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第1章 幼馴染編
15、俺にやらせてくんない?
しおりを挟む「小夏、なんで今日は三つ編みにしてなかったの? 」
たっくんがプリントに文字を書く手を止めて顔を上げた。
小学校に入学後2日目。
今日は担任の先生からの宿題で、『わたしについて』というプリントを書かなくてはいけなかったので、たっくんの家のダイニングテーブルで向かい合いながら、プリントの空欄を埋めているところだった。
プリントには、好きな色とか好きな食べ物など、8項目の質問が並んでいる。
字が難しくて書けなければ、シールやイラストでもいいと先生が言ったけど、私は覚えたばかりのひらがなとカタカナを駆使してちゃんと仕上げるつもりだ。
小1は帰宅が早い。
母は仕事があるので、帰宅は大抵5時半過ぎか6時頃になる。当然、私が家に着く午後3時頃には家にいない。
そこで私を学童に預けようという話が出たときに、穂華さんが言った。
「だったら拓巳と一緒にうちにいればいいじゃない」
穂華さんの仕事は夜の7時半からなので、子供たちの帰宅時間には家にいる。
私は学校が終わると自宅ではなくて、たっくんの家に帰ることになった。
その代わり、穂華さんが早めに出勤しなくてはいけない時や、週末お出掛けしたい時にはたっくんを我が家で預かって一緒にご飯を食べる。
お互い母子家庭ということで保育園時代から何かと助け合ってきたけれど、これからはルールを決めて、約束事として、それを毎日実行することになったのだ。
「えっ、何故って…… 」
必死でプリントとにらめっこしていた私は、突然斜め上から飛んできた髪型の質問に、一瞬答えに詰まった。
少しでもたっくんに釣り合うように、見栄えを良くしようとしたんです……だなんて、そんなの正直に言えるはずがない。
だって私は聞いてしまったのだ。
今日のお昼休み、トイレで樹里ちゃんと結衣ちゃんが話していたのを。
『やっぱり拓巳くんカッコいいね』
『うん、めちゃくちゃカッコいいよね! 』
『私、一緒のクラスになれて良かった~ 』
『うん、同じ登校班の結芽ちゃんが、いいなぁ~って羨ましがってた』
『私たち、ラッキーだね』
『うん、でも小夏ちゃんの方がもっとラッキーだよ』
『あっ、そうだよね』
『小夏ちゃんは全然可愛くないのに、お隣さんっていうだけで拓巳くんが優しくしてくれるし、登校班だって一緒なんだよ。おさげとかしててダサいのに』
『うん、ダサいよね。メガネだし』
『そうだよね、あの子ブスだよね』
『うん、ブスだよね』
『絶対に私たちの方が可愛いよね」
『ね~~っ』
2人がそう言いながらクスクス笑っていたのを聞いて、正直、かなりのショックだった。
そりゃあ私だって自分が絶世の美女だとは思ってないし、アイドルみたいに可愛いとも思ってない。
就学児検診で斜視と診断されてメガネもかけ始めたから、ダサメガネというのも本当だ。
だけど、それほど酷いとも思っていなかったので、ブスブス連呼されるとハートにヒビが入る。
だから私は決意したのだ。
もう少し努力して、ちょっとでもマシな女の子になろうと。
だってブスでダサいままじゃ、一緒にいるたっくんにも恥ずかしい思いをさせてしまう……。
だからその日は母に頼んでポニーテールにしてもらったのだけど、たっくんのムッとした表情を見ると、どうやら気に入らなかったらしい。
やはり何をしようが、ブスはブスということなのか……。
「お母さんにやってもらったんだけど…… 変かな? ごめんね」
「別に変じゃないけど…… なんで謝るの? 」
「えっ? 」
「小夏はすぐ謝る。悪くなくても謝るの、なんか腹が立つ」
「ごめん…… 」
「ほら、また」
「あっ、ごめ……本当だ……ごめん」
ちょっとでもマシになろうとしたら、逆に腹を立てられた。更にズンと落ち込む。
なんだか泣いちゃいそうだ。
瞼がヒクヒクしてきてマズイと思い、必死で意識をプリントに戻す。
ーー えっと……『わたしのともだち』……たっくん。
ーー 『わたしのすきなもの』……たっくん。
ーー 『すきなあそび』……たっくんと砂遊び。
あっ、ダメだ、本当に泣きそう……。
その時、たっくんが隣の椅子に移ってきて、私のプリントを覗き込んだ。
「なんだ、俺のと一緒じゃん」
「えっ? 」
「ほら…… 」
半泣きのブサイクな顔でたっくんのプリントを覗き込んだら、先生の質問の隣に、片っ端からおさげ髪の女の子の絵が書いてあって、その下に『こなつ』と書いてあった。
「……これ、私? 」
「うん、上手く書けてるだろ? 」
「……ヘヘッ、下手くそだ」
「えっ、マジ?! 」
「……マジ」
たっくんはハハッと笑いながら、私のポニーテールの先をツンツンと引っ張った。
「小夏……小夏はこの頭も可愛いけどさ、悪くないけどさ……俺はやっぱり、いつもの三つ編みの方が小夏って感じで好きだ」
「……それじゃ、明日から元に戻す」
「うん、そうして」
たっくんが思案顔をしてからパッと表情を輝かせる。
「…… なあ、小夏、俺がやってみてもいい? 」
「えっ? 」
「俺が小夏の髪の毛、三つ編みにしてやる。俺にやらせてくんない? 俺、絶対に上手いと思う」
「……いいけど…… 」
私が戸惑いながらもゴムを取って髪をほどくと、たっくんは物珍しいオモチャでも見るように瞳を輝かせて、私の髪を指で梳き始める。
「サラサラだな」
「そう? 三つ編みにする前に、ちゃんとブラシで梳かなきゃダメなんだよ」
「そうなの? 」
「うん、お母さんがそう言ってた」
「そっか……ちょっと待ってて」
たっくんは和室で誰かと電話していた穂華さんの所に行って、ヘアブラシを借りてきた。
「これでいいのかな? ……で、どうするの? 」
「えっ、私も知らないよ。いつもお母さんがやってくれるから」
「え~~っ、ダメじゃん! 」
「たっくんも全然出来ないじゃん、ダメじゃん! 」
「……ごめん」
たっくんと私は顔を見合わせて大笑いした。
なんだかさっきまで泣きそうになっていた自分が馬鹿みたいだ。
たっくんの友達は私で、たっくんが好きなものも私で、たっくんは私と公園で砂遊びするのが好きで……そして、私のおさげ髪を気に入っている。
ーーうん、もうそれで十分。
それからたっくんは穂華さんに三つ編みの仕方を教えてもらって猛練習したみたいで、翌朝から登校前にうちに押し掛けて、私の髪をおさげに仕上げるのが日課になった。
最初はゆるくて不揃いで不恰好だった三つ編みは、1週間もしないうちに、きっちりセンターで分けた見事なおさげ髪に仕上がるようになった。
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