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初の依頼

1.

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「要さんだぁー」

「…………」


 すうは、すうは。陸は何故この奇妙な要の息遣いが聞こえないのか、シャルロットは常々疑問に思う。

 嫌そうなシャルロットの表情を見て、ラースメンが耳穴に唇をつけ、小声で話す。


「あばたもえくぼです」


 とても的確なラースメンの台詞に納得してしまう。日本の血は一滴も入ってないラースメンの、日本語の堪能さに驚きを隠せない。


 四か国語をマスターし『過去は話せない、シャルロット様が知ってしまうと巻き込まれる可能性もあるので』と、過去のラースメンの生きた過程を知らない。

 決定的な言葉は言わないが、父からの情報では、かなり優秀なFBI捜査官だったらしい。

 ご馳走様な二人。ラブラブし、嬉しそうな陸は幸せそうでいい。では私達もと、シャルロットはラースメンにもたれて甘えた。

 ラースメンはもたれてきたシャルロットの頭を、頭部から髪の毛の先までを、愛でながら撫でていく。

 要と陸のラブシーンを嫌そうに見るわりには、息を吸うように自分達も、甘い空気を出しまくるのだ。

 要と陸。ラースメンとシャルロットは同類で間違いない。



 どれくらい経ったか、数分か数十分か、要が陸に話しかけラブシーンがストップした。


「陸。今日はもう学校は終わりだろう? 俺とデートに行かないか?」

「え? 要さんと…デート?本当に?」


 陸の目がキラキラと輝いている。要が忙しいのは知っているし、空気を読んで毎日会いたいとは絶対に言わないが、実はもう毎日でも一緒にいたいのだ。

 日がな一日ベタベタしたい。視界の中に要さんを入れたい。要さんを思いっきりデッサンしたい。

 日々の悶々が治らない陸だった。

 大学生になると同棲している子も結構いるのに、結婚し、万が一子供が出来ていても何ら問題ない陸と要が、何故一緒にいれないのだろう。

 姉や義兄も当然、結婚したのだから陸は要と住むと思っていて、ベビーシッター兼家政婦さんも雇って準備万端! だったのに、要からは一緒に住もうというお誘いはない。

 陸は今だに姉の所有するマンションの一室に住んでいた。結婚しても何一つ生活が変わらないのだ。



(あつかましく、あのタワーマンションに住みたいとは口が避けても言えない…けど、出来ればもっと要さんと一緒にいたい!!)


 日本人にはあり得ない色彩を放つ、色鮮やかなブルーシルバーの要の瞳。

 その中に真剣な表情を見せる陸自身が写っていて、ドキドキしてしまう。


「これからの今日一日、身体をあけた。仕事ばかりで落ち着いて会えなかったからな。穴埋めをしようと思うのだが。
 陸は今日、何か予定はあるか? あるなら終わるまで待っている」


 じわじわと涙がせり上がる。


「ないです! 予定なんてないです!! 要さんと一緒にいたいです」

「そうか良かった。会いたいのが、俺だけだったら寂しいからな」


 はうっ!!! 麗しく眩しい笑顔で、なんて素敵な発言をかますんだ、この人は。


 陸はきゅんきゅんと悶絶中。要の言動が陸に上手くハマっていると、要は嬉しくてガッツポーズだ。

 要自身は、大企業を率いるCEOだ。舐められないよう、常に自分を大きく見せ、肩を張って生きているが、実は甘えたいタイプでもあった。

 全く見目にあってないが、抱きしめたい思いプラス抱きしめられたいタイプだった。

 だからこそ、老若男女に優しく、年関係なくお姉さんっぽい性格のお世話好きで、スレンダーではなく女性らしい肉付きがある陸は、要のドンピシャタイプなのだ。



「あっ、下半身元に戻ってる…」

「シャルロット? 下半身て何が?」


 シャルロットのボソッと突っ込みを耳に入れた陸は真顔で返し、真横に座っている要は物騒な顔で睨んでくる。


(なんで、睨むのよー。ナマの陸に会って匂いと感触に興奮して、勃起したのは貴方の勝手じゃない! バラさないだけ、私は偉いわよ!!)


