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Chapter-06

Log-115【迎撃態勢用意-弐】

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「おい姉御、こりゃ一体どんな代物だ? マスケット銃にしちゃ随分ゴツいが……」

 幕壁の歩廊にて、マフィアの部下を引き連れたサムは、レギナから直々に武器を受け取っていた。側防塔内に山と積まれた、大振りの皮革鞄の中には、セプテム軍の新兵器である自動小銃が格納されている。つまり、アレクシアと対峙した傀儡かいらい部隊が装備していた武器だった。

「三十口径の銃弾を秒速三十発撃てる、自動小銃って代物さ。この頭数なら足りそうさね」

「なっ!? なんだそりゃ!? バケモンじゃねぇか!」

 驚嘆の声を上げるサムとその部下達。マフィアである彼らが所有する銃器など、携行可能で取り回し易い拳銃か、高い威力を誇れど単発の散弾銃、それくらいが精々だった。人間社会の裏にあって、日夜闘争を強いられる世界であっても、その程度で十分事足りるものなのだ。人が人を殺めるのに、頭蓋に沈む弾は二発も要らない。

 しかし此度こたびの相手は、人ではなく魔物、更には魔物の群れをも滅せし大狼。人間相手なら過剰な殺傷力を誇ろうとも、あの大狼相手なら威力が高いに越したことはない。

「ちなみに、私の機関銃は秒間百発を叩き出します」

 レギナと共に皮革鞄から自動小銃を取り出してサム達に手渡すルイーサが言い放つ。表情にも言葉にも抑揚はないものの、何やら得意げな雰囲気を醸し出していた。

「……もうそこまで行っちまうと、俺には全く想像つかんな」

 まるでピンときていない、といったサムの淡白な反応に、的が外れたか、内心むくれるルイーサ。火器の話となると、途端に子供のような意地が面を出す女だった。

「だが、お前達も感づいてはいるだろうけど、この銃でさえあの破狼ハロウの表皮を傷つけることは出来ないだろうね」

 自動小銃がサム達に行き渡ると、レギナは負ぶい紐を肩に掛け、銃を携えてみせる。皆それにならい、負ぶい紐を装着し、銃を携えていく。同様に、弾倉を収納したポーチが複数取り付けられたベルトを腰に巻き付けてみせると、同じ要領で皆ベルトを装着していった。

「……まあな。そもそも大砲やら床弩が通じていない時点で明白だ、アレに単なる物理的な攻撃は効かねぇんだろうよ。なら俺達が出来ることは二つ、急所狙いと虚仮威こけおどしってところか」

 レギナが歩廊を囲う胸壁の、等間隔に並ぶ射眼としての窪みに小銃を据え、照準器を覗く。サム達もまたその動作を真似て、横一列に並んで銃を構えていく。

「ああ。口腔、鼻孔、眼球、そこだけはどんな動物であれ急所。だが、ひるがえせばそれだけ的は小さい。狙って当てる、というより、心掛けておく程度でいい。主な仕事は陽動部隊の支援だよ」

 セーフティを掛けたまま、照準器で適当な目標を定め、引き金に指を当てる。小銃のような長い銃身の物は初めてでも、平時から拳銃を持ち歩く者達だ、銃の機構にはこなれていた。

「支援だと? なら、どこのモンが主導するってんだ?」

 小銃に装着された弾倉を取り外し、ベルトのポーチから新たな弾倉を引き抜く。カチンッ、という甲高い音と共に銃の機関部に差し込み、弾丸を再装填した。

「ジェラルド率いる駐屯兵団さ。高々三十人程度の部隊だが、日々魔物を相手にしている手練れさね」

「ほう、あの色男がねェ……」

 一同は構えを解き、レギナの言葉に注意を払う。

「アタシらの目的は一つ。アレクシアが講ずる“巨人殺しジャイアントキリング”作戦を成功させる為、大狼に隙を作ること。段取りやらタイミングやらはあの娘から直接指示が来る。その間、アタシらはとにかく、ジェラルド達と共にアレの気を引き付けるんだよ」

「了解。仰せのままに、ってか」

 サムは片手を挙げて、承諾の意を示す。彼の部下もそれに応と答えた。だが、

「……それはいい。だが姉御、あんたの背後にいる、その気配も立てねぇ連中、ありゃ一体何者だ? そいつは、人間か?」

「……そう、さね。説明が必要かねぇ」

 そう言って、レギナは指を鳴らす。側防塔の入り口から、ゾロゾロと黒ずくめの傀儡かいらい兵が現れた。規律正しく、一切無駄のない動作は、まるで絡繰からくり仕掛けのよう。唯一人間らしさを伝えるのは、マスクの排気弁から吐き出される白い息だけだった。

