オストメニア大戦

居眠り

文字の大きさ
上 下
43 / 53

第43話 敵前回頭

しおりを挟む
 スカリー帝国海軍第1艦隊の旗艦リーゼホルストは左舷に魚雷を受けてやや傾斜していたが、依然として戦闘継続が可能であった。
 ゲールッツは旗艦が被弾しても退かずに主砲を乱射する様に命じて、ルンテ海軍第4艦隊旗艦アルペルと戦艦アルセルムの注意を引きつけた。

「しぶといッ!!」

 旗艦アルペルの艦長が罵声を上げる。ところがそんな愚痴すら言ってられない状況になってきた。
 前進を続ける第4艦隊本隊に対して鶴翼の陣の様に逆包囲を仕掛けてきたのだ。
 側面を取られてしまうと、敵戦艦に徹甲弾で重要区画を貫徹されてしまう。
 だが両舷から展開して来る戦艦群にはもう対抗手段が残っていなかった。ターデップの手札はここに来て完全に切れてしまったのである。

「駆逐艦も今や巡洋艦の餌食……ここまでか………」

 迫り来る圧倒的な力の差に思わず彼の足は震えたが、一縷の望みを懸けて艦隊に打電を行った。

「これより、全艦隊撤退を開始する。戦艦戦隊を最後尾にして退却だ。我々が殿となる。残存艦艇は軽巡洋艦アロバトロスを中心に撤退せよ」

「司令ッ!危険です!」

 副官が慌てて旗艦が殿を務める事態を回避しようとするが、どのみちこのままではもっと危険な上、撤退するにしても先頭に立っている戦艦では回頭してから逃走に移るまで時間が掛かる。

「1隻でも多く逃すんだ!急ぎ回頭をしろ!!」

「……了解しましたッ!」

 ついに折れた副官が応答し、第4艦隊は反転を始める。
 ただし最前列で砲火を交えて戦っていた戦艦アルペルとアルセルムの生還は絶望的であった。

「機関の調子は?」

「まだまだやれます!」

「全砲塔問題無し!」

 ターデップの最終確認に艦内の各方面から元気な声が艦橋に届けられる。今の今まで激戦を行っていたというのに。

「……撤退中の友軍艦隊を支援する。最大戦速!とーりかーじいっぱーい!!」

「とぉりかぁーじ、一杯!!」

 航海長が舵を左へと切りながら大声で叫ぶ。厚い装甲に守られた司令塔内ではよく響く良い声だ。

「全速前進!!」

 激戦が終わったすぐ後に、必死の撤退戦が始まった。


 敵を目前にして撤退をし始めたルンテ海軍にゲールッツは少し安堵した。
 被害が1番多い旗艦の応急修理が出来るからだ。

「とにかく、火災の鎮火と浸水発生箇所の応急処置を。動ける艦艇は敵艦隊への追撃戦に移行せよ。艦列を乱さず、足の速い先遣隊から前へ。敵の旗艦が目標であるが、深追いには気を付ける様に」

 続けて艦隊の被害状況の確認、そして参謀長アメルハウザー少将を医務室に送る。
 本人は大丈夫だと言い張った。しかし、ボロボロに泣いているキュリスタがアメルハウザーに向かって顔をブンブン横に振っているのには、独眼の壮年軍人といえども従うしかなかった。


「左舷後部に被弾!」

「敵の追撃隊が来ます!魚雷確認!4時方向から3本!」

「回避、取舵!」

 追い縋るスカリー海軍の追撃隊に、最後尾のアルペルとアルセルムは徐々に損害が増していた。
 たった20分前に敵戦艦群と砲撃戦をしたばかりなので艦はあちこちボロボロ。
 足は生きているが追いつかれるのも時間の問題だ。
 それに艦隊の陣形がバラバラになったのを好機と見た敵の航空隊も攻撃に参加し始めた。

