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Chapter-06
Log-101【人跡未踏よ、踏破せん-弐】
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全身の力みを振り解き、呼吸を整え、脈拍を鎮め、魔力の流動を滑らかにする。静かに目を閉じて、意識を深層に沈めていく……深く………深く…………深く……………。それは、無我の境地に程近き、底意に漂いし諦観の念。最早、大地を鳴動させる砲火の轟音さえ、ウルリカの心は揺り動かせない。
精神の奥底から、次第に、泉のように湧き出る、真水のような混じり気のない意識。それは静かに、だが確かに、彼女の膨大なる魔力を力動させる。重く、鈍く、力強く、しかし軽やかな心で。
そして、彼女は目を見開く――発奮鯨波、鬨の声。轟く気合が、大気を震わせた。
放たれし魔力によって生じた烈風に、アクセルとパーシーは塔から吹き飛ばされそうになる。しかし、暴風吹き荒ぶ力場に反し、ウルリカの心は寂寞として、殊に長閑だった。
既に彼女の掌の中で、縮退魔境は起動していた。奇怪な音を上げながら、小刻みに震える。次第に火花を散らし始め、彼女の肌を焦がした。更に魔石は斥力を放ち、徐々に彼女の掌を打ち開いていく。それは、解き放たれるその時まで我慢ならぬよう。
だが彼女は、まるで泣き噦る赤子を宥める母のように、安寧の心を以って、無理なく、歩調を合わせ、鎮めていく。ゆっくりと、だが滞りなく、毛並みに沿って撫でるように。
そしてようやく、排水溝に螺旋を描く湯水の如く、猛る力場は縮退魔境を中心として収束されていく。と同時に、ウルリカの魔力の力動もまた静まっていく。そして、振れ幅の大きかった周期は安定し、眩いばかりに黒々と輝いていた魔石は鳴りを潜めた。
「はぁ……はぁ……安定周期に入ったわ。これでようやく、この石コロと同じ目線でモノを言えるわね」
ドッと吹き出る汗を拭い、静かに輝く魔石を、二人に掲げてみせるウルリカ。当初に感じた言い知れぬ禍々しさは、微かだが穏やかになり、彼女の勝ち取った支配権の確かさを物語る。
「……たまげたなぁ、本当に制御しちゃったよ、この娘。過去二百年を振り返っても、割と快挙に入るんじゃないかな?」
「そ、そうなのですか……大変なことを成し遂げたのですね、ウルリカは」
感嘆と安堵の溜息を漏らす二人、手足の強張りが解け、額にかいた脂汗を拭う。
「それでも油断ならないわ。こっからが本番よ」
そう言ってウルリカは、制御下にある縮退魔境を再び駆動させる。掌に乗せたその魔石は、彼女の魔力を吸い上げるにつれて、僅かに浮遊しながら回転していった。
「こいつの扱い方は詰まる所、加速装置ってところね。今やこんなちっぽけな石コロの中には光さえ抜け出せない超重力が渦巻いてるのよ。にわかには想像出来ないでしょうけど。そんなモノをそのまま野に放てば当然過去の大惨事と同じ轍を踏むことになる。でも石コロの中に閉じ込めてるうちは悪さ出来ないわ。むしろ利用し放題ってわけ」
ウルリカの掌の上に乗せた縮退魔境は、見る見るうちに回転速度を上げる。周囲を包み込む力場は波濤となり、目も開けていられない程の烈風が吹き荒れる。そして、術者の皮膚を焦がしかねない、無数の火花を散らし始めた。鈍く沈み込んだ、吸い込まれてしまうような重低音を上げながら。
「つまり! 内部に渦巻く超重力の回転流に魔術を乗っけて効力を指数関数的に上げるのがこの石コロの使い道ってことよ! 一、魔石の起動! 二、超重力の抑制! 三、臨界点ギリギリまで回転加速! そして四つ目、最後の工程ってのが――!」
