オストメニア大戦

居眠り

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第42話 第2次カーリス海海戦

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〈カーリス海〉
 カーリス海に張り巡らせられた警戒網を敷くスカリー帝国海軍の第1潜水艦隊は昼夜問わず厳重な偵察を行っていた。
 もし敵艦隊を見逃せば本隊の第1艦隊が強襲されるからである。
 その警戒網の一端を担う潜水艦隊旗艦305型大型潜水艦は獲物を視認した。

「……見つけたぞ。間違いない、ダイロード級重巡洋艦だ」

 潜水艦隊司令官のメルガッツ少将は唇を震わせながら潜望鏡から目を離さず、霧の中から姿を現したルンテ第4艦隊の艦艇を数えながら通信士に伝えていく。
 結果的に確認出来る艦数は7隻までだったが、とにかくすぐ報告しなければならない。

「……よし、本隊に送れ!」

 メルガッツが見つけた艦艇は第4艦隊の後陣だった。つまり、潜水艦隊は警戒網を抜けられる寸前だったというわけだ。

「危なかった。だが、これで後背を取れた。本隊との連携で一気に叩く!至急本艦まで集結しろと他の潜水艦に打電しろ!」

 小声で、しかし昂る闘志を込めた声は潜水艦内に強く響いた。


 9月11日午前4時。
 潜水艦隊の報を受けた帝国第1艦隊は、敵艦隊が向かってくるであろう針路に合わせて待機していた。それはまるで虎視眈々と獲物を待ち続ける狩人そのものと言っていいほどの布陣だったが……

「来ませんね…」

 報告を受けてから既に1時間以上経過したというのに一向に姿を現さない敵にキュリスタは心配そうな顔で上官を見上げる。
 その視線に促されて、ゲールッツは電探士に状況を確認する。

「……レーダーはどうだ?」

「申し訳ありません。先程より不調でして…」

 伝声管から伝わる声にはやや苛立ちが含まれていた。聞き手のゲールッツも同じ気持ちだ。

「……ええい、こんな時に限って!総統府は陸空に予算を回しすぎだ。もっと支援兵装の拡充を行なってもらわなければ……」

 アメルハウザーは言葉で大っぴらに不満を表している始末。
 すると司令部の不平不満が神に届いたのか、レーダーが復旧したとの報せが下からもたらされた。

「レーダーが動きました!今確認しま……えぇ!?」

「どしたぁ!何があった!?」

 突然の頓狂な声に、思わずアメルハウザーが伝声管に口をつけんばかりに近寄る。

「レーダーに感あり、距離20キロ!!」

「なんだと?」

 これには冷静沈着なゲールッツも司令席から身を乗り出す。

「敵……でしょうか?」

 既に泣き顔のキュリスタを落ち着かせる為に頭をポンポンと叩いてはいたが、ゲールッツは厳しい面持ちを崩さなかった。

「アメルハウザー!直上の航空隊と後方の空母に通達しろ。全機戦闘態勢に移れとな」

「了解であります!」

 アメルハウザーが無線室に連絡を行なっている間に、薄暗い海域にルンテ第4艦隊が出現した。
 しかし。

「……少なくないか?」

「そうだな……」

 ゲールッツも双眼鏡でそれを見てはいたが、確かに少ない。
 潜水艦隊に改めて連絡を飛ばすが、第1艦隊司令部が見つけた艦隊しか確認していないという。

「どうにもおかしい…たった7隻程度来るとは……」

 すると艦隊の右翼にいるZ2級駆逐艦から緊急電が司令部に飛び込んできた。

「艦隊より2時の方角に艦影!友軍ではありません!」

 電文を読み上げる通信士の声が荒らげる。
 その艦影は、第4艦隊の主力だった。



「全艦、所定に配置に着きました」

 副官の報告にターデップは無言で頷いた。

「攻撃を開始してよろしいですね?」

 参謀長の確認に今度はただ頷かず、右手を大きく横に振って叫んだ。

「全艦、突撃ッ!!」

 旗艦アルペルと姉妹艦であるアレクサンダー級7番艦アルセルムを先頭に、第4艦隊は全速前進でスカリー帝国第1艦隊目掛けて突進を開始した。
 本隊右方の分艦隊は重巡1、駆逐艦6で構成された雷撃部隊。そして旗艦を中心とした本隊は戦艦2、重巡1、軽巡3、駆逐艦5の砲撃部隊に編成されている。
 砲撃で敵艦隊を誘き出し、分艦隊の雷撃でトドメを刺すという布陣だ。
 20キロではまだ有効打を出せないが、近づければ問題ない。
 遠距離の砲戦では不利と判断したターデップは、一気に敵の懐に飛び込んできたのだ。このカーリス海の悪天候の日を狙って。