「彼らは、傀儡かいらい兵。人間が、人形に変えられちまった姿さ。アタシ達セプテムを統べる者が、一生背負うべき業だよ。そしてこの戦いが、彼らに下す最後の仕事ってことになるさね」

「…………」

 レギナのその言葉に、そこに居る誰もが、口をつぐむ。人をどれほど洗脳すれば、一個の自我をそこまでおとしめられるのか、想像し難い。その背徳の残滓とも言うべき前政の罪過を、彼女自らが背負うという。

 その冷たく張り詰めた空気を引き裂いたのは、ルイーサだった。自動小銃の入っていた大量の皮革鞄を、側防塔に設けられた倉庫に仕舞い終えた彼女は、傀儡かいらい兵の間を縫って現れる。

「無論、彼らとは一人の人間として接します。私も、貴方方も、当然そうですよね?」

 そう言って、ルイーサは一人の傀儡かいらい兵に握手を求める、だが応じない、その所作に対する応答を入力されていないからだ。すると彼女は、強引にその手を取った。指揮系統ではない者からの接触、それは反射的に迎撃態勢へと移行する合図。

 傀儡かいらい兵は咄嗟に、腰に帯びた黒色の戦斧に手を伸ばす、だがその手を彼女が取り押さえる。両手を塞がれた傀儡かいらい兵が、次に繰り出したのは膝。至近距離のルイーサには、脚を真上に上げるだけで蹴りが入る。鋭い蹴り上げ、しかし、その挙動に合わせて彼女も膝を上げ、膝頭がかち合ったその瞬間、颶風ぐふうが巻き上った。

「全く、しつけがなっていませんね。初めて顔を合わせる相手には、こうして握手をするものです」

 傀儡かいらい兵から攻撃手段を奪いつつ、初めに取った手を用いて握手の所作を教示する。それはまるで、狂犬に教鞭を執る調教師のように。

「各位、御返事は?」

「あ、ああ……」

 その一瞬の出来事を、ただ呆然と眺めるサム達に、ルイーサが鋭い流し目を送ると共に、先の問い掛けに対する回答を促す。彼女の総毛立つような形相に、彼らは腹を圧迫されるかのような感触を覚え、思わず漏れた細い声で返答した。

「とのことです、陛下。これで、問題ございませんでしょうか」

「……ああ、そうさね。問題ないよ、それで」

 ルイーサという女もまた、物心つかぬうちに全てを剥奪され、そして奪われた全てを注ぎ与えられた人。奪われた者の心も、与えられた者の心も、そして与える者の心も、知っている。

 子は、父母の苦闘を未だ存ぜぬ。だが、子はその愛を受けて育ってゆく。そしてその愛は、また新たな命に受け継がれてゆく。人は愛の流転によって生かされ、悔い悩み、清濁を噛み締め、喜びと楽しみを見出すのだ。

 傀儡かいらいと成り果てた彼らには、懇切に説かねばならぬ。彼らを背負うと決めた新王には、心から愛してもらわねばならぬ。だからこその行動であり、言動であり、配慮だった。

「さあ、お喋りはここまでだよ! 皆、持ち場につきな! そら、あんた達も行きな!」

 レギナの喊声かんせいに応じて、すぐさま踵を返し、歩廊を駆けるサムとその部下達。等間隔に設けられた胸壁の窪みに各個が並び、膝を折り、小銃を据え、迎撃に備える。彼らの後に続き、傀儡かいらい部隊もまた、その足並みを揃え、一斉に構える。一転、静まり返る歩廊、鼓膜を揺らす寒風、緊張が走った。

「……礼を言う、ルイーサ。ありがとう」

 レギナは呟くようにそう言った。隣に立つ彼女は首を振って、

「いえ、こちらこそ勝手を。他人事とは、思えなかったので」

 そう短く返すと、ルイーサは踵を返し、側防塔へと消える。薄れていく靴音を立てながら、彼女は地上へと戻っていった。その背中を横目で見送ると、レギナ自身もまた、胸壁の前に立ち、膝を折り、銃を構える。その照準を、陽光に煌めく白銀の大狼に向けて。
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