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Chapter-07
Log-139【ヒトの祈りの防護壁-弐】
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「――手を、休めないで……! 気を、緩めないで……! 必ず、報復が……始まる……!」
恐慌に陥る寸前だった連盟部隊に宛てた一つの言葉が、皆の脳裏を過ぎる。その声の主は、間違いなくウルリカのものだった。だがその声は、絞り出したようにか細いもの。精神感応の接続環境は確かに悪い、それを踏まえても、彼女の声は弱々しい。
「ウルリカァッ!!」
アクセルが喚呼する……だが応答はなく、精神感応は断絶していた。安否を気遣う余裕はこれ以上ない。しかし、激動する巨神の身中にあって、死を免れていた。その事実は、アクセルを含む連盟部隊を後押しする推進力となった。巨神がもたらす天災への畏怖と怖気を抑制する士気へと変わった。そう、ウルリカは自身が想像する以上に、部隊の精神的支柱となっていたのだ。
――その直後だった。裁定は、ここに下された。神の碧き旭光が放たれる、地上に存在する数多の光を置き去りにして。まるで神の光輝の他は闇である、とのたまうかのように。
ヒトの手によって積み上げられた重厚なる氷壁は、巨神から放出される未曾有の衝撃波によって、風蝕し、溶解し、圧壊し、瞬く間に剥落していく。氷壁が崩壊していくそばから新たな壁を築いていくも、絶望的なまでに代謝が間に合わない。そして、人々に降りかかる火の粉は、神の怒りとも形容すべき激甚の波濤、それだけに留まらなかった。
降り注ぐ、巨大な鉄塊。それは、巨神を鉄の巨神たらしめていたもの、その身に纏っていた鋼鉄。赤熱した鉄塊が火山弾の如く射出され、都市と連盟部隊を襲撃する。巨神の衝撃波によって剥落し脆くなった氷壁では、もはやそれを弾きうる耐久力を持たず、破砕音を轟かせながら都市を囲んだ幕壁をも貫いていく――轟くのは物音だけではない、断末魔の叫声もまた戦場に響き渡っていた。
「右翼、崩壊!」「嗚呼、友よ……友よ……!」「駄目だ、長くは保たん……!」「横並びの展開が仇となっている!」「不味い、これではじり貧だ……!」「死ぬ……! 死ぬ……!」「怖い……助けて……母さん……」「都市防衛は疎か、先に私達が全滅するぞ……!」
瞬く間に失われていく仲間の命に、死の恐怖が蔓延する。恐怖と焦燥は魔術の精確さを欠き、氷壁は更なる脆さを露呈する。
「お姉ちゃん! 都市防衛に気を遣ってる余裕なんてないよ! 民間人は東側に避難させた、後方部隊は地下に退避している! なら、僕達だけでも生き残らないと……!」
熟考する猶予はない。街や家屋の被害を憂慮する余裕もない。都市の被害を最小限に抑えるか、自らの命を守り抜くか、選択は二つに一つ。
「イングリッド殿、ご決断を。セプテムの守護者である私達は、まだ死ぬわけにはいきませんよ。今優先すべきは、戦士の命のはずです」
物は直せる、だが人の命に代わりはない。そして、魔物との戦いはこれからも続く。ならば、ヴィルマーの言う通り、取れる方策は一つだけだ。
「クッ……! 全隊、中央に集合しなさい! 繰り返す、中央に集合しなさい! 魔術を一点に集中させますわ! 各位、部隊の壊滅阻止のみを優先するように!」
イングリッドの号令に伴い、変化する陣形。彼女を中心として横一列に展開していた部隊は、彼女の周囲に集まっていく。魔術の執行と魔力の収束は一点に集中し、彼らのみを守護する程度に狭まった氷壁は、再びかつての重厚さを取り戻していく。
