オストメニア大戦

居眠り

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第13話 宣戦布告

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〈ルンテ王都ヴェールヴェン〉

「我が国の奴隷輸送船は20年前の第1次オストメニア大戦で正当に勝ち得たカーリス半島の元住民達を奴隷として本土に移送していたのだ。それをアルワラ諸島に逃げ込んだ皇国の残党共がわざと自国の輸送船を当方の奴隷輸送船に衝突させ、救助と称して不当に奪取していった!これは許されざる行為である!よって我が国は、カーリス皇国に宣戦を布告する!」

南暦1936年4月5日午前10時。
全世界へ向け発信されたこの宣言は各国首脳を驚愕させた。
理由としては2つある。
1つ目は前大戦で暴れまわった陸軍大国であるルンテ王国がまた戦争を開始したということ。
もう1つはたったそれだけのことで宣戦布告をするのかという呆れである。
だがルンテ王国トップ2は至って真剣であった。
勝つことを疑わず、すぐに決着がつくと高を括っていたのだ。
しかし実戦部隊の長達はそうは考えていなかった。
陸軍本部長エルドラ・ド・カート元帥率いる陸軍は半島をはじめ対カーリス、そしていずれ参戦してくるであろう宿敵スカリー帝国の準備は万全にするように各司令に命令していたが、この2国を一度退けた過去を持つルンテ陸軍とはいえそれは20年前の話と油断はしていなかった。
海軍本部長であるドクトラも同じ気持ちだったが、通常でも陸軍より時間がかかる海軍は模擬戦の件もあり、大忙しだった。
事前にアンカーが諸将と作戦案をいくつかまとめてくれていたおかげで緒戦における作戦行動は決まったがそれ以外の雑務の許可やら命令やらで海軍本部長室から一歩も出ずに働いていた。

「中佐!この書類を首脳参謀本部長へ。あぁこれも追加。それとあれをしてこれをあそこに送って…」

副官であり妻のハーレも夫に付き添って働きまくっていた為、なんとか第3艦隊が出撃して数時間後には一連の仕事は終わった。
2人共昇天しかけていたが。

「本当にお疲れ様です。叔父上、叔母上」

「コーヒーをお入れしましょうか?」

「頼む…」「お願いするわ…」

(こりゃあだいぶ消耗してるな。やっぱり先に作戦会議を開いて作戦案を作っておいて良かった)

海軍本部長室を訪れたアンカーとベストロニカは仕事を一時的に終えた2人を労った。
愛猫ラートを貸し出し、世間話などで一度軍務関係の話題から2人を引き剥がす。
しかし世間話もその世間自体が戦争という話題に持っていかれている為すぐに話のネタが尽きてしまった。
どうしたものかと考えていると驚いたことに2人は30分後には復活した。
本来なら1日中休むレベルの激務だったがラートのモフモフ効果のおかげで時間短縮された様だ。
流石。

「ふぅ…。いやぁラートのモフモフ効果とやらは最高だな」

「疲れが吹き飛んだわ」

「…でも今日は早く寝てくださいね」

薬用ラートは一時的な回復効果しかないことは(アンカーで)実験済みである。
さて、薬用ラートの効果が効いている今のうちに報告をしておくか。

「叔父上、まず第3艦隊は今朝方出発しました。明日には第4艦隊も出撃します」

「目的地はカーリス半島沖、であろう」

「えぇ、作戦計画の第1段階は恐らく出撃してくるであろうカーリス艦隊を捕捉し撃滅することです。海戦は先手が有利ですからなるべく早く出したかったので勝手に両艦隊に人員を回しました」

「構わんさ、君の能力は高く評価しているからね」

「そうでしょうか」

「謙遜するな我が可愛い甥よ。事前にしてくれた会議のおかげで助かったんだからこちとら」

「お手伝い出来ない分、することをしたまでです」

「結構結構」

自慢の甥が気の利いたことをしてくれたのでドクトラは満足していた。
だがここで満足しきってはいけない。
コーヒーカップを机に置き、真剣な面持ちでアンカーを見据える。

「実際、勝てるだろうか。カーリス皇国、そして参戦予定のスカリー帝国の両国を相手に回して」

「…それには制海権、つまり我が海軍の活躍が必須です」

「その先駆けとなった第3艦隊、第4艦隊の勝算はあるかね?」

「分かりませんよそんなこと」

笑って誤魔化したがアンカーは不安だった。
一時は冷静に戻ったナラが2日前の事前作戦会議で段々熱っぽくなってきているのを見てしまった。
あいつとは海軍士官学校で首席、次席と争った仲だがいつもアンカーが勝っており、ナラは図上演習等のより実戦に近い科目はアンカーより低かった。
戦闘系になると彼は興奮するのだ。意識はしてない様だが。
逆に計算科目等のより参謀に近い科目ではアンカーを大きく凌いだものだ。
ナラが平民で中将まで登り詰めたのはそういう背景があった。

(何か嫌な予感がするがあいつなら…なんとかなるだろう)

仮にも次席卒業した優秀な男だ。
そうアンカーは信じたかった。


〈ヴェントリア軍港〉

午後12時半。
アンカーと第2艦隊幕僚は昼食ついでにトランプをしていた。
修理される艦艇を眺めつつ、アンカーだけオレンジジュースを飲み、気が置けない連中とするトランプは中々乙なものだな。
戦時中になってしまったが動かす艦艇がないのだから艦隊の頭は慌てていても仕方がない。
平民がよく食べる堅パンにスライスした薄いハム、レタスを大量に挟んだ特製サンドイッチを頬張りながらアンカーは落ち着いていた。
何故落ち着いていたかというと…。