「赴任中毎日欠かさず、偵察時に日記をつけてきた甲斐があると言うものだ」

 狙い通りの霧に紛れて接近してきた第4艦隊に運良く帝国のレーダー探知機の不調も相まって戦況はルンテ側に傾いた。

「この気を逃さず、敵艦隊を掃討!制海権を確保して中央オストメニア海を目指せ!動けない陸軍の尻拭いだ!!」

 勇んで突撃を敢行してくる戦艦アルペルとアルセルムの凄まじい速射は第1艦隊付近に大量の水柱を立てる。
 浮き足立つ艦隊にゲールッツは冷静に対処を行った。

「空母艦載機及び上空の航空隊は敵本隊を狙え。両翼の駆逐戦隊は翼を広げろ、敵に挟まさせるな。巡洋艦は10時の敵支隊を、我々戦艦群は敵旗艦を討つ。冷静に各個撃破せよ。旗艦、前へ!」

 テキパキとした号令に第1艦隊は急速に陣形を変化させた。
 旗艦リーゼホルスト級1番艦リーゼホルストは前方にザグシュパイザー級戦艦2隻と、巡洋戦艦ドルドムント級2隻を押し出し、凄まじい連撃を第4艦隊本隊に浴びせかけた。

「全艦、防御姿勢を維持!狙うは敵旗艦ただ1隻!!」

 ターデップの怒声に続く各艦の艦長達が砲門を旗艦リーゼホルストに向ける。

「ってぇえええ!!!」

 31センチ、15センチ、12センチの砲弾の雨がリーゼホルストに襲いかかる。貫徹力が低い15センチ以下は全て榴弾になっており、敵艦の副砲や外装を焼き尽くす。
 帝国側も旗艦リーゼホルスト以外の砲火が着実にアルペルとアルセルムに損害を与えていたが、それは戦艦ザグシュパイザー級の35センチ砲しかダメージを加えれていなかった。
 防御姿勢を崩さない両艦に、巡洋戦艦ドルドムント級が装備する30.5センチの徹甲弾は効果がないのだ。
 しかし交戦距離が縮まってくるとドルドムント級の火力も本領を発揮し出した。

「旗艦のことは気にするな!畳みかけろ!!」

 ゲールッツの指示に航空隊も攻撃に参加し始めたが、幾度も航空攻撃に被害を被ってきたルンテ海軍は、機銃や対空砲の増設をこの4ヶ月間に行なってきた。
 それらは大いに戦果を挙げていた。

「こちら航空隊!敵艦隊の対空弾幕激しく接近不能!榴弾で対空兵装を焼いてくれ!!……チクショウ、被弾したッ!帰投する!」

「航空隊からの榴弾要請です。どうします?」

 これが初実戦である航空隊の悲鳴に、アメルハウザーは落ち着いて上官の指示を仰ぐ。

「……仕方ない、航空隊は逸れた敵艦を狙うように伝えろ」

 ゲールッツは揺れる旗艦の司令塔内で冷や汗をかき続けた。思っていた以上にアレクサンダー級がしぶとい。
 さらに敵戦艦の突撃ばかり気を取られていたが、駆逐艦が側面に回ってきた。

「駆逐艦、及び巡洋艦で迎撃しろ!近づけさせるな!」

 アメルハウザーの怒号虚しく、ルンテの駆逐艦は次々に射程距離に入ったスカリー戦艦目掛けて鉄の魚を放流する。

「回避だ!回避ー!!」

 リーゼホルストの艦長は血相を変えて回避行動を行わせるが、旗艦の土手っ腹に2本の魚雷が喰らいついた。

「うぉッ!?」

「ぬぅう……」

「きゃあッ!!」

 比較的安全な司令塔内とはいえ、揺れは直に響き渡り、中の人員を大きく揺さぶる。
 司令席に頭をぶつけたアメルハウザーは眼帯を流れる血で赤く染めてしまった。

「大丈夫か?アメルハウザー」

「なぁに、かすり傷です」

 傷口を自分の白い手袋で押さえながら、彼は任務を続行する様子を見せる。
 かすり傷と言ったがふらふらなアメルハウザーを見て、ゲールッツは今まで冷静に行動してきたつもりだった。
 しかし、愛弟子を傷つけたルンテ海軍に今は怒りを覚えた。

「戦艦群に伝達!両翼に分かれ、敵旗艦を左右から叩け!数ではこちらが上だ。全門徹甲弾装填!榴弾ではない。徹甲弾で側面を抜いてやれ!!」
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