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第43話 敵前回頭
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スカリー帝国海軍第1艦隊の旗艦リーゼホルストは左舷に魚雷を受けてやや傾斜していたが、依然として戦闘継続が可能であった。
ゲールッツは旗艦が被弾しても退かずに主砲を乱射する様に命じて、ルンテ海軍第4艦隊旗艦アルペルと戦艦アルセルムの注意を引きつけた。
「しぶといッ!!」
旗艦アルペルの艦長が罵声を上げる。ところがそんな愚痴すら言ってられない状況になってきた。
前進を続ける第4艦隊本隊に対して鶴翼の陣の様に逆包囲を仕掛けてきたのだ。
側面を取られてしまうと、敵戦艦に徹甲弾で重要区画を貫徹されてしまう。
だが両舷から展開して来る戦艦群にはもう対抗手段が残っていなかった。ターデップの手札はここに来て完全に切れてしまったのである。
「駆逐艦も今や巡洋艦の餌食……ここまでか………」
迫り来る圧倒的な力の差に思わず彼の足は震えたが、一縷の望みを懸けて艦隊に打電を行った。
「これより、全艦隊撤退を開始する。戦艦戦隊を最後尾にして退却だ。我々が殿となる。残存艦艇は軽巡洋艦アロバトロスを中心に撤退せよ」
「司令ッ!危険です!」
副官が慌てて旗艦が殿を務める事態を回避しようとするが、どのみちこのままではもっと危険な上、撤退するにしても先頭に立っている戦艦では回頭してから逃走に移るまで時間が掛かる。
「1隻でも多く逃すんだ!急ぎ回頭をしろ!!」
「……了解しましたッ!」
ついに折れた副官が応答し、第4艦隊は反転を始める。
ただし最前列で砲火を交えて戦っていた戦艦アルペルとアルセルムの生還は絶望的であった。
「機関の調子は?」
「まだまだやれます!」
「全砲塔問題無し!」
ターデップの最終確認に艦内の各方面から元気な声が艦橋に届けられる。今の今まで激戦を行っていたというのに。
「……撤退中の友軍艦隊を支援する。最大戦速!とーりかーじいっぱーい!!」
「とぉりかぁーじ、一杯!!」
航海長が舵を左へと切りながら大声で叫ぶ。厚い装甲に守られた司令塔内ではよく響く良い声だ。
「全速前進!!」
激戦が終わったすぐ後に、必死の撤退戦が始まった。
敵を目前にして撤退をし始めたルンテ海軍にゲールッツは少し安堵した。
被害が1番多い旗艦の応急修理が出来るからだ。
「とにかく、火災の鎮火と浸水発生箇所の応急処置を。動ける艦艇は敵艦隊への追撃戦に移行せよ。艦列を乱さず、足の速い先遣隊から前へ。敵の旗艦が目標であるが、深追いには気を付ける様に」
続けて艦隊の被害状況の確認、そして参謀長アメルハウザー少将を医務室に送る。
本人は大丈夫だと言い張った。しかし、ボロボロに泣いているキュリスタがアメルハウザーに向かって顔をブンブン横に振っているのには、独眼の壮年軍人といえども従うしかなかった。
「左舷後部に被弾!」
「敵の追撃隊が来ます!魚雷確認!4時方向から3本!」
「回避、取舵!」
追い縋るスカリー海軍の追撃隊に、最後尾のアルペルとアルセルムは徐々に損害が増していた。
たった20分前に敵戦艦群と砲撃戦をしたばかりなので艦はあちこちボロボロ。
足は生きているが追いつかれるのも時間の問題だ。
それに艦隊の陣形がバラバラになったのを好機と見た敵の航空隊も攻撃に参加し始めた。
「航空優勢を握られている以上、逃げ切れるかどうか危うい……!」
アルセルムの艦長、キンメル・ド・ハルバートン大佐はそう言ってから数瞬、俯きかけていた顔を上げて戦死した航海長の代わりに舵を握る己の腕を大きく左へ回した。
「司令、ターデップ司令!アルセルムが回頭しています!」
「なんだと!?」
激しい航空機の攻撃と砲弾の嵐の中を逆進するアルセルムを見たターデップは愕然とした。
