誘拐記念日

木継 槐

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奮励③

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午前の授業が終わり、僕達は6人で部室に向かう。
僕が一番後を追って歩いていると、僕のすぐ前を歩いていた憲司がこちらを振り返った。
「宗太、ちょっといいか?」
「……?」

前を歩いていた面々に憲司が先に行くように促した。悠一は怪訝そうにこちらを伺っていたけど、秋大に押されてさっさと廊下の角を曲がって行った。
「ごめんな、急に。」
「いいけど……。」
僕が頷くと、憲司は僕に一通の封筒を手渡した。
「どうしたの、これ。」
「俺の父親から渡せって頼まれてたんだ。」
「え、あの院長先生?」
「細かく言うと……父親の伝手で精神科医に紹介状を出してもらった。」 
「は?!」
いきなりの好機に驚くと、憲司は