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第53話 カーリス半島上陸作戦
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1936年10月19日午前7時。
1日遅れで開始されることになったカーリス半島上陸作戦だが、第一陣のDルート方面指揮官バルトルト・アルトマイヤー少佐は厳しい顔を崩せずにいた。
事前に行われていた敵要塞砲の破壊を目的とした艦砲射撃は、旗艦リーゼホルストの38.5センチ砲の連撃により70パーセントの被害を与えていた。
しかし、ごく一部の装甲板込みのコンクリート防壁で守られている要塞砲や重要部分へはあまり成果を上げられずにいた。
さらに後方100キロにある敵航空基地を制圧していない為、依然として上陸するには危険のごった煮に変わりはなかった。
そんな状況の中でゲールッツは麾下の艦艇のほとんどと、カーリス皇国海軍を引き連れて姿を消した。
アルトマイヤーが不安になるのも当然である。
「戦艦と空母を1隻ずつ残したところで……」
他人に聞かれない様にボソッと言い残すと、アルトマイヤーは部下達が乗る上陸用舟艇に乗り込んだ。
「全員いるな」
「はい、欠員ありません」
Dルート方面を突破するにあたり自分を支える同郷の副官ですら目が死んでいる上、声に覇気がない。
そもそもこの上陸作戦が必ずしも必要であるかと問われれば正直なところ微妙だ。
なぜなら既にルンテ陸軍のキャパシティを何倍もオーバーする鉄と肉の大群が極西から高速で進撃しているからだ。
(別にわざわざカーリス半島に上陸して敵国の後背を脅かす……なんてことをせずともこの戦争は勝てるだろ)
と誰しもが信じていた。
恐らく我がスカリー帝国の実質トップであるシッキラー総統もそう思っているだろう。
だが彼はそんなことはお構いなしに攻撃作戦を立案し、実行に移させた。戦後行われる講和会議で自国の取り分を増やす為だ。
確かに後からやってきた聖アルフォード神国に手柄を横取りされるのはアルトマイヤーも嫌だが、決してスカリー帝国は結果を残さなかったわけではないのだから戦争に勝てさえすれば良いではないか。
そう悶々と考えている間に上陸用舟艇はどんどんと地獄へと航行して行き、そのカウントダウンに怯える新兵達がブルブルと震え、悠長に構えている奴など古参兵を含んでも1人もいない。
他の上陸用舟艇もこんな感じなんだろうな、と半ば放心しながらアルトマイヤーは思っていたが
(俺はこのDルート方面の指揮官だぞ!しっかりしろ!俺の役割はこいつらを1人でも多く生き残らせ、地獄に等しいビーチを抜けさせて橋頭堡を確保することだ。何勝手に諦めてんだ!もっと出世するって親父とお袋に約束したばっかだろ!?)
出征前に会った両親の誇らしそうな、でもそれでも心配そうな顔が脳裏にチラリとよぎった時、操舵士が大声で叫んだ。
「残り300メートル!」
その声に自分含めて周りは一気にハッとする。
ここで俺が喝を入れなければ。
「いいか!絶対ビーチでは固まるな。複数人でいるより1人の方が狙われにくい!上陸したら真っ先に砂丘斜面に向かって後から続く工兵隊を支援しろ!爆薬筒が届いたら人員が集まるのを待ってから点火し、後はブリーフィング通りだ。要塞砲等、各主要施設を占領せよ!!」
「残り100メートル!!!」
弾丸が先程よりヒュンヒュンと音を立てて飛来し始め、皆の姿勢も中腰になる。
そしてついに鈍い震動が全身を揺らす。
アルトマイヤーは悲鳴を上げそうになる喉を意識的に抑え、自分でも信じられない野太い声で上陸を号令した。
「行くぞォ!ランプを下ろせぇ!!!」
ん……?