 きっちり脳内で要に抗議したシャルロットだったが、そこは大人な対応をする為に、笑顔で陸に答えた。


「私ね、実はさっきから足が痛くて。いやぁーその痺れがなくなって、元に戻ってるわぁって。もぅー変に耳がいいのだから、陸ってヤラシーわ」

「や、やらしいって!! 何それっ、違うんだから」


 シャルロットは息を吸うように、陸を茶化す。楽しくてやめられない。
 下半身話が一着したのを聞き届け、要はシャルロットとラースメンを丸無視したまま陸だけに超絶に優しげな表情で語りかける。


「今日の荷物は重いか?」

「重くないです。今日は全部ロッカーに入れてますから…」

「そうか、では行くか!」

「えっ? このまま行くんですか? 車は…シャルロットは?」

「車では行かない。この車も、俺の車も、ちょっとデカイから通常使用の駐車場には入らない。
 今日は陸が思う普通のデートをしたい。相手が俺だから普通の生活が出来ない、楽しくないとは思われたくないんだ」

「そんな、思わない…ですよ…」


 強く普通じゃない、ゴージャスなデートがしたいとは、陸には言えない。お金をかけるデートが正直好きじゃないからだ。


 洗濯機では回せないような値段の綺麗な服も、マンション一室購入分よりもはるかに高い車も、値段が高くて重量があり肩が凝る宝石がふんだんに使われたアクセサリーも、世界のありとあらゆる珍味満載のフルコースも、子供っぽい陸には嬉しいとは感じない。

