから肩越しに両腕が巻き付いてきて、グイッと後方へ引っ張られた。

「うわっ!」

 バランスを崩した後頭部がトンッとたっくんの胸に当たって、何事かと上を向いたら、髪の上から頭に、そして次は右耳に、チュッ、チュッと続けてキスが降って来た。
 前で交差されたたっくんの腕に、ギュッと力がこもる。

「えっ、どうしたの?」
「ヤバい……俺、好きが止まらないんだけど」
「えっ?!」

「小夏が大好きだ……。マジで身悶みもだえしたくなるくらい好き。好きすぎて俺、バカになる」

ーーええっ?!

 カーーーーッ!と首筋が熱くなる。

「いっ、いいんじゃないかな?たっくんは元々頭がいいから、ちょっとくらいおバカになっても」

「……いいの?本当に?俺がバカになって理性が吹っ飛んだら、何するか分かんないよ?お前、ちゃんと受け止められる?」

 耳元で囁くように言われ、腰が砕けそうになる。

ーーうわっ、うわっ、うわ~っ!

 たっくんって、こんなだったっけ?
 前からストレートに感情表現をしてくる方だったけれど、今は、何というか……。

 甘すぎる……。


「たっくん、ごめん……こういうの、恋愛初心者には刺激が強すぎて、いっぱいイッパイ。……どうしたらいいか分からなくなる」

「そんなん、俺もだよ」
「えっ?」

「俺だって、お前が初恋で、その気持ちを拗らせて発酵はっこうさせたまま今日に至るんだ。言うなれば、初恋のやり直しをしてるようなもんだろ?そんなの俺だって余裕ないよ」

「……余裕がないの? たっくんが?」

「なんだよ、見てて分かるだろ? もうお前への気持ちを素直にぶつけていいんだって思ったら、6年分の想いが一気にあふれ出して来て、わ~っ!ってなってんだよ。とっくにキャパオーバーだっちゅうの」

「そっか……」

ーーそうなんだ……。

 再会してから私がグルグル悩んでいたように、たっくんだって自分の過去に怯え、私をその影から遠ざけようと、必死になっていたんだ。

 だけど今日、彼は、私のために過去と向き合う事を選んでくれた。
 だったら私も、たっくんの過去ごと彼を包み込み、共に前に進む道を選ぼう。

 たっくんが2度と暗闇に足をすくわれることのないよう、彼を照らす太陽になれるよう……強い私になりたい……と思う。

「うん、分かった。2人で初恋のやり直し、しよっ」

 胸元でたっくんの腕をギュッと握ったら、肩を掴んでクルッと身体を回転させられて、振り向きざまにキスされた。

「ちょ……ちょっと、スキンシップ過多!」
「だから言ったろ?俺の愛をしっかり受け止めろよ」

 口元をニヤニヤさせながらそう言い放ち、1人でとっととスニーカーを履き始める16歳のたっくんの背中を、嬉しさとドキドキ70%、戸惑い30%の気持ちで見下ろしていた。
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