オストメニア大戦

居眠り

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第12話 怒れる海軍本部長

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 アンカーが港湾長らを叱咤激励していると第1、第2、第3、第4、第5艦隊の首脳陣が集まってきた。
海軍本部を出る前に受付にメモを置いてきたのだ。
“各提督、至急ヴェントリアに集まられたし“
と。
そのメモを読んだ受付の尉官がちゃんと知らせてくれたのだろう。
走り書きだったので読めるか怪しかったが通じて良かった。
到着した3人の中将は三者三様の表情をしていた。
興味深げなイッヒラルド中将。
顔を引き締めて集中を切らさないターデップ中将。
不満顔のレッソン中将。
その他大勢の幕僚がヴェントリアに集結した。

「諸将、お集まり頂き有難う御座います」

「諸将」という単語にさらに眉間にシワを寄せるレッソンが声を荒げてアンカーを批判した。

「ライン中将、貴官は同階級とはいえ年長者に対する礼儀を知らんのか!それにわざわざ軍港まで足を運ばせおって。会議でもするつもりか?なら本部ですれば良かろう」

そう怒鳴るレッソンにアンカーは反論しなかった。
する必要が無かったからである。

「笑止!」

「イッヒラルド中将…!?」

ここでイッヒラルドが割って入ったきた。
齢60とは思えない筋骨隆々の180センチに上から睨まれるレッソンは既に及び腰になってしまっている。

「貴官は自ら国の為に奔走する若者の行動にいちいちけちをつける気かね」

「い、いえ…そういうわけでは」

「なら彼の言うことを最後まで聞かれよ」

「は…」

各幕僚が集まる場で恥をかかされたレッソンは頭を下げつつ内心アンカーを激しく憎んでいた。

(若造め…いつイッヒラルド閣下を味方につけた!)

実際は特に工作などしていないのだがイッヒラルドのアンカーへの好意が気に食わないらしい。
というよりこの男は模擬戦で負ける前からだいぶと嫌っていた節があったので単にアンカーが嫌いなのだろう。

(まぁいい、無視されるよりは遥かにマシだ。好きの反対は無関心ってね…)

少し騒ぎが落ち着いたところでルンテ東部からカーリス半島、アルワラ諸島、スカリー北東部が記されている地図をアンカーは広げた。

「まず私が各々方を招集いたしました理由としては、レッソン中将のお考え通りです。作戦会議を行いたいのです」

「しかし会議は明日と元帥閣下が仰っていたが?」

ターデップが不審に思い質問してくるがそれはドクトラの時間稼ぎだと説明した。

「…?どういうことだ?」

「叔父上…元帥閣下は今回の開戦に大変ご不満のようで閣下は怒ってらっしゃるそうです。しかもかなり」

「何が言いたい」

ターデップに代わり痺れを切らしたレッソンが問い詰める。

「端的に申し上げますと、国王陛下に直訴なさっているのでしょう。開戦はもはや取り消し叶わぬこととはいえ閣下はなんとかしようとなさっているはずです。具体的には第1艦隊の動員でしょうか」

「何故そこまで分かる?」

推理を聞きたい子供の様な顔で聞いてくるイッヒラルドに対してアンカーはふっと笑いながらこう言った。

「勘です」


〈王宮・謁見の間〉

「全く。私へ事前に連絡をして頂かねば本来お会いになって下さらないのだよ元帥。陛下がまみえれば突然の来訪を陳謝するのだぞ」

「…は」

軍務大臣リーク・ド・ペテロがぐちぐちと嫌味を言ってきているが大臣が勝手に作ったその規則の為に国王に謝る気はない。
ドクトラはアンカーの予想通り国王に直訴しに来ていた。
会議を明日にしたのはこの為である。
本来なら事前に面会願いを提出し、受理されなければ会う事はおろか顔さえ見れない国王だったが彼は国王の軍人時代の教師であったのだ。
エスメール王太子とアンカーの様な関係だ。
まだ彼らは出会っていないが。