ここは、確か田舎の故郷にある俺の秘密の場所か。
ポカポカしててあったかいから春だろうか。花がたくさん咲き始めていて、吸い込む空気は花の匂いでいっぱいだ。
ここで寝たらさぞ気持ちいだろうな。
……あれ、誰だ。
誰か来るな。
ここは俺しか知らない場所なんだけどな……
「アルトマイヤー少佐!大隊長!!ご無事ですか!?」
「……?誰だお前は」
「アヒム伍長です!」
「アヒル……?」
「ア・ヒ・ム!伍長です!!気をしっかり!ここは安全じゃないんですよ!」
アヒム伍長……その名をしっかり聞いた途端アルトマイヤーは一気に覚醒した。
地獄に等しい戦場へと。
「アヒム伍長!俺はいつから寝ていた!?」
「上陸してから1分も経ってません大隊長。ただランプが下りた途端敵の砲弾が目の前に落ちて皆薙ぎ倒されてしまって……」
慌てて銃弾が飛び交う周囲を見回すと上陸前に生存を諦めていた俺の右腕がいない。
「副官のアウグスト軍曹はどこだ?」
答えは自然と分かっていたが、どうしてもそれを否定したかった。
そしてその予感は的中した。
「あの舟艇にいて生き残ったのは操舵士のドミニク兵長と俺と貴方だけです……」
開戦する前、大隊の編成時から寝食を共に過ごしてきた最古参のアウグストが呆気なく戦死したことにアルトマイヤーは顔を下げた瞬間、左頬を銃弾が掠めて血が迸った。
「大隊長!!」
舟艇の上陸阻害の為に置かれたハリネズミを今まで盾にしていた様だがついさっき自身が言った複数人を敵の機関銃手は狙い出したらしい。
ここも危険だ。
俺が項垂れている間にどんどん部下が死んでいく。
これ以上は死んだ戦友達に顔向け出来ない。
不思議と緊張も不安も無くなった俺はアヒム伍長にあることを確認した。
「工兵隊はどこにいる?」
「未だ斜面に取り付いていないと思われますが……」
「彼らを回収して砂丘斜面を目指す。ついて来い!!」
「は、ハイッ!」
1日遅れで開始されることになったカーリス半島上陸作戦だが、第一陣のDルート方面指揮官バルトルト・アルトマイヤー少佐は厳しい顔を崩せずにいた。
事前に行われていた敵要塞砲の破壊を目的とした艦砲射撃は、旗艦リーゼホルストの38.5センチ砲の連撃により70パーセントの被害を与えていた。
しかし、ごく一部の装甲板込みのコンクリート防壁で守られている要塞砲や重要部分へはあまり成果を上げられずにいた。
さらに後方100キロにある敵航空基地を制圧していない為、依然として上陸するには危険のごった煮に変わりはなかった。
そんな状況の中でゲールッツは麾下の艦艇のほとんどと、カーリス皇国海軍を引き連れて姿を消した。
アルトマイヤーが不安になるのも当然である。
「戦艦と空母を1隻ずつ残したところで……」
他人に聞かれない様にボソッと言い残すと、アルトマイヤーは部下達が乗る上陸用舟艇に乗り込んだ。
「全員いるな」
「はい、欠員ありません」
Dルート方面を突破するにあたり自分を支える同郷の副官ですら目が死んでいる上、声に覇気がない。
そもそもこの上陸作戦が必ずしも必要であるかと問われれば正直なところ微妙だ。
なぜなら既にルンテ陸軍のキャパシティを何倍もオーバーする鉄と肉の大群が極西から高速で進撃しているからだ。
(別にわざわざカーリス半島に上陸して敵国の後背を脅かす……なんてことをせずともこの戦争は勝てるだろ)
と誰しもが信じていた。
恐らく我がスカリー帝国の実質トップであるシッキラー総統もそう思っているだろう。
だが彼はそんなことはお構いなしに攻撃作戦を立案し、実行に移させた。戦後行われる講和会議で自国の取り分を増やす為だ。
確かに後からやってきた聖アルフォード神国に手柄を横取りされるのはアルトマイヤーも嫌だが、決してスカリー帝国は結果を残さなかったわけではないのだから戦争に勝てさえすれば良いではないか。
そう悶々と考えている間に上陸用舟艇はどんどんと地獄へと航行して行き、そのカウントダウンに怯える新兵達がブルブルと震え、悠長に構えている奴など古参兵を含んでも1人もいない。
他の上陸用舟艇もこんな感じなんだろうな、と半ば放心しながらアルトマイヤーは思っていたが
(俺はこのDルート方面の指揮官だぞ!しっかりしろ!俺の役割はこいつらを1人でも多く生き残らせ、地獄に等しいビーチを抜けさせて橋頭堡を確保することだ。何勝手に諦めてんだ!もっと出世するって親父とお袋に約束したばっかだろ!?)