ウルリカの掌で舞う縮退魔境を、宙空へと力一杯に放り投げる。直後、機敏な動作で外套を脱ぎ捨て、腰に携えていた儀仗剣を納刀したままベルトから引き抜いた。
「『赫灼たる閃光よ! 善と悪とを隔てず、万象を浄化す劫火よ!」
呪文の詠唱。激しく燃え立つ灼熱の炎が剣に宿る。熱波の奔流、それはまるで、小さな太陽の如く、煌々とした唸りを上げて。
「終端の大火は幽かに集いて、大樹の根を灼き、盤を抜く!」
その詠唱が生むは、鋭く研ぎ澄まされた火矢。刀身を弓幹に準えて鞘の中程を握り、燦然と滾る火矢を番える。柄尻と鞘尻に張った一筋の炎を弦として、番えた火矢を静かに引いた。
「興り鎮まり、天地の理! 灼天火山、始原の覇道! 以て紅蓮の観念を為す!」
猛火を纏えど、心は平静。その瞳は冷徹に、宙空に舞う黒鉄の魔石を狙う。
「『魔を以って魔を示す! 魔が纏わるはその残滓! 相対するはその痕跡! 示したるは魔の燈! 斑痕燈!』」
詠唱に詠唱を重ねる、それは追跡の魔術。頭に叩き込んだデータと、目に焼き付けた飽和魔石の貌を、炎の魔術に刻み込む。すると、ウルリカの番えた火矢には、あたかも無数の羅針が道程を指し示すように、青に煌めく光の筋が絡みついていく。
「はあああああッ!!!」
それはまさに、獅子の咆哮が如く。その猛りに呼応して、纏いし炎の趨勢は最高潮に到達する。番えた火矢はまるで台風の目のように、周囲のあらゆるものを灼熱の波濤で吹き飛ばす。ウルリカが足を着けた鉄製の床は、その熱に当てられ溶解し始めていた。
「ちょ、ちょっと! これじゃあ此処、保たないじゃないか!」
パーシーは目も開けていられず、手で光を遮りながら声を上げる。
「ウルリカを、信じてください! ギリギリまで、粘るつもりなんです!」
すぐにも溜め込んだその魔術を放たなければ、側防塔が瓦解する恐れさえある。だが、ウルリカはこの一撃に、込められるだけの魔力を込め切るつもりのようだ。魔力の血管である“魔脈”が焼き切れるほどに。それはまるで、体中に剃刀が這うような激痛。
だが、彼女は決して魔力の力動を止めなかった。
精神の奥底から、次第に、泉のように湧き出る、真水のような混じり気のない意識。それは静かに、だが確かに、彼女の膨大なる魔力を力動させる。重く、鈍く、力強く、しかし軽やかな心で。
そして、彼女は目を見開く――発奮鯨波、鬨の声。轟く気合が、大気を震わせた。
放たれし魔力によって生じた烈風に、アクセルとパーシーは塔から吹き飛ばされそうになる。しかし、暴風吹き荒ぶ力場に反し、ウルリカの心は寂寞として、殊に長閑だった。
既に彼女の掌の中で、縮退魔境は起動していた。奇怪な音を上げながら、小刻みに震える。次第に火花を散らし始め、彼女の肌を焦がした。更に魔石は斥力を放ち、徐々に彼女の掌を打ち開いていく。それは、解き放たれるその時まで我慢ならぬよう。
だが彼女は、まるで泣き噦る赤子を宥める母のように、安寧の心を以って、無理なく、歩調を合わせ、鎮めていく。ゆっくりと、だが滞りなく、毛並みに沿って撫でるように。
そしてようやく、排水溝に螺旋を描く湯水の如く、猛る力場は縮退魔境を中心として収束されていく。と同時に、ウルリカの魔力の力動もまた静まっていく。そして、振れ幅の大きかった周期は安定し、眩いばかりに黒々と輝いていた魔石は鳴りを潜めた。
「はぁ……はぁ……安定周期に入ったわ。これでようやく、この石コロと同じ目線でモノを言えるわね」
ドッと吹き出る汗を拭い、静かに輝く魔石を、二人に掲げてみせるウルリカ。当初に感じた言い知れぬ禍々しさは、微かだが穏やかになり、彼女の勝ち取った支配権の確かさを物語る。
