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37、喜びと戸惑いと side透

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 まさに怒涛の展開だった。
 天国から地獄へ……と言ってもいい。

 ヨーコとの交際を認めて貰おうと父親に電話を掛ければ『話にならん』と冷たくあしらわれ、だったらこちらは強硬手段に出るまでだと、家を出ることまで考えていたら、なんと定治が赤城という最強の刺客を放って来た。

 赤城は長らく定治の秘書を務めていて、透が幼い頃から、忙しい両親に変わって遊び相手をしてくれたり水族館や動物園に連れて行ってくれたりもした、第二の親と言ってもいいような存在だ。

 赤城本人は定治を心酔しており、仕事熱心なあまり交際相手にも逃げられ独身を貫いているという筋金入りの定治信者だ。

 仕事に理解が無い恋人とは別れたと言う赤城に定治は、『お前は馬鹿もんだな。だが私もお前を手放すわけにはいかんのだ。お前の骨は私が拾ってやる』と言ったという逸話があるほど、2人の絆は固い。


 その側近中の側近である赤城をわざわざ迎えに寄越した時点で、定治の本気度が窺える。
 ここで逆らえばヨーコに何らかの害が及ぶことが予想出来た。
 定治という狸じじいの恐ろしさと力を、黒瀬家長男の透は知っているのだ。

『分かりました、一緒に日本に行きます。 その代わりヨーコには、絶対に手を出さないで下さい』


 そうして日本に帰って来たらすぐさま実家に連れて来られ、両親と祖父を前に、ヨーコとの馴れ初めを延々と語らされた。

『再会愛というわけね、なかなかロマンチックじゃないの! 透にそんな情熱的な面があったなんてね』

 白石工業での出会い話を聞かせてやると、母親の琴子が瞳をキラキラと輝かせて食い付いた。

『君の息子なんだから、情熱的で行動的なのはDNAなんだろう。今まで覚醒していなかっただけのことで』

『それじゃあ今までのムッツリは貴方寄りで、恋をしていきなり私寄りになったっていうこと? 益々ヨーコさんに興味が湧くわね』

『なかなかしっかりしたお嬢さんだよ。護身術も心得ているし』

『朝哉の婚約パーティーで暴漢が現れた時には、彼女の蹴りが見事にヒットしていたものね。素晴らしかったわ』


 目の前で繰り広げられている両親の会話が信じられなかった。
 これはどう見ても、息子の初めての恋人に盛り上がる親の図だ。

ーーどうなってるんだ? 俺とヨーコを引き離したかったんじゃないのか? それどころか、めちゃくちゃ彼女を褒めてるんだけど。


 来客があるからと定治が自分の離れに戻ってしばらく後、お茶を追加に来たサキが、透の耳元でコソッと囁いた。

『ヨーコ様は美しい方ですね。モデルさんのよう』
『えっ?!』

ーーあの狸ジジイ!

 知らない間にヨーコを拉致っていたのか!

 考える間も無く、足が離れへと駆け出していた。
 檜廊下を勢い良く蹴りながら、彼女が傷付いていませんようにと、それだけを考えた。


 パーンッ!

『ヨーコっ!』

 障子戸を開け放った瞬間、目に飛び込んできたのは……

 丸めた雑誌を顔の前に構え、腰を低く落として戦闘態勢に入っているヨーコ。

『ヨーコ、俺の後ろに来い!』

『トオル……私は戦に勝ちましたヨ?』

『知識不足では仕方がない……分かった。そちらの陣営の軍門にくだる事としよう。 降参だ……』

ーーえっ?


 カコーーーン!



ーーそして今に至るわけだが……。


 朝哉以外の家族は揃って2人の交際に反対しているのだと思っていた。
 だからこその、今回の強引な引き離し工作だと。

ーーだけど既にヨーコを俺の彼女だと認めてくれていたのなら……。

 天国から地獄へ……そしてまた、天国だと……そう思ってもいいのか?

 隣のヨーコをチラリと見たら、彼女はニコッと微笑んで、そしてまた表情を引き締めて、定治に向き直る。

「カイチョー、全く意味が分かりまセン。私とのことを反対していたのでは無いのデスカ?」

 透より先にヨーコがそう問うと、定治は胸の前で腕を組み、してやったりという顔で、ニヤリと口角を上げる。

「ワシも時宗も驚きはしたが、反対はしとらんよ」
「父さんも?!」

 一体どうなっているのだと詰め寄る透に、「まあ、茶でも飲んで落ち着け」と鷹揚に言い、サキを呼んで熱い茶を煎れなおしてくれた。

「朝哉の秘書をしてくれていた頃から、ヨーコさんのしっかりした働きぶりは認めていた。婚約披露パーティーで暴漢相手に素晴らしい動きをしたのも見ておるからな」

「それじゃ、どうしてこんな紛らわしい事を……」

 認めているのなら、電話でそう言ってくれれば済んだ話だ。 赤城やセンター長代理まで寄越しての大掛かり茶番劇は何だったんだ。

 定治はサキに礼を言って下がらせると、煎れたての玉露で喉を潤し口を開いた。

「そうだな……反対はしとらんが、信用もしていなかった。お前たち2人の気持ちが一過性のものではないかと怪しんでいたからな」
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