出征前に会った両親の誇らしそうな、でもそれでも心配そうな顔が脳裏にチラリとよぎった時、操舵士が大声で叫んだ。
「残り300メートル!」
その声に自分含めて周りは一気にハッとする。
ここで俺が喝を入れなければ。
「いいか!絶対ビーチでは固まるな。複数人でいるより1人の方が狙われにくい!上陸したら真っ先に砂丘斜面に向かって後から続く工兵隊を支援しろ!爆薬筒が届いたら人員が集まるのを待ってから点火し、後はブリーフィング通りだ。要塞砲等、各主要施設を占領せよ!!」
「残り100メートル!!!」
弾丸が先程よりヒュンヒュンと音を立てて飛来し始め、皆の姿勢も中腰になる。
そしてついに鈍い震動が全身を揺らす。
アルトマイヤーは悲鳴を上げそうになる喉を意識的に抑え、自分でも信じられない野太い声で上陸を号令した。
「行くぞォ!ランプを下ろせぇ!!!」
ん……?
ここは、確か田舎の故郷にある俺の秘密の場所か。
ポカポカしててあったかいから春だろうか。花がたくさん咲き始めていて、吸い込む空気は花の匂いでいっぱいだ。
ここで寝たらさぞ気持ちいだろうな。
……あれ、誰だ。
誰か来るな。
ここは俺しか知らない場所なんだけどな……
「アルトマイヤー少佐!大隊長!!ご無事ですか!?」
「……?誰だお前は」
「アヒム伍長です!」
「アヒル……?」
「ア・ヒ・ム!伍長です!!気をしっかり!ここは安全じゃないんですよ!」
アヒム伍長……その名をしっかり聞いた途端アルトマイヤーは一気に覚醒した。
地獄に等しい戦場へと。
「アヒム伍長!俺はいつから寝ていた!?」
「上陸してから1分も経ってません大隊長。ただランプが下りた途端敵の砲弾が目の前に落ちて皆薙ぎ倒されてしまって……」
慌てて銃弾が飛び交う周囲を見回すと上陸前に生存を諦めていた俺の右腕がいない。
「副官のアウグスト軍曹はどこだ?」
答えは自然と分かっていたが、どうしてもそれを否定したかった。
そしてその予感は的中した。
「あの舟艇にいて生き残ったのは操舵士のドミニク兵長と俺と貴方だけです……」
開戦する前、大隊の編成時から寝食を共に過ごしてきた最古参のアウグストが呆気なく戦死したことにアルトマイヤーは顔を下げた瞬間、左頬を銃弾が掠めて血が迸った。
「大隊長!!」
舟艇の上陸阻害の為に置かれたハリネズミを今まで盾にしていた様だがついさっき自身が言った複数人を敵の機関銃手は狙い出したらしい。
ここも危険だ。
俺が項垂れている間にどんどん部下が死んでいく。
これ以上は死んだ戦友達に顔向け出来ない。
不思議と緊張も不安も無くなった俺はアヒム伍長にあることを確認した。
「工兵隊はどこにいる?」
「未だ斜面に取り付いていないと思われますが……」
「彼らを回収して砂丘斜面を目指す。ついて来い!!」
「は、ハイッ!」
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