「フルハウス」

「ストレートです」

「Jのワンペア」

「俺はブタです」

「なんでブタなのにそんな平然としてるんですロックラー大尉…あ、俺もブタです」

「よし、俺の勝ちだな」

トランプをしていたからだ。
アンカーは置かれていたチップを回収していく。
1チップあたり10レル(=10円)なのでそんなにたいした賭け事ではないが全員真剣だった。
特にアンカーとベストロニカはトランプが大の得意でよく勝負しているほどだ。
ちなみにこのトランプゲームの名はルテランという。
賭ける枚数を場に出し、勝てば全員のチップと自分が賭けた分の2倍もらえ、負ければ出した分勝者に持っていかれるというゲームだ。
しかし10枚未満の枚数であれば2倍にはならず、逆に2倍にして勝者に持っていかれてしまう。

「…次の親は私ですね。10枚レディール(賭けること)」

「俺はドッセル(同じ枚数賭ける)」

「バイガル(1ゲームあたりに賭けられている枚数を2倍にする)」

「げっ、じゃあキルリ(現在のゲームから降りること)

「…同じくキルリにします」

そして開示。

「フラッシュです」

「…ストレート」

「Jのツーペア」

「…私の勝ちですね」

ベストロニカが卓上のチップを集める。
現在アンカー50枚、ベストロニカ45枚と接戦だ。
各々カードを引き、交換する。

「さぁ最後の勝負だ諸君、特と賭けたまえ。ちなみに親の俺は30枚」

「私はバイガルします」

「バイガル」

「ふーむ、じゃ俺はザック(全賭け)と行こう!」

「えっ?大尉、正気ですか?えー…俺はキルリで…」

開示。

「…ッし!ストレートフラッシュ来たァ!」

「くッ!フルハウス止まりです…!」

「ロイヤルストレートフラッシュ」

「ブタだったぁ~」

「ホラ言わんこっちゃないですよ大尉ってぇええええ!?」

何気にロックラーがスルーしていたが1人ロイヤルストレートフラッシュを叩き出した猛者がいた。

「私の勝ち。さぁ、チップを寄越しなさい」

「「ハイ…」」

「初めてロイヤルストレートフラッシュ見ました…」

「参謀長殿たまに大当てするからなぁ~やっちまったよ~」

呑気に言ってるイグロレだが彼が最下位ということは言うまでもない。
真顔でチップをまとめている“参謀長”と呼ばれた者が第2艦隊の参謀長、アルリエ・ド・バラストロング大佐だ。紅い髪をサイドテールにまとめ、白い布で括っている。身長が150センチで歳は26。女性である。
よくイグロレがおチビ参謀長と酒が入った状態で言うと背後にどことなく現れるのでその時その場にいた者達は瞬時に解散する。
後日寝落ちと勘違いしたイグロレに昨日の飲み会の話を聞かせろと絡まれ、(主にアンカーが)実際に起こったことと違うことを言えば彼は嘘をよく見抜いてくるので全員逃げて嘘だとバレない様にするのだ。
その場に居なければイグロレが何故寝落ちしたか分からない。

(ちなみにイグロレはおチビ参謀長と言った覚えは無いらしい)

そしてイグロレとよく会話していたのが浅黒い肌を持つ元奴隷の巨漢、リーエル・ブランコ・プライザー中尉だ。身長195センチと何故海軍にいるのかという巨漢だが体が柔らかく、狭い艦内でも引き締まった細マッチョ体系を活用し、詰まらずに活動している。
歳は22歳で、役職は航海参謀である。
この面々で基本的に活動しているのが第2艦隊首脳部だ。

「私が500枚ね。レル換算5000レル。アンカー、あんた今日の夕飯これでみんなの分何か買ってきて頂戴。なるべく軽そうなもので。どうせこれからしばらく事務仕事しかないでしょ私達」

「はぁ?なんで俺が…」

「私の言うことが聞けないの?」

「イエ、イッテキマス」

「よろしい」

ふふんと得意げな顔をするアルリエだったが実はアンカーの幼馴染みで過去にアンカーを従わせる為に調教したとかしてないとか…。
とにかくアンカーは公務以外で逆らえない相手である。
天敵。

「あの、私が行きましょうか?」

しゅんとするアンカーを見かねたベストロニカが代役を買って出るがアルリエは許さなかった。

「ルナ、あんたはいいのよ。私とお茶してましょ」

「え、えぇ」

「「「…」」」

アルリエはベストロニカがお気に入りなのだ。
よく長い金髪の髪いじりをしたりお茶しに行ったりと傍から見るとまるで姉妹だ。
それを男性陣が「またか…」みたいな顔をしているとアルリエがこちらを睨む。

「なぁに?」

「「「イイエナンデモゴザイマセン」」」

実質トップだ。
男性陣は常に虐げられているッ!と言いたくなるイグロレの気持ちも分かる。
大いに分かる。


第2艦隊に赴任したてのアルリエのアンカーに対する態度に憤慨したイグロレとリーエルは飲み会でそのことをアンカーに酔っ払いながらぶちまけたが、2人の後ろに現れた影によって全員酒場で朝を迎えた。
逆らっちゃいけない。
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