すぐさま引き返す様にあらゆる手を尽くして伝えようとするも、返答が来ることはなかった。
急速に帝国艦隊へ特攻を仕掛けてくるアルセルムに目標を変えた航空隊は絶え間ない雷撃と爆撃を彼女に浴びせかけていく。
既に満身創痍のアルセルムは水柱を次々と打ち上げ、爆炎を噴き出す。
生き残っている砲塔も砲身内に残った1発を発射して沈黙する。
しかし、未だアルセルムは止まらない。
「撃て!撃て!!あれを止めろぉおお!!!」
最先頭にいたスカリー海軍の重巡洋艦ドーベルゴレン級は迫り来る鋼鉄の棺桶から逃れようと必死に舵を切りつつ砲撃を行う。
浸水と主機破損、煙突大破による減速もこれに加勢するが……。
「ルンテシュタット海軍に栄光あれぇぇ!!!」
砲弾が司令塔に直撃するその瞬間、ハルバートン大佐は絶叫して消えていった。
彼の遺志と死者を載せたアルセルムは10ノットの速度でドーベルゴレン級に激突した。
回避しようと方向転換をしている最中だったドーベルゴレン級は真横を向いていた。
いくら低速とはいえ大質量がぶつかればひとたまりもない。
ドーベルゴレン級は艦尾を粉砕され航行を停止し、その3時間後、浸水によって沈没した。
この特攻で沈んだドーベルゴレン級は、皮肉なことに第2次カーリス海海戦でスカリー海軍が唯一失った最大艦艇だった。
この第2次カーリス海海戦で沈んだ総艦数は9隻。うち7隻がルンテシュタット海軍の艦艇であった。
戦艦アルセルム、ダイロード級重巡洋艦1隻、アデス級軽巡洋艦1隻、L型駆逐艦4隻がこの海戦で喪われた。
撃沈したL型駆逐艦のうち1隻は、搭載されていた全ての煙幕を炊いて撤退する旗艦の援護を行なっている間に、航空機の攻撃により轟沈した。
本来援護に来るはずだったルンテ側の航空隊は視界不良と空港が爆撃に遭った為、結局一度も戦場に姿を現すことは無かった。
対してスカリー海軍の損害はドーベルゴレン級重巡洋艦1隻、Z2級駆逐艦1隻と航空機4機だけだった。
第2次カーリス海海戦は、スカリー帝国海軍が圧倒的勝利を収めたのである。
ゲールッツは旗艦が被弾しても退かずに主砲を乱射する様に命じて、ルンテ海軍第4艦隊旗艦アルペルと戦艦アルセルムの注意を引きつけた。
「しぶといッ!!」
旗艦アルペルの艦長が罵声を上げる。ところがそんな愚痴すら言ってられない状況になってきた。
前進を続ける第4艦隊本隊に対して鶴翼の陣の様に逆包囲を仕掛けてきたのだ。
側面を取られてしまうと、敵戦艦に徹甲弾で重要区画を貫徹されてしまう。
だが両舷から展開して来る戦艦群にはもう対抗手段が残っていなかった。ターデップの手札はここに来て完全に切れてしまったのである。
「駆逐艦も今や巡洋艦の餌食……ここまでか………」
迫り来る圧倒的な力の差に思わず彼の足は震えたが、一縷の望みを懸けて艦隊に打電を行った。
「これより、全艦隊撤退を開始する。戦艦戦隊を最後尾にして退却だ。我々が殿となる。残存艦艇は軽巡洋艦アロバトロスを中心に撤退せよ」
「司令ッ!危険です!」
副官が慌てて旗艦が殿を務める事態を回避しようとするが、どのみちこのままではもっと危険な上、撤退するにしても先頭に立っている戦艦では回頭してから逃走に移るまで時間が掛かる。
「1隻でも多く逃すんだ!急ぎ回頭をしろ!!」
「……了解しましたッ!」
ついに折れた副官が応答し、第4艦隊は反転を始める。
ただし最前列で砲火を交えて戦っていた戦艦アルペルとアルセルムの生還は絶望的であった。
「機関の調子は?」
「まだまだやれます!」
「全砲塔問題無し!」
ターデップの最終確認に艦内の各方面から元気な声が艦橋に届けられる。今の今まで激戦を行っていたというのに。
「……撤退中の友軍艦隊を支援する。最大戦速!とーりかーじいっぱーい!!」
「とぉりかぁーじ、一杯!!」