「国王陛下の御成り~!」

式部官が声高々にそう言うと2人は敬礼を行う。
どしどしと謁見の間に入室し、王座に座った男こそルンテシュタット王国第125代国王ハンニル2世である。
雄々しい顔立ちに鍛え抜かれた肉体。
ひと目見ると決して無能には程遠い印象を与えるがそれは個人の勇のみで戦略家としては果てしない阿呆。
失言や朝令暮改も多く、臣下からはあまり信用されていない。
外交などは軍務大臣が主に取り仕切り、それを外務大臣が快く思っていないなど王国政府は少し突けばバランスを崩しかねないほど安定しているとは到底言い難かった。
そんな中、戦争状態に突入したのは正直、不味かった。
なのでドクトラは宣戦布告を取り下げるように上申しにきたが、それはあえなく却下されてしまった。

「ドクトラよ、宣戦布告の取り消しなど末代までの恥になるではないか。出来るわけもなし。それにする気もない」

「陛下!」

「我が国は必ず勝つ。そうお主は信じんのか?」

「陛下、戦は精神論だけでは乗り切れませぬ。…現在海軍は模擬戦の影響ですぐには行動出来ません。ですのでもう1つお願いしたい儀がございます」

「申せ」

「陛下の第1艦隊に出動許可を」

「ならんならん!断じてならん!第1艦隊は陛下や王都を守る大事な艦隊。これを出動させる事はまかりならん!」

「軍務大臣殿!私は陛下にお聞きしているのです。貴方ではない!」

「そもそもまず貴官の上官である王立首脳参謀本部長に話を通すのが筋であろう!」

2人が国王の御前で舌戦を繰り広げていると新たに入室した侍従長がハンニル2世の耳元に何かを囁いた。
「通せ」の一言ですぐに新たな人物が謁見の間に姿を現す。

「…首脳参謀本部長どの。陛下への謁見は事前に…」

「そんな軍務大臣殿が作られた規則、知ったことではない。私は先王陛下が我々臣下に遺された“進言があればすぐ伝えること“というご遺言を行使しているに過ぎぬ。控えられよ」

「ぬぅ…」

一言で軍務大臣ペテロを黙らした男こそドクトラの上官であり、6人の大参謀(ビスドルゴ・ノ・ゼフルス)を従える首脳参謀本部のトップ、ヴァーリオン・ペトラヴィチ・ド・ギュース元帥(57歳)である。
容姿は立派な口髭を生やし黒髪オールバック。そして威厳のある巨漢である。
強い酒を好み、パイプを咥える姿がよく平民の酒場で見られることから貴族の中ではだいぶ変わり者扱いされているが本人は気にしている様には見えない。
機動戦の達人で第1次大戦では騎兵を率いて敢闘した功績を讃えられ、現在の職に就いた。
そんなギュースはドクトラの親友でここに来る前に彼から援軍に来るように電話で頼まれたのだ。

「わし1人では説得しきれんだろうから上官であるお主からも言ってくれ」

という内容の。
汗を拭きつつ彼はその鋭い視線をハンニル2世向ける。

「さて、陛下。彼の上官である私もこの案を支持しますぞ。ちなみに我が配下らの意見は満場一致です」

「…」

軍務大臣の部下である首脳参謀本部長と6人の大参謀、それに海軍本部長が第1艦隊の出動要請をしてきたのだ。
流石にトップ2といえど反論出来ず、遂にはこれを許可した。


〈王宮内〉

「いやぁ助かったぞギュース」

「なんの。お前とわしの仲じゃ。いつでも任せぇい!」

「頼もしいの!」

2人は共に朗らかに笑った。
開戦は避けれなくなったが全力を尽くせる様にはした。
あとは実戦部隊の者に任せるしかない。


4月3日より2日後の南暦1936年4月5日。
ルンテシュタット王国はカーリス皇国に宣戦を布告した。



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