しかし、それでも無数に降り注ぐ赤熱した鉄塊を防ぎきることは出来ない。大小を問わず雨霰の如く飛来する鉄塊がめり込み、裂け目を生み、氷壁の内側から崩壊をもたらす。更には、赤熱するほどの熱を帯びた鉄塊だ、氷を瞬時に溶解させ、水分を一気に蒸発させる、それがもたらすのは水蒸気爆発。ただの鉄塊が、もはや榴弾の如く。どれほど堅牢な壁を築いたとて、その矛を防ぐには余りにも分が悪い盾だと言わざるを得ない。
そして――氷壁は脆くも砕かれた。人一人を飲み込むには巨大に過ぎる赤熱した鉄塊が、眼前に迫る。逃げ場のない、死の到来。頬を焦がす熱を感じる間もなく、彼らの頭蓋を砕かんと押し寄せる、その時だった。イングリッド達の頭上を掠める一閃が、鉄塊を押し退けた。響き渡る轟音とともに、弾かれたように明後日の方向へと転がっていく鉄塊。
「ったくよ、結局俺はこういう役回りになるわけよ」
「……姉様」
密集するイングリッド達の背後には、大剣を握るアレクシアが立っていた。しかし、握られたその柄は、血に塗れていた。
「お姉ちゃん、その手……!」
「馬鹿野郎、俺に構わずさっさと壁を張れ。乗り越えてきた奴は俺たちが弾く。お前達は少し下がってろ」
そう言ってアレクシアは、一条の槍を携えたジェラルドとともに氷壁の真後ろまで進み、その場で立ちはだかった。イングリッドと魔術師達は後退し、壁の再建に全神経を費やす。
「ジェラルド、悪いが最後まで付き合ってもらうぜ」
「構わないさ。むしろ本望だ、アレクシア。これで、部下にも顔向けできるからな」
相思の言葉と握り拳をを交わした二人、肉体にまだ残ったありったけの魔力を解放し、迫り来る鉄塊を弾き返す。視認できるほどの塊ならば捨て身覚悟で対応もできよう、しかし、小石ほどの小さな鋼鉄まで気を払っている余裕などない。鉄塊を弾き返す反動とともに、極小の破片が肉体を貫き、二人を徐々に蝕んでいく。それでも、二人が決死の覚悟でもたらした僅かな時間が、魔術師達に部隊を立て直すだけの猶予を与えた。
恐慌に陥る寸前だった連盟部隊に宛てた一つの言葉が、皆の脳裏を過ぎる。その声の主は、間違いなくウルリカのものだった。だがその声は、絞り出したようにか細いもの。精神感応の接続環境は確かに悪い、それを踏まえても、彼女の声は弱々しい。
「ウルリカァッ!!」
アクセルが喚呼する……だが応答はなく、精神感応は断絶していた。安否を気遣う余裕はこれ以上ない。しかし、激動する巨神の身中にあって、死を免れていた。その事実は、アクセルを含む連盟部隊を後押しする推進力となった。巨神がもたらす天災への畏怖と怖気を抑制する士気へと変わった。そう、ウルリカは自身が想像する以上に、部隊の精神的支柱となっていたのだ。
――その直後だった。裁定は、ここに下された。神の碧き旭光が放たれる、地上に存在する数多の光を置き去りにして。まるで神の光輝の他は闇である、とのたまうかのように。
ヒトの手によって積み上げられた重厚なる氷壁は、巨神から放出される未曾有の衝撃波によって、風蝕し、溶解し、圧壊し、瞬く間に剥落していく。氷壁が崩壊していくそばから新たな壁を築いていくも、絶望的なまでに代謝が間に合わない。そして、人々に降りかかる火の粉は、神の怒りとも形容すべき激甚の波濤、それだけに留まらなかった。
降り注ぐ、巨大な鉄塊。それは、巨神を鉄の巨神たらしめていたもの、その身に纏っていた鋼鉄。赤熱した鉄塊が火山弾の如く射出され、都市と連盟部隊を襲撃する。巨神の衝撃波によって剥落し脆くなった氷壁では、もはやそれを弾きうる耐久力を持たず、破砕音を轟かせながら都市を囲んだ幕壁をも貫いていく――轟くのは物音だけではない、断末魔の叫声もまた戦場に響き渡っていた。