航海長が舵を左へと切りながら大声で叫ぶ。厚い装甲に守られた司令塔内ではよく響く良い声だ。
「全速前進!!」
激戦が終わったすぐ後に、必死の撤退戦が始まった。
敵を目前にして撤退をし始めたルンテ海軍にゲールッツは少し安堵した。
被害が1番多い旗艦の応急修理が出来るからだ。
「とにかく、火災の鎮火と浸水発生箇所の応急処置を。動ける艦艇は敵艦隊への追撃戦に移行せよ。艦列を乱さず、足の速い先遣隊から前へ。敵の旗艦が目標であるが、深追いには気を付ける様に」
続けて艦隊の被害状況の確認、そして参謀長アメルハウザー少将を医務室に送る。
本人は大丈夫だと言い張った。しかし、ボロボロに泣いているキュリスタがアメルハウザーに向かって顔をブンブン横に振っているのには、独眼の壮年軍人といえども従うしかなかった。
「左舷後部に被弾!」
「敵の追撃隊が来ます!魚雷確認!4時方向から3本!」
「回避、取舵!」
追い縋るスカリー海軍の追撃隊に、最後尾のアルペルとアルセルムは徐々に損害が増していた。
たった20分前に敵戦艦群と砲撃戦をしたばかりなので艦はあちこちボロボロ。
足は生きているが追いつかれるのも時間の問題だ。
それに艦隊の陣形がバラバラになったのを好機と見た敵の航空隊も攻撃に参加し始めた。
「航空優勢を握られている以上、逃げ切れるかどうか危うい……!」
アルセルムの艦長、キンメル・ド・ハルバートン大佐はそう言ってから数瞬、俯きかけていた顔を上げて戦死した航海長の代わりに舵を握る己の腕を大きく左へ回した。
「司令、ターデップ司令!アルセルムが回頭しています!」
「なんだと!?」
激しい航空機の攻撃と砲弾の嵐の中を逆進するアルセルムを見たターデップは愕然とした。
すぐさま引き返す様にあらゆる手を尽くして伝えようとするも、返答が来ることはなかった。
急速に帝国艦隊へ特攻を仕掛けてくるアルセルムに目標を変えた航空隊は絶え間ない雷撃と爆撃を彼女に浴びせかけていく。
既に満身創痍のアルセルムは水柱を次々と打ち上げ、爆炎を噴き出す。
生き残っている砲塔も砲身内に残った1発を発射して沈黙する。
しかし、未だアルセルムは止まらない。
「撃て!撃て!!あれを止めろぉおお!!!」
最先頭にいたスカリー海軍の重巡洋艦ドーベルゴレン級は迫り来る鋼鉄の棺桶から逃れようと必死に舵を切りつつ砲撃を行う。
浸水と主機破損、煙突大破による減速もこれに加勢するが……。
「ルンテシュタット海軍に栄光あれぇぇ!!!」
砲弾が司令塔に直撃するその瞬間、ハルバートン大佐は絶叫して消えていった。
彼の遺志と死者を載せたアルセルムは10ノットの速度でドーベルゴレン級に激突した。
回避しようと方向転換をしている最中だったドーベルゴレン級は真横を向いていた。
いくら低速とはいえ大質量がぶつかればひとたまりもない。
ドーベルゴレン級は艦尾を粉砕され航行を停止し、その3時間後、浸水によって沈没した。
この特攻で沈んだドーベルゴレン級は、皮肉なことに第2次カーリス海海戦でスカリー海軍が唯一失った最大艦艇だった。
この第2次カーリス海海戦で沈んだ総艦数は9隻。うち7隻がルンテシュタット海軍の艦艇であった。
戦艦アルセルム、ダイロード級重巡洋艦1隻、アデス級軽巡洋艦1隻、L型駆逐艦4隻がこの海戦で喪われた。
撃沈したL型駆逐艦のうち1隻は、搭載されていた全ての煙幕を炊いて撤退する旗艦の援護を行なっている間に、航空機の攻撃により轟沈した。
本来援護に来るはずだったルンテ側の航空隊は視界不良と空港が爆撃に遭った為、結局一度も戦場に姿を現すことは無かった。
対してスカリー海軍の損害はドーベルゴレン級重巡洋艦1隻、Z2級駆逐艦1隻と航空機4機だけだった。
第2次カーリス海海戦は、スカリー帝国海軍が圧倒的勝利を収めたのである。
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