オストメニア大戦

居眠り

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第24話 割と緊急事態

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 〈空母ツヴァレフ艦橋〉
 太陽が直上に迫る中、第2艦隊司令部要員が緊急招集を受けた。
 何事かと訝しむリーエルとエスメール(今度はちゃんと敬礼してきた)とは対照的に落ち着いた様子のエカテリーナとアルリエの2人が早速本題を話すようにアンカーを促した。
 アンカーは本来、連絡将校という役割を担う彼女を航空攻撃論などの意見を常に聞いておきたいという理由で艦隊司令部顧問として迎え入れていた。
 そのことを書類に加筆して手渡しこともあり、エカテリーナは迷いなく艦橋に上がって来てくれた。
 今回の様な事態にはエカテリーナの存在が必要不可欠と思ってたアンカーは傍らに彼女がいるのを心強く思いながら地図を指差しながら単刀直入に切り出した。

「諸君、大変困ったことが起きた。実は陸の彼らはタラザ基地北西部に位置する重要拠点サーバ港を守る気が無いらしい。これでは我々が橋を落とす手伝いとしてただの囮と成り下がり、最悪サーバ港が奪取され作戦自体がほぼ無意味に終わってしまう。しかし作戦行動は必ず行わなければならないのだが、恐らくカーリス海軍の妨害があるはずだ。これに対処するにあたって何か良案はあるか?」

「まず陸軍のことですが私達の管轄下ではありませんので口出しする権利がありません。が、どうせ海軍本部長経由で文句ぐらい言ったんでしょう?」

「まぁ、な。でも聞き入れてもらえないだろうよ参謀長」

「でしょうね」

「…作戦参謀、何かあるか?」

「ハッ!…そうですね。レーヴェン島空軍基地を攻撃するのは決定事項として我が陸軍の陣容と時間経過を鑑みますと、明朝か明後日には出発しないと陸は耐えられないかと思います。しかしながら潜水艦の偵察情報によると未だ帝国海軍の哨戒部隊が彷徨いている様です。となると早期出航を行うと敵艦隊と鉢合わせする可能性大であると思われます」

「その通り。しかもタイミングが悪ければカーリス海軍とも接敵するかもしれん。どうしたものか…」

 アンカーが頭を抱えているとエカテリーナが挙手し、発言許可を求めた。

[発言よろしいでしょうかライン中将]

[ウェインライト中将、どうぞ]

[ありがとうございます。中将の危惧することはつまり、敵艦隊との接敵による作戦行動への支障がどれほどになるか…という認識でよろしいでしょうか?]

[そうです]

[であらば哨戒艦隊やカーリス海軍などは一挙に叩いて構わないでしょう。なぜなら大々的に近海に敵艦隊がいると報せることになれば必然的に敵が誘き寄せられ、平和大橋付近がガラ空きになります。友軍空軍基地と潜水艦、そして艦隊の連携を密に行えば作戦行動になんら支障はきたさない…と思われますわ]

「失礼します閣下。…しかし我が艦隊の被害はなるべく抑えたいところ。それにカーリス海軍が出てくるはずです。奴らはどれほど警戒部隊を展開するでしょうか、閣下?」

[ロックラー大尉…でしたね。彼らはアルワラ諸島を空ける訳にはいかないはずです。したがってせいぜい重巡クラスが旗艦の5~10隻編成かと。空母を有さない艦隊など当方の被害を考慮する必要はありませんわ]

[偵察機や潜水艦の索敵を怠らなければ問題ないと?]

[えぇ、ライン中将]

「なるほど…ライン司令、私は明朝出撃案でよろしいと思います。不安要素は我が艦隊で対処可能です」

「よし、作戦参謀。貴官は作戦行動計画書の具体化を急げ。航海参謀。直ちに航海長と航路上の索敵と遠距離偵察の計画書を立案せよ」

「ハッ!」

「参謀長。貴官はレッソン中将にこの暫定作戦行動計画を提案してきてくれ」

「わかりました」

「それ以外の者は休憩に入れ。以上だ」

 バタバタと慌ただしく動き出したある者は航海地図を広げ、ある者は艦長と搭載機数や弾薬について協議を始め、またある者は内火艇に向かって行った。
 残された者達は各々のやりたいこと、もしくは昼食時なので食堂に向かったりしていたがアンカーはエスメールだけを呼び止めた。

「大佐。貴官は陸では王太子という立場だが艦の上では一大佐にすぎない。しかしそのことを全く理解出来ないわけでは無さそうだ。先程の無礼は見なかったことにする。以上だ」

「は…」

 あまりに早い手のひら返しに困惑していた彼は腹が減っていたのかすぐに出て行った。

「…プライザー中尉。余計な入れ知恵をいらないと言ったはずだが?」

 背後で航海長と数字の格闘をしている巨漢に一言言ってみたが

「閣下こそ思わせぶりな発言はお控えになっては?」

「…努力しよう」

 アンカーの意図を汲んだリーエルの完全勝利終わってしまった。
 それを聞いていた艦長もほっほっほっと愉快そうに笑ったていたが、アンカーは未だ艦橋に留まり続けるエカテリーナに気づき、不思議そうに一瞥した。
 その視線に気づいた彼女がアンカーに近寄り耳打ちをしてきた。

[本当に第3艦隊の件。大丈夫ですか?]

[…突然どうされたんです?]

[いえ…]

 エカテリーナは少し躊躇った後、より声を落として問いかけた。

[ライン中将が本当に彼のことを乗り切ったかどうか、今朝方の顔色からして不安に思いまして…]

[…!]

 心の中の黒い部分が刺激される様な感覚を押し殺し、アンカーは何食わぬ顔でエカテリーナに向き直った。

[心配には及びませんよ中将。…ところで、第110任務部隊はどうなるんです?]

 アンカーの貴族スキル「表情調整」にまんまと騙されたのか、エカテリーナは話題の転換に応じた。

[問題ありませんわ。我が国では臨機応変を旨としているので副司令官が引率して引き揚げます]

[そうでしたか。我が国とは大違いだ]

 ハハハッと自虐気味に笑ったアンカーだったがエカテリーナは先程とは違う意味で心配してきた。

[その発言はよろしいのですか?中将]

[…まぁバレないでしょう。多分]

[お気をつけて…]

 やや呆れた彼女の視線から逃れる為にアンカーは艦橋から飛行甲板へと降りていく。

[…さぁて!俺は昼飯抜きになっちゃったのでラートの餌やりでもしましょうかね]

[ラート?]

[俺の愛猫であり、この艦の守護神ですよ!]

 そう言うと口笛でラートを呼び寄せる。
 すると艦橋から見下ろしていたエカテリーナの頭を踏んづけて大ジャンプをかまし、「早よ飯寄越せ」と言わんばかりにアンカーに襲いかかる猫がいた。
 もちろんラートである。
 軍帽ごと踏まれたエカテリーナは暫し固まっていたが、ラートの無邪気な食べっぷりに少し頬を緩ませた。
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