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第1章 幼馴染編

25、それって結婚できるの?

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 12月の誘拐事件のあと、母と穂華ほのかさんは殆ど交流を持つことが無くなったけれど、たっくんと私は相変わらずお互いの家を行き来していた。

 いや、変わらず……と言うのはちょっと違う。

 12月の後半になると、穂華さんの彼氏のりょうちゃんがしょっちゅうアパートに上り込むようになったので、たっくんが私の家に来ることの方が圧倒的に多くなっていたのだ。


 皆川涼司《みながわりょうじ》 はキャバクラのボーイをしていて、穂華さんとは出勤帰りの牛丼屋で居合わせたことがきっかけで知り合った。
 やはり穂華さんの一目惚れだったらしい。

 知り合った当時は昼間に工事現場のアルバイトもしていたようだけど、いつの間にか辞めてしまったようだ。

 穂華さんとの時間を作るためだと言っていたらしいけど、単に穂華さんという金づるが出来からというだけなんじゃないか……というようなことを母が言ったら、「それでも一緒にいると楽しいからいいのよ」と返されて、母が呆れていたことがあった。

 でも、母親同士が仲違なかたがいしてからはそう言う会話もしなくなったので、我が家の持つ『涼ちゃん』の仕事情報は、その時点で途切れている。



 その年のクリスマスは、たっくんも我が家で一緒に祝うことになった。
 穂華さんは勤めているスナックでのクリスマスイベントがあるとのことで、家で1人になるたっくんを母と私が家に呼んだのだ。

 それは穂華さんから聞いた訳でも頼まれたわけでもなく、たっくんから聞いて私たちが決めた事だった。


 穂華さんは私の母とは滅多に口をきかなくなったけれど、たっくんが我が家に来ることは止めない。
 それは彼女が以前のような親友関係や近所付き合いを取り戻したい訳ではなく、ただ単に、その方が自分にとって都合が良かったからだ。

 それでも私はそうしてたっくんと過ごせることが嬉しかったし、その頃のたっくんにとっても、我が家が逃げ場になっていたんじゃないかと思う。



「よしっ、出来た! 小夏はどう? 出来た? 」
「あともう少し…… 」

「それじゃ俺も反対側から手伝ってやるよ」

 縦長たてながに切った折り紙を輪っかにしてどんどん繋いでいくと、カラフルなチェーンが出来上がった。
 それを窓のカーテンレールにテープで留めて飾り付ける。

 そこへケーキとチキンを持った母が、頭と肩にちらほらと雪の粒を乗せて帰って来て、窓の飾りを見て顔をほころばせた。

「まあ、綺麗。部屋が華やかになったわね。2人で作ってくれたの? 」

「うん、たっくんと2人で折り紙をたくさん切ったんだよ。ねっ」
「うん、俺が好きな青色と、小夏が好きな黄色を沢山使ったんだ」

「部屋が明るくなったわ、ありがとうね。それと、メリークリスマス! 」

 母が仕事用のブリーフケースから紙の包みを取り出して、赤いリボンのついた方を私に、青いリボンの方をたっくんに手渡した。

 2人でパアッと顔を明るくして包みを開けると、中から出て来たのは綺麗な表紙の絵本。

「私のは『人魚姫』。たっくんのは? 」
「俺は『雪の女王』。早苗さん、ありがとう! 」

 その絵本は両方とも、子供の絵で有名な女性作家のイラストが使われていて、水彩すいさい絵の具の淡い色彩が、美しい世界観を作っていた。

 優しい絵なのに、それでいて子供っぽくは無く、暖かいようで寂しいようで……。


「どっちを先に読む? 」

 たっくんにそう聞かれて、私は一瞬迷ったあと、たっくんが持っている『雪の女王』の方を指差した。
 表紙に仲良く並んでいる男の子と女の子が、なんだか自分たちみたいだと思ったから。

 それに今日はホワイトクリスマス。こんな日に『雪の女王』だなんて、まさしくピッタリじゃないか。

 2人で肩を並べて絵本を開くと、おばあさんにお話を聞いている男の子と女の子のイラスト。

『カイとゲルダはおとなりどうし。カイとゲルダは、まるで本当の兄弟のように仲良しです』

 その一文を読んだ途端、私とたっくんは顔を見合わせて、目を輝かせた。

「俺たちだ! 」
「私たちみたい! 」

 母はきっと、このあまりにも有名なアンデルセン童話の内容を知っていたのだろう。
 知っていたから、本屋でこの絵本を見つけた時に仲睦なかむつまじい私たちの姿を思い浮かべて、ニコニコしながら手に取ったのではないだろうか。

 だって、お話に出てくるカイとゲルダは、あまりにも私たちのようだった。

 その後のたっくんの境遇をまさか予想していた訳ではないだろうけど、物語の中でカイに降りかかる出来事は、あんなにもたっくんに重なり過ぎていて……。


 その時の私たちは、勿論もちろんまだそんな事を知るよしも無かったけれど、『雪の女王の』お話は、子供心に静かな恐怖心を起こさせるのに充分だった。

 私はたっくんがカイのように雪の女王にさらわれる姿を想像して、そして、先日の誘拐事件を思い出して、ブルッと身震みぶるいした。

「小夏、寒いの? 」

 たっくんが私を抱き寄せて、肩を何度もさすってくれた。

 そんな2人の姿を見て、暖かい紅茶をコトリとテーブルに置きながら、母が目を細める。

「本当にあなた達は仲良しね。たっくん、本当にうちの子になっちゃう? 」

 たっくんはちょっと首を傾げて考える素振りを見せてから、口を開いた。

「それって結婚できるの? 」

「えっ?! 」

 予期せぬ返しに戸惑っている母に、たっくんは言葉を続ける。

「俺がこの家の子になっちゃっても、小夏と結婚できるの? 」

「……それは……出来なくはないけれど、ちょっと手続きが面倒そうね」

「だったらダメだよ。俺は小夏と結婚してずっと一緒にいたいし、それに……俺がこの家の子になっちゃったら、きっとお母さんが悲しむ」

 最後の方は少し目を伏せて寂しそうにしながら、たっくんがポツリと呟いた。

 そんなたっくんを見て目を潤ませながら、母がカーテンをシャッと開けて外を見た。

 薄墨うすずみ色の空から白い粉雪がヒラヒラ降ってきて、窓に当たってゆっくり溶けた。
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