オストメニア大戦

居眠り

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第10話 開戦事由

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 開戦の報を聞いたアンカーは驚きこそしたもののいずれは起こると知っていたのですぐに行動に移った。

「ナースルさん。他になにか通達はありましたか?」

「即時海軍本部に出頭せよとの命令書が届いております」

「よし、アンデル。俺は海軍本部に行く。夕飯はいいと料理長に言っててくれ。多分泊まってくることになる」

「戦争、ですか?」

「20年前に起こった第1次オストメニア大戦の続きということになる可能性がある。カーリス皇国の同盟国であるスカリー帝国も黙っているわけがない。ああもう…こんな時に!」

愚痴を言いつつ自室に向かい軍服に着替える。
既に玄関にはラヴァリエもいた。
こう見えて彼も陸軍中将で軍司令の身。
俺とは別の通達が来たのだろう。
彼はそのまま大急ぎで出て行ったおかげで挨拶せずに済んだ。

「じゃ、俺も行くよ。なぁに、俺達海軍が陸に上げさせないから安心しろ」

アンデルは兄に期待する一方でやはり不安があるようだ。
不安要素としてはスカリー帝国に奴隷を搾取するルンテ貴族には容赦しないと主張するシッキラー総統がいるからだろう。
アンカーは万が一に備えてアンデルに耳打ちした。

「いいかアンデル。もし王都が占領されそうになったら馬で西へ向かえ。出来れば同盟国のドレッジ王国まで行け。無理なら西の諸島のどこかへ行け。冬になれば完全に海が凍結するから追っては来れない。まぁ、西の平野はほぼ何もないからそこで身を潜めるのもありだがな」

「ヨルバ姉様は?ナースルさんや他の人達は?」

「姉さんは絶対守れ。ナースルさんには既に言ってある。それから他の者はついて行きたいという者だけ連れていきなさい」

「父上は?」

「…好きにしろ」

「分かりました。御武運を。兄上」

「ああ」

ハグをしてから眠そうなラートが入っている籠を受け取り、アンカーは家を出た。
ちょうど家の前にいた馬車に手を挙げて乗ろうとすると先にドアが開いた。
降りてきたのは副官、ベストロニカだ。

「命令が来たことと、その内容は我々副官も把握しております。お迎えに上がりました」

敬礼しながらそう言った彼女だったがこちらの顔を見ると少し訝しんできた。

「司令…。顔色が優れない様ですが何かございましたか?」

ベストロニカの声を聞いたラートが籠から飛び出してその胸に飛び込んで早速ゴロゴロ言い出してるのを見ながら手に持った軍帽を被る。
そしてその間に表情をデフォルトへと戻し、表情を少しは隠せた。
…はずだ。
貴族社会において表情は特に重要事項でアンカーもいやいや覚えさせられたが今の様に違うところで活躍している。
しかし。

「…隠したって無駄ですよ司令。バレバレです」

「…」

ベストロニカには効いた試しが無いが。


〈海軍本部〉
馬車は夜だというのにかなりの高速で走ってくれた。
流石軍人用の馬車だ。
馬力が違う。
そんなわけですぐに着けた。
周りにはあちこち馬車が止まっており、司令やその副官、将官以上の者達が大急ぎで集結していた。
受付には「各司令は本部長室へ行くこと」と大きな張り紙が貼ってある。
とりあえずラートはベストロニカに甘えまくってるので連れて行けない。
そのままベストロニカに任せ、アンカーは本部長室へ早歩きで向かう。
すると

「アンカー!戦争だぞ!」

「うるさいな。知ってることを喚くな」

後ろからナラが大声で話しながら近づいて来る。
普段なら注目されるところだが今はあちこちで飛び交っている声にかき消されそうだ。
なのでアンカーもうるさいと言いながらも大きな声を出さざるを得なかった。

「国王陛下が宣戦を布告されるらしいな!」

「僕もさっきヴェントリアで聞いたよ!武功を上げるチャンスだけど模擬戦の用意をしてたからまた荷の積み直しだよ!」

「いいじゃないか!臨戦態勢なのはお前の第3艦隊と第4艦隊だけなんだぞ!うちなんか帰ってきたばかりだから各部の欠損箇所の修理で2週間動けないんだ!弾薬とかの積み込みを考えると2週間以上!」