「航空優勢を握られている以上、逃げ切れるかどうか危うい……!」

 アルセルムの艦長、キンメル・ド・ハルバートン大佐はそう言ってから数瞬、俯きかけていた顔を上げて戦死した航海長の代わりに舵を握る己の腕を大きく左へ回した。

「司令、ターデップ司令!アルセルムが回頭しています!」

「なんだと!?」

 激しい航空機の攻撃と砲弾の嵐の中を逆進するアルセルムを見たターデップは愕然とした。
 すぐさま引き返す様にあらゆる手を尽くして伝えようとするも、返答が来ることはなかった。
 急速に帝国艦隊へ特攻を仕掛けてくるアルセルムに目標を変えた航空隊は絶え間ない雷撃と爆撃を彼女に浴びせかけていく。
 既に満身創痍のアルセルムは水柱を次々と打ち上げ、爆炎を噴き出す。
 生き残っている砲塔も砲身内に残った1発を発射して沈黙する。
 しかし、未だアルセルムは止まらない。

「撃て!撃て!!あれを止めろぉおお!!!」

 最先頭にいたスカリー海軍の重巡洋艦ドーベルゴレン級は迫り来る鋼鉄の棺桶から逃れようと必死に舵を切りつつ砲撃を行う。
 浸水と主機破損、煙突大破による減速もこれに加勢するが……。

「ルンテシュタット海軍に栄光あれぇぇ!!!」

 砲弾が司令塔に直撃するその瞬間、ハルバートン大佐は絶叫して消えていった。
 彼の遺志と死者を載せたアルセルムは10ノットの速度でドーベルゴレン級に激突した。
 回避しようと方向転換をしている最中だったドーベルゴレン級は真横を向いていた。
 いくら低速とはいえ大質量がぶつかればひとたまりもない。
 ドーベルゴレン級は艦尾を粉砕され航行を停止し、その3時間後、浸水によって沈没した。
 この特攻で沈んだドーベルゴレン級は、皮肉なことに第2次カーリス海海戦でスカリー海軍が唯一失った最大艦艇だった。


 この第2次カーリス海海戦で沈んだ総艦数は9隻。うち7隻がルンテシュタット海軍の艦艇であった。
 戦艦アルセルム、ダイロード級重巡洋艦1隻、アデス級軽巡洋艦1隻、L型駆逐艦4隻がこの海戦で喪われた。
 撃沈したL型駆逐艦のうち1隻は、搭載されていた全ての煙幕を炊いて撤退する旗艦の援護を行なっている間に、航空機の攻撃により轟沈した。
 本来援護に来るはずだったルンテ側の航空隊は視界不良と空港が爆撃に遭った為、結局一度も戦場に姿を現すことは無かった。

 対してスカリー海軍の損害はドーベルゴレン級重巡洋艦1隻、Z2級駆逐艦1隻と航空機4機だけだった。

 第2次カーリス海海戦は、スカリー帝国海軍が圧倒的勝利を収めたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

戦場立志伝

居眠り
SF
荒廃した地球を捨てた人類は宇宙へと飛び立つ。 運良く見つけた惑星で人類は民主国家ゾラ連合を 建国する。だが独裁を主張する一部の革命家たちがゾラ連合を脱出し、ガンダー帝国を築いてしまった。さらにその中でも過激な思想を持った過激派が宇宙海賊アビスを立ち上げた。それを抑える目的でゾラ連合からハル平和民主連合が結成されるなど宇宙は混沌の一途を辿る。 主人公のアルベルトは愛機に乗ってゾラ連合のエースパイロットとして戦場を駆ける。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

ドレスを着たら…

奈落
SF
TSFの短い話です

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

おじさんと戦艦少女

とき
SF
副官の少女ネリーは15歳。艦長のダリルはダブルスコアだった。 戦争のない平和な世界、彼女は大の戦艦好きで、わざわざ戦艦乗りに志願したのだ。 だが彼女が配属になったその日、起こるはずのない戦争が勃発する。 戦争を知らない彼女たちは生き延びることができるのか……?

処理中です...