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第2章 再会編

1、 お前、小夏だろ?

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「おばあちゃん、おはよう。私は今日から高校生です。天国から見守っていてね……行ってきます」

 遺影に両手を合わせて話し掛けると、ゆらゆら揺れる線香の煙の向こう側で、祖母が優しく微笑みかけてきた。
 朝起きてすぐ、仏壇に仏飯ぶっぱんとお茶をお供えし、お線香をあげるのが、2年前から私の役目になっている。


 4年前、母と私は名古屋の祖母の家に引っ越してきた。

 きっかけは祖母の入院。
 雪の降った翌日に家の前で雪どけをしていた祖母が、転倒して腰を打って動けなくなり、救急車で病院に運ばれたのだ。

 小5の冬、もうすぐ私が11歳の誕生日を迎えるという頃だった。

 さいわいにも骨折には至らなくて1泊2日で退院できたのだけど、しばらくは腰の痛みで思うように動けない祖母のために、母は訪問ヘルパーを雇い、週末は私を連れて金曜日から実家に泊まり込むという生活を始めた。


「ねえ小夏、 名古屋に引っ越しておばあちゃんと一緒に住まない? 」

 母がそう聞いてきたのが2月に入ってすぐ。
 私たちが名古屋に通うようになって2週間近く経った頃だった。

「えっ、嫌だよ! アパートから離れたくない! 」

 私が即答そくとうすると、母は私がそう答えることを予想していたのか、「そうよね、そう言うわよね……」と困ったような顔をしただけで、その時はそれで話が終わった。

 だけど、それから度々同じような事を聞かれるようになって、私は危機感を覚え始めた。

ーーこのままだと、本当にここを離れるかも知れない……。


 母の言い分は十分過ぎるくらい分かっている。
 ヘルパーさんを雇うのにもお金がかかるし、毎週末の新幹線代だってバカにならない。

 それに、保険の仕事は週末だって関係ない。
 週末の顧客からの呼び出しに対応できないことが、地味に母の営業成績に響いていることは、顧客との電話の様子で察しがつく。
 そして何より、年老いた祖母をいつまでも独り暮らしさせておく訳にいかないことも分かっているのだ。

 なのにその頃の私は、もう殆どあきらめながらも、もしかしたらたっくんが戻ってくるかもしれないという希望を捨てきれずにいた。

 たっくんが戻って来た時に私がいなかったらガッカリさせてしまう……すれ違いになりたくない。
 だから、母親が何度同じ事を言ってこようが、首を縦に振る気は無かった。



「ねえ小夏、この前の話だけど…… 」
「うるさい! 嫌だって言ってるじゃない! 」

 名古屋に通いだして4回目の週末。

 お風呂上がりの私を待ち構えるように廊下に立っていた母にお馴染なじみの台詞せりふを言われると、私は苛立いらだちを隠すことなくぶつけて、そのままキッチンへと向かった。

 首にかけたタオルで半乾きの髪をガシガシ拭きながら冷蔵庫を開けていたら、すぐそばのダイニングテーブルでお茶を飲んでいた祖母に話し掛けられた。

「小夏、こっちでお茶を飲む? 」
「……うん」

 ペットボトルの緑茶でも飲もうと思っていたけれど、急須にお茶が入っているのなら、そっちの方が手っ取り早い。
 私は湯呑み茶碗を手にダイニングテーブルに向かい、祖母の向かい側に腰掛けた。

「小夏……おばあちゃんのせいで嫌な思いをさせてごめんね」

 私の湯呑み茶碗にお気に入りの深蒸ふかむ煎茶せんちゃを注ぎながら、祖母が急にそう切り出した。

「えっ、なに? おばあちゃん」

「おばあちゃんが転んで腰を打ったりしたから、早苗にも小夏にも心配かけてしまったわね。でもね、ほら、おばあちゃんはもう大丈夫だし、困った時にはヘルパーさんに来てもらえるから、もう心配しなくていいのよ」

「おばあちゃん…… 」

「おばあちゃんはね、小夏と早苗にケンカして欲しくないし、小夏にはいつも笑っていて欲しいの。だからね、小夏は小夏が好きなようにすればいいんだよ。そうしてくれるのが、おばあちゃんのシアワセ」

 そう言ってニッコリ微笑んだ祖母を見た時に漸く気が付いた。

 母は私を説得しようとはしても、無理強いすることは無かった。
 今も私の気持ちが変わるのを根気よく待っていてくれる。

 祖母は私のことを想って、私の好きなようにしていいと言ってくれている。

 なのに私は自分のことばっかりだ。
 もう叶わない希望にしがみついて、みんなを困らせている。

 私がたっくんを想っているように、母だって自分の母親が大事だし、そばで面倒を見たいに決まっている。
 祖母だって他人じゃなくて実の娘に世話される方がいいに決まっている。

 私だって、母や祖母が大好きだ……いつまでもワガママを言っていて良いわけがない。

 にじんだ涙をタオルでグイッとぬぐってから、私は笑顔を作って答えた。

「おばあちゃん、一緒に住もうよ! 私、この家に引っ越してくる」


 そうして私たちは、私が小6になる前の春休みに、祖母と同居を始めた。
 そして2年前に祖母が亡くなってからも、そのままその家に住んでいる。





「やった! 小夏、同じクラスだよ! 清香きよかも! 」
「本当だわ、小夏、見て。同じB組よ! 」

 親友の千代美ちよみ清香きよかに言われて掲示板を見ると、確かに3人とも同じB組になっていた。


 私たちが入学した『市立陽向ひなた高校』の特進クラスはAとBの2クラスだけ。
 だからどちらかとは同じクラスになれる可能性が高いと思っていたけれど、まさか3人一緒になるとは思っていなかったから、嬉しい驚きだ。

 3人で手を握り合って喜んでいたら、急に周囲がザワつきだして、騒々しい一団がやって来た。

「え~っ、嘘っ!タクミって特進なの?! 」
「マジっ?! クラスが離れちゃうじゃん! 」
「嫌だ~っ、タクミと離れたくな~い! 」


ーー 拓巳?!

『タクミ』という単語に反応して、思わずそっちを見たら、掲示板を眺めている派手な女子の集団。
 そしてその中心に見知らぬ男子がいた。

 身長が180センチ以上あるのは確実だろう。女子の集団に囲まれても頭1つ分以上飛び出ているから、その顔をハッキリ見ることが出来た。

 肩まで無造作に伸びた漆黒しっこくの髪。
 彫りの深い造形の顔に、髪と同じように真っ黒な瞳……。

ーーなんだ、違った。 ……けど、なんか雰囲気がある人だな……ちょっと怖いような……。

 こんな所で会えるはずがないのに、今だに名前一つで反応してしまう自分に苦笑しながら視線を元に戻そうとしたら、その男子がフッとこちらを見て、目が合った。

ーーあっ、マズい。ジッと見てたのがバレる……

「小夏?! 」
「えっ? 」

「お前、小夏だろ? 」

 輪の中心にいた『タクミ』という人が、周囲の女子を掻き分けて、こちらにズンズンと大股おおまたで進んで来る。

ーーええっ?! こっちに来る! 何? なんかヤバイ! 

 一歩後ずさって清香の後ろに隠れようとした私に一直線に向かってくると、彼は両肩をガッとつかんで言った。

「お前、小夏だろ?  」
「えっ? 」

「お前、俺のこと覚えてね~の? 」

ーーええっ?!


 高校一年生の春、知らない人が、知らない顔、 知らない声で、私を呼んだ。


 あなたは一体……誰ですか?
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