「右翼、崩壊!」「嗚呼、友よ……友よ……!」「駄目だ、長くは保たん……!」「横並びの展開が仇となっている!」「不味い、これではじり貧だ……!」「死ぬ……! 死ぬ……!」「怖い……助けて……母さん……」「都市防衛は疎か、先に私達が全滅するぞ……!」
瞬く間に失われていく仲間の命に、死の恐怖が蔓延する。恐怖と焦燥は魔術の精確さを欠き、氷壁は更なる脆さを露呈する。
「お姉ちゃん! 都市防衛に気を遣ってる余裕なんてないよ! 民間人は東側に避難させた、後方部隊は地下に退避している! なら、僕達だけでも生き残らないと……!」
熟考する猶予はない。街や家屋の被害を憂慮する余裕もない。都市の被害を最小限に抑えるか、自らの命を守り抜くか、選択は二つに一つ。
「イングリッド殿、ご決断を。セプテムの守護者である私達は、まだ死ぬわけにはいきませんよ。今優先すべきは、戦士の命のはずです」
物は直せる、だが人の命に代わりはない。そして、魔物との戦いはこれからも続く。ならば、ヴィルマーの言う通り、取れる方策は一つだけだ。
「クッ……! 全隊、中央に集合しなさい! 繰り返す、中央に集合しなさい! 魔術を一点に集中させますわ! 各位、部隊の壊滅阻止のみを優先するように!」
イングリッドの号令に伴い、変化する陣形。彼女を中心として横一列に展開していた部隊は、彼女の周囲に集まっていく。魔術の執行と魔力の収束は一点に集中し、彼らのみを守護する程度に狭まった氷壁は、再びかつての重厚さを取り戻していく。
しかし、それでも無数に降り注ぐ赤熱した鉄塊を防ぎきることは出来ない。大小を問わず雨霰の如く飛来する鉄塊がめり込み、裂け目を生み、氷壁の内側から崩壊をもたらす。更には、赤熱するほどの熱を帯びた鉄塊だ、氷を瞬時に溶解させ、水分を一気に蒸発させる、それがもたらすのは水蒸気爆発。ただの鉄塊が、もはや榴弾の如く。どれほど堅牢な壁を築いたとて、その矛を防ぐには余りにも分が悪い盾だと言わざるを得ない。
そして――氷壁は脆くも砕かれた。人一人を飲み込むには巨大に過ぎる赤熱した鉄塊が、眼前に迫る。逃げ場のない、死の到来。頬を焦がす熱を感じる間もなく、彼らの頭蓋を砕かんと押し寄せる、その時だった。イングリッド達の頭上を掠める一閃が、鉄塊を押し退けた。響き渡る轟音とともに、弾かれたように明後日の方向へと転がっていく鉄塊。
「ったくよ、結局俺はこういう役回りになるわけよ」
「……姉様」
密集するイングリッド達の背後には、大剣を握るアレクシアが立っていた。しかし、握られたその柄は、血に塗れていた。
「お姉ちゃん、その手……!」
「馬鹿野郎、俺に構わずさっさと壁を張れ。乗り越えてきた奴は俺たちが弾く。お前達は少し下がってろ」
そう言ってアレクシアは、一条の槍を携えたジェラルドとともに氷壁の真後ろまで進み、その場で立ちはだかった。イングリッドと魔術師達は後退し、壁の再建に全神経を費やす。
「ジェラルド、悪いが最後まで付き合ってもらうぜ」
「構わないさ。むしろ本望だ、アレクシア。これで、部下にも顔向けできるからな」
相思の言葉と握り拳をを交わした二人、肉体にまだ残ったありったけの魔力を解放し、迫り来る鉄塊を弾き返す。視認できるほどの塊ならば捨て身覚悟で対応もできよう、しかし、小石ほどの小さな鋼鉄まで気を払っている余裕などない。鉄塊を弾き返す反動とともに、極小の破片が肉体を貫き、二人を徐々に蝕んでいく。それでも、二人が決死の覚悟でもたらした僅かな時間が、魔術師達に部隊を立て直すだけの猶予を与えた。
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