「……たまげたなぁ、本当に制御しちゃったよ、この娘。過去二百年を振り返っても、割と快挙に入るんじゃないかな?」
「そ、そうなのですか……大変なことを成し遂げたのですね、ウルリカは」
感嘆と安堵の溜息を漏らす二人、手足の強張りが解け、額にかいた脂汗を拭う。
「それでも油断ならないわ。こっからが本番よ」
そう言ってウルリカは、制御下にある縮退魔境を再び駆動させる。掌に乗せたその魔石は、彼女の魔力を吸い上げるにつれて、僅かに浮遊しながら回転していった。
「こいつの扱い方は詰まる所、加速装置ってところね。今やこんなちっぽけな石コロの中には光さえ抜け出せない超重力が渦巻いてるのよ。にわかには想像出来ないでしょうけど。そんなモノをそのまま野に放てば当然過去の大惨事と同じ轍を踏むことになる。でも石コロの中に閉じ込めてるうちは悪さ出来ないわ。むしろ利用し放題ってわけ」
ウルリカの掌の上に乗せた縮退魔境は、見る見るうちに回転速度を上げる。周囲を包み込む力場は波濤となり、目も開けていられない程の烈風が吹き荒れる。そして、術者の皮膚を焦がしかねない、無数の火花を散らし始めた。鈍く沈み込んだ、吸い込まれてしまうような重低音を上げながら。
「つまり! 内部に渦巻く超重力の回転流に魔術を乗っけて効力を指数関数的に上げるのがこの石コロの使い道ってことよ! 一、魔石の起動! 二、超重力の抑制! 三、臨界点ギリギリまで回転加速! そして四つ目、最後の工程ってのが――!」
ウルリカの掌で舞う縮退魔境を、宙空へと力一杯に放り投げる。直後、機敏な動作で外套を脱ぎ捨て、腰に携えていた儀仗剣を納刀したままベルトから引き抜いた。
「『赫灼たる閃光よ! 善と悪とを隔てず、万象を浄化す劫火よ!」
呪文の詠唱。激しく燃え立つ灼熱の炎が剣に宿る。熱波の奔流、それはまるで、小さな太陽の如く、煌々とした唸りを上げて。
「終端の大火は幽かに集いて、大樹の根を灼き、盤を抜く!」
その詠唱が生むは、鋭く研ぎ澄まされた火矢。刀身を弓幹に準えて鞘の中程を握り、燦然と滾る火矢を番える。柄尻と鞘尻に張った一筋の炎を弦として、番えた火矢を静かに引いた。
「興り鎮まり、天地の理! 灼天火山、始原の覇道! 以て紅蓮の観念を為す!」
猛火を纏えど、心は平静。その瞳は冷徹に、宙空に舞う黒鉄の魔石を狙う。
「『魔を以って魔を示す! 魔が纏わるはその残滓! 相対するはその痕跡! 示したるは魔の燈! 斑痕燈!』」
詠唱に詠唱を重ねる、それは追跡の魔術。頭に叩き込んだデータと、目に焼き付けた飽和魔石の貌を、炎の魔術に刻み込む。すると、ウルリカの番えた火矢には、あたかも無数の羅針が道程を指し示すように、青に煌めく光の筋が絡みついていく。
「はあああああッ!!!」
それはまさに、獅子の咆哮が如く。その猛りに呼応して、纏いし炎の趨勢は最高潮に到達する。番えた火矢はまるで台風の目のように、周囲のあらゆるものを灼熱の波濤で吹き飛ばす。ウルリカが足を着けた鉄製の床は、その熱に当てられ溶解し始めていた。
「ちょ、ちょっと! これじゃあ此処、保たないじゃないか!」
パーシーは目も開けていられず、手で光を遮りながら声を上げる。
「ウルリカを、信じてください! ギリギリまで、粘るつもりなんです!」
すぐにも溜め込んだその魔術を放たなければ、側防塔が瓦解する恐れさえある。だが、ウルリカはこの一撃に、込められるだけの魔力を込め切るつもりのようだ。魔力の血管である“魔脈”が焼き切れるほどに。それはまるで、体中に剃刀が這うような激痛。
だが、彼女は決して魔力の力動を止めなかった。
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