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第1章 幼馴染編

20、アイツ、どう思う?

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 穂華ほのかさんに新しい彼氏が出来た。

 新しいと言っても、穂華さんの彼氏はコロコロ変わっていたのでそんなに珍しいことでは無かったのだけど、今回はそれまでとはちょっと違っていた。

 まず、急な外泊が増えた。

 今までにも週末に彼氏と外泊することはあったけれど、月に1度か2度くらいで、大抵は金曜日か土曜日の仕事の後でそのまま1泊して、翌日の夜には帰ってきていた。

 それが、金曜日から2泊することが増えて、時には月曜日になっても家に帰らず、出勤間際まぎわの時間になってようやく帰って来たと思ったら、服だけ着替えてとっとと仕事に出掛けてしまう……ということもあった。

 しかも、1泊だけだと言っておきながら、『今日は帰れません、拓巳たくみをお願いします』の一言だけをショートメールで送ってきて、何時に帰って来るかも理由も知らせてこない。

 次に、彼氏を家に入れるようになった。

 入れると言っても、私たちが学校から帰ってきた時に入れ違いでアパートの玄関から出て来るのを何度か見ただけで、実際に部屋で遭遇そうぐうしたことはない。
 でも、それまでの彼氏は駐車場まで送ってもらう事はあっても家に上げたことが無かったから、やはりこれは異例いれい中の異例だった。


 こうなると流石さすがに母も見過ごすことが出来ないと思ったのか、土曜日の午後、穂華さんを家に呼び出して、話をすることにした。

 街のショーウィンドウにクリスマスの飾り付けが目立ちだした12月あたま。
 私が7歳、たっくんが8歳の、小2の冬だった。



「しばらく公園で遊んでらっしゃい」

 母にそう言われたたっくんと私は、2人でアパートの前の公園に行って、砂場で山崩やまくずしを始めた。
 拾ってきた木の枝を砂山のてっぺんに刺して、両側から砂を少しずつすくい取っていく。

 私は母と穂華さんが玄関で対峙たいじした時のピリッとした空気を思い出し、2人がどんな話をしているかと考えると、全く遊びに集中できなかった。
 それはたっくんも同じようで、乱暴に砂を削っては、すぐに棒を倒してしまう。

 無言のまま何度かその遊びを繰り返して、またしても棒を倒してしまったところで、たっくんが手を止めて私を見た。

「小夏はさ……アイツ、どう思う? 」
「アイツ? 」

 一応聞き返してはみたけれど、たっくんの言う『アイツ』が誰を指しているのかは分かっている。

「私は……ちょっと怖い」

 穂華さんが『りょうちゃん』と呼んでいるその人は、背の高いひょろっとした、目つきのするどい男の人だった。

 片手をポケットに突っ込んだまま、駐車場にめた車にもたれて猫背ねこぜ煙草たばこを吸っている姿を何度か見かけたことがある。
  そんな時は、肩まで無造作むぞうさに伸びた髪がひたいにかかって、青白い顔を余計に不健康そうに見せていた。

 穂華さんがアパートから出て来ると、吸いかけの煙草を足元に落として、茶色いブーツのつま先でグリグリ踏み消す。
 車から体を起こし、運転席のドアを開けようとした時に、公園や学校から帰って来て立ち止まっている私たちと目が合う。

 すると、わざわざ穂華さんの方まで歩いて行って腰に手を回し、耳元に口を近づけて、何事か小声でささやいてみせる。

 クックッとおさえた笑いをのどからこぼしながら助手席のドアを開け、ウットリと満足げな穂華さんに微笑みかけてからドアを閉めると、私たちの方を見てニヤッと笑い、そのまま運転席に乗り込む。

 わざとらしいその行動が、右の口角だけ少しゆがめたその笑顔が、私はとても不気味で怖かった。

 踏みつけられて地面に取り残されたタバコの吸い殻が、まるで私たちの心を表しているみたいだった。



「俺もアイツ……なんかいやだ。アイツと会うようになってから、お母さんが変わった気がする」
「……うん」

「今までもお母さんには彼氏がいたし、駐車場で見かけたこともあったけどさ、アイツは今までの奴らとなんか違う気がする。なんか気味が悪い」
「うん……私もそう思う」

 直接話したことは無いし、ちょっと視線を交わしただけなのに…… 。
 あの目つきを、あの表情を思い浮かべると、胸の奥がザワッとして、なんとも言えない不快な感情が心をめてくるのだ。


「…… 戻ろうか」
「えっ? 」

「アパートに戻ろう。お母さんたちが何を話してるのか気になる」
「えっ、ダメだよ。大事な大人の話をするから、
公園に行ってらっしゃいって、 お母さんが…… 」

「それじゃあ小夏は残ればいい。俺だけで行ってくるから」

 たっくんはサッと立ち上がると、両手をパンパンとはたいて砂を落とし、思いつめたような視線を投げてから歩き出した。

「まっ……待って! 私も行く! 」

 振り向きもせずスタスタとアパートの方へと歩いて行くたっくんの背中がなんだか怒っているようで、私は必死でそのあとを追いかけた。
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