オストメニア大戦

居眠り

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第48話 誰が為の戦争

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〈ルンテ王都ヴェールヴェン〉
 聖アルフォード神国の参戦による“三正面作戦”という現状に、ルンテシュタット王国政府首脳は文字通り大混乱に陥り、友邦ドレッジ連合王国の緒戦敗退の報も彼らの思考を強く圧迫した。
 参戦前の戦況は五分五分といったところであるのに対し、アルフォードとは国境が完全に接している上、彼らは大量の師団を持つ超陸軍国家だ。戦局が厳しくなるのは必定。落ち着けという方が無理な話だ。
 そしてこの悪魔の参戦を間接的に引き起こした張本人は、御前会議に姿を現さなかったのである。

「一体どういう訳であるかッ!」

 普段温厚な首脳参謀本部長ギュース元帥は頭から蒸気が上がるほど怒り狂い、海軍本部長ドクトラ元帥は元生徒の遁走ぶりに頭を抱えた。
 急な会議であった為、大貴族らは出席せずドクトラやアンカーをはじめとする軍人と閣僚が参加して御前会議は始まった。

「まず第一に、我々は3つの選択肢がある。継戦か、講和か、……降伏かだ」

 外務大臣の提示した案は単純な確認事項の様でありながら、大国の命運を決める重要な決定だった。

「無論降伏はあり得ん。講和も論外だ。我々は勝つ。それしか道はない」

 どの面下げて出席したとアンカーが貶したい軍務大臣ペテロの発言に、堪忍袋の緒が切れた閣僚や軍人が言葉で彼をボコボコにした。
 中でも陸軍本部長カート元帥は

「このゴミが、貴様に座らせる席などない!さっさと出て行かんか!!」

 と怒鳴って高血圧になり、病院送りとなった。
 ちなみにゴミの方は泣きべそをかきながら「ママに言いつけてやる~!」といった感じの悪言を吐いて退室した。
 アンカーは日頃の行いは大切だな、と思ったが今は反面教師となった生ゴミのことは一旦忘れて、講和に舵を切り出した会議へと意識を移した。
 しかし、会議の途中でスカリー帝国艦隊が動いたとの報せが入った。艦艇数は輸送船を含んで100を超え、揚陸艦も確認された。

「奴らは連帯している。講和条約が締結されるまでが戦争だ。……ライン総司令、出撃準備を」

「了解しました、ギュース元帥閣下」

 錯綜する情報にてんてこ舞いの王宮を抜けたアンカーは、急いで軍港へと向かった。
 我々ルンテシュタット王国軍の目標はこの戦争の講和会議が開かれるまで、なるべく領土を守り切ることだ。
 取られた領土が少なければ少ないほど、敵方の被害が多ければ多いほど会議はこちらに傾く。アルフォードとスカリーの陸軍のことはルンテ陸軍に任せ、まずは艦隊を臨戦態勢に移行させることが急務である。
 ヴェントリア軍港に着いたアンカーは火急の用だと言って各提督と将校達を集合させた。
 もう既にアルフォードの参戦は知っている彼らはかなりピリついており、空気は重かった。正直アンカーはこの場所から逃げたかったが、そんなことをすればあのポンコツ国王や軍務大臣と同レベルになってしまう。
 それだけは絶対に嫌だったのでどう切り出そうか腕を組んでいると

「君に集められるのは2回目だな、ライン中将」

 とイッヒラルド中将が副官から渡された毛布を羽織りながらそう言ってきた。
 直後大きなくしゃみをハンカチ越しにブチかました数秒後、ターデップ中将が吹き出し、アンカーも釣られて笑った。
 すると次々と将校達も続いて笑い出し、周りの空気が少し和んだ。
 10月は十分老人には堪える寒さがやってくるので、イッヒラルドはそれを意識してか否かアンカーが発言しやすい空気に変えてくれたのだ。
 イッヒラルドに感謝を込めて会釈しつつ、アンカーは今回の話題を切り出した。

「皆さん知っての通りカーリス半島沖に多数の上陸部隊と思われるスカリー艦隊……それとアルフォード神国が我が国に宣戦を布告し、極西地方が蹂躙されています。同地方に駐屯する第7艦隊の被害は今のところ確認されていません……が、友邦ドレッジ連合王国の海軍と併せてもアルフォード海軍に敵うとも思えませんが……」

「この際第7艦隊の話は置いておきません?ライン中将。我々にはすべきことがあるはずです。彼らのことは海軍本部に任せましょう」

 各提督の中で階級が末席のアルリエの提言に同席者全員が頷く。
 アルフォード神国の軍隊はとにかく物量が凄まじく、とてもドレッジ連合王国や第7艦隊程度で防げるものでは無い。
 それならこんな無理難題な話は置いておいて、さっさと我々本土側のやるべきことを提示しろ。と暗にアンカーをぶん殴ってきたというわけだ。
 この女に発言権を持たせたらえらいこっちゃ……とアルリエを知る同席者達が震え上がる中、今度はターデップが意見具申をする。

「ライン中将、ズバリ敵の狙いは何だと思われる?」

「それはもちろん挟撃を受けて焦る我が国の隙を突き、カーリス半島を奪取することでしょう。あわよくば本土まで進撃する腹づもりかも……」

「俺もそう思う。陸のことは陸を信用するしかない。が、我々海軍のやることは?」

 ターデップの2度目の問いかけに、周りの視線がアンカーに集まる。
 視線の集中砲火を受けるアンカーはゆっくりと腕を伸ばし、地図上のある場所を指し示してぐるっと円を描いた。

「……カーリス半島。だろうな」

「安牌ですね」

「異議なし」

 イッヒラルド、アルリエ、ターデップ達と同じ考えを持っていたアンカーは今までで1番真剣な表情を作って作戦を説明した。

「カーリス半島沖に集結しつつあるスカリー海軍、カーリス海軍の総数は約100隻。上陸戦用の揚陸艦もかなり確認されており、彼らの目的がカーリス半島の奪還であることは火を見るよりも明らかです。ですので迎撃艦隊を編成し、これを撃滅するのが今作戦の目標です」

「具体的には?」

「第1航空艦隊、第1艦隊の2艦隊を動員します。第1高速機動艦隊は後詰として出動してもらいたいと思っております。イッヒラルド中将」

「おぉ、第1艦隊を動員出来るのか?国王陛下の親衛艦隊なのだがな」

 よく許可が下りたな。と感心気味に何度も目をパチクリさせるイッヒラルドにまた皆が誘われて笑みをこぼす。

「許可なんて下りてませんよ、中将。しかし今日の御前会議をご欠席遊ばされた方の説得など容易です」

「陛下が……!?にわかには信じられん!」

 イッヒラルドの珍しい動揺に各将校も狼狽の色を隠せていない中、アルリエだけはボソッと吐き捨てた。

「まぁ、そんな奴だろうとは思ってたわよ」

(聞こえても俺は知らないぞ~……)

 アンカーの胸中を知って知らでかの発言に肝を冷やしながら作戦会議は続く。

「で、攻撃のシナリオは作ってあるのか、ライン中将」

「まだ考え中です」

「期待しているぞ。俺はこの間の戦いで司令官としての自信を失ってしまったからな……」

 そう言い残し、ターデップ中将は旗艦アルペルへと帰っていき、イッヒラルドも寒い寒いと愚痴りながら王宮へと向かっていった。出撃許可を直談判するつもりなのだろう。どうせ化けの皮が剥がれた国王に面会を謝絶され、ドクトラが代わりに許可を出すに違いないが。
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