「じゃあ武功の独占をターデップ中将とさせてもらうよ!」

「そう簡単に終わるわけないだろ!奴らカーリス半島に全力で攻勢を仕掛けてくるぞ!あそこはうちの現在の陸軍兵力200万のうち52万が駐留する最重要拠点だ!取られたら敗戦の思った方がいい!」

「なんでだい!?」

「馬鹿かお前!飛行場だよ!半島には大量の大型飛行場がある!航空優勢を取られたら王都は火の海だ!」

「なに、うちの戦艦で制海権を取ってやるさ!」

ルンテ海軍には大多数の戦艦主義と少数の空母・航空機主義に派閥が分かれている。
総艦隊数7個のうち空母保有艦隊は第2、第5艦隊のみ。
従ってどうしても航空機の有力性を知らない者が多い。
ナラは決して無能とは程遠い存在だが航空機に関してはあまり関心が無かった。
これは親友であるアンカーの忠告であっても聞き入れなかった。
アンカーが実戦経験者であればナラも納得したかもしれないがそうではない。
実戦を経験したことが無い以上、机上の空論と化すのは仕方ないとはいえ親友の忠告ぐらい耳を傾けてほしいものだ。
そう頭の中でぼやいていると本部長室に着いた。
さぁ、開戦に至った経緯を聞かせてもらおうか。


〈海軍本部長執務室〉

「「失礼します!」」

「入れ!」

2人が入室した時には他の全員が揃っていた。

ルンテ王立海軍第1艦隊司令ワルゲン・ド・イッヒラルド中将。(60歳)
ルンテ王立海軍第4艦隊司令ムスラー・ド・ターデップ中将。(47歳)
ルンテ王立海軍第5艦隊司令ハイバー・ド・レッソン中将。(45歳)

この3名の他にカーリス半島防衛の任に就く
ルンテ王立海軍第6艦隊司令リザ・シー・ド・クル中将。(37歳)
の代理としてマラヤ大佐。
それとルンテ西部に駐留する
ルンテ王立海軍第7艦隊司令メモスリー・ド・ルシア中将。(74歳)
の代理としてヴィス大佐。

最後にルンテ王立海軍本部長タンヌ・ヴァ・ド・ドクトラ元帥に、その副官のハーレ・ド・ドクトラ中佐を合わした計7名である。
時間内には到着したが、最後なら「遅れました」の一言を言うべきだなと思ったアンカーは敬礼し、遅参を詫びた。

「なに、時間内には来ておる。早うこっちへ来い」

ほんわかした話し方をするイッヒラルド中将に言われ、すぐに彼らの隣で並ぶ。
いつもより畏まった感じの叔父を見て一瞬不審に思ったが原因はイッヒラルド中将そのものだと理解した。
ドクトラより歳が1つ上で海軍士官学校では先輩後輩として生活していたそうだ。
そりゃあ畏るわけだ。
そう思いながらドクトラが話し始めるのを待つ。
ちなみに歳下のドクトラが彼より上位なのは家柄と、第1次オストメニア大戦の勲功の差だ。

「えー。…国王陛下が4月5日午前10時に、宣戦を布告なされるそうだ。つまり公表は2日後。それでは陛下の勅令を読み上げる。心して聞かれい」

そう言うとドクトラ以外が敬礼する。
勅令や国王に謁見する時に軍人は敬礼するのが決まりだ。
このように勅令を読み上げられる時も例外では無い。
そして勅令が読み上げられた。

「ルンテシュタット王立海軍は全力をもってカーリス皇国海軍を撃滅し、王国を勝利へと導くべし」

全員が武者震いを感じている様だがアンカーは違った。
隣に立つナラから嫌な予感がするからである。
先程の会話と興奮している様子を見て良い印象を抱けない。
が、そんなことより開戦事由をアンカーは聞きたかった。

「元帥閣下、開戦に至った経緯をお聞かせ願いたい」

アンカーが挙手するより先にレッソン中将が挙手しつつ質問した。
こちらをギロリと見たあたり「若造は黙っておれ」と言わんばかりだ。
模擬戦でコテンパンにしすぎたかな。
人間観察に切り替えたアンカーを他所にドクトラが重々しく話し出す。

「うむ、開戦事由は…」

ナラが生唾を飲み込む音がする。
より一層静まり返る本部長室。
そして。

「半島から本土へ奴隷移送中の輸送船がカーリス船籍の輸送船と衝突、沈没し、カーリスにほぼ全ての奴隷を奪還されたからである」
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