 唯一値段が高い場所は好きだ。

 だから、要の住むあのタワーマンションで、自分が作ったソース焼きそばを、大好きな要と肩が触れ合う距離で座って食べたい。

 口に出さないが、陸が今、最も憧れる夢みたいなものがそれだった。


 要もその陸の気持ちを、今更ながら理解しのだ。それは要と結婚して、陸が何一つ強請ってこないからだ。

 要の知る《女》とは、家族や彼女でなくても強請ってくるモノという認識があった。そして買い与えたら、どの女も飛び上がるほど喜んでいた。

 結婚してすぐの頃。

 良かれと思って、一度、学生では入店するのも躊躇われるようなハイブランドに連れて行ったら、陸は喜ぶどころか悲しそうな顔をして。


『わ、私のこの格好は、恥ずかしいですか? 要さんと…歩く時…はっ…。
 そ、外では離れて歩きますから、こんな高い、の、いりません』


 涙声で話された日には、頭を鈍器で殴られた気持ちになった。


『違う! 恥ずかしくない。悪かった、そう言うつもりで連れてきた訳じゃない!』


 即座に答えたが、喜ぶと思って連れてきた陸の瞳には、たっぷりの涙の膜が張っていて、どうしたらいいか右往左往した。

 気を利かした店員が『今回は新作もまだなので、また新作が入ったらお越しくださいませ』と退店を促してくれて、無事に帰れた。


『すみません。変なわがまま言って』

『謝らないでくれ、違うからな。陸の姿に嫌はない、本当だ!』

『…はい』


 絶対分かってないだろう!! と口に出したいが堪えた要は、上手い言葉も出ずに、そのまま家に送る羽目になったのだ。

 今日は間違いはしない。そう心に決めていた。

 要の妻として、公式の場に出る際は、それ相応の服を着てもらわなければならないが、本人が望んでいないのに、普段の生活にハイブランドの服はいらない。



「近くのショッピングモールなら、バスと電車ですぐだろう?」


 要の恐ろしい提案にビックリだ。要は自分の美貌をあまりよく理解していないみたいだ。要みたいな煌びやかな人が普通に歩いていたら大混乱必死だ。

 いつもドアトゥドアだから感覚がおかしくなっているんだと確信し、陸は要の手を握り困った顔で教える。


「要さん!! あのですね、要さんみたいに背が高くて美し過ぎる有名人が、ショッピングモールなんか歩いたら目立ちます!困りますよ!」


 シャルロットが褒め過ぎだと思うわ。などと残念な顔を見せてくるが、陸は必死。

 言われた要は、顔が崩れてないか不安になるほど感動に打ち震えていた。面と向かって、陸からの賛辞は感動ものだ。

 要の顔が多少崩れていても、分厚いフィルターがかかっている陸には、要の変な表情は分からない。


「だ、大丈夫だ。サングラスをかけるし、スーツは脱いでいく。髪も崩しているから、普段の俺とは分からない」

「もう!! そんなの、余計目立ちますっ。要さんは骨格からして美しいんです。
 頭身バランス抜群の石膏像の中にいたら、要さんは目立ちませんが、ずんぐりむっくりな体型の普通の人や私の側だと、それだけで目立ちます!」

 むうっ!!と尖る唇が堪らなく愛しい。


(可愛い過ぎる、キスしていいか…)


 返事は濃厚なキスだった。


「か、かな、め…ンッ…さ、ンッっ…」

 むチュッ、いやらしい効果音が脳内を占拠していく。

 いきなり舌が入ってきたら、驚いて当然だ。会話の途中であったし、ギャラリー(シャルロットとラースメン)がいるのだ。


 自然に陸へ覆い被さり噛み付くように、唇を押し当ててくる要。

 ヌチヌチと舌を舌で味わい、突っ込みどころ満載なディープキスを披露しているのが、要は実は無意識だから恐い。

 早い話が感動し過ぎて、欲情したのだ。思考が性犯罪者だろうと、受ける側に寄っては多少違う…のか?がシャルロットの見解。

 過激なディープキスを嫌がりもせず、背中に手を回し豊満な胸を必死に押し付けていたら世話はない。
 陸も要と同様、かなり長い間、思いを秘めていた為、ストッパーが外れると、こうなってしまう。

 シャルロットだけでなく、ラースメンまでも、ちょっとこの二人は大丈夫か?と眉間のあたりに皺を作っていた。
 キスが長過ぎて陸が朦朧としたところで、要は我に返った。

 舌を抜き、唇を離した。



「わ、悪い、大丈夫か?」

「…ら、らい、…じょ…う、ぶ…れ、す」


 あまり大丈夫じゃない。酸欠プラス欲を刺激され、色気を、引き出された陸はウットリ次を待っていた。


「よし、外に出よう。着替えたいんだが、いいか?」

「……了解ですわ、陸を連れて車の外にいますから、ゆっくりお着替えください。陸!!」

「は、はい!!」



 シャルロットの声に、陸のふわふわ頭が若干戻った。


「息を吸うみたいにすぐエロい事する人って、かなりの浮気症だから、気をつけた方がいいわよ」

「えっ…」

「おい!! 違う!!陸っ、本気にするな」

「…別に、浮気くらい…大丈夫だもん」


 唇をグッと噛んで強がりながら車から出た陸は、シャルロットにしがみついている。


「違う!!」


 抗議の途中でドアが閉まる。ラースメンも反対側のドアから出ようとし、一言。


「…龍鳳寺様、会話の途中で、あのレベルのキスはどうかと思います」


 ごもっともな意見である。普段は能面のようなラースメンの顔が、はっきり軽蔑の表情で要は硬直する。


「………」

「ごゆっくりお着替えください」


 車内に一人となった要は、頭を抱えて唸っていた。


「違う、違う、ちょっと、可愛い過ぎて、少しくらいキスを。と違う、浮気なんて、あぁ、でも、あの陸の顔は…。違うんだ、反動が」


 ぶつぶつと言い訳をしながら、最高級のオーダースーツを脱ぎ捨て、用意していたカットソーとジーパン、靴はスニーカーに吐きかえる。



「今日は挽回日、挽回日だ。落ち着いて臨むんだ」

 己に言い聞かせ、要は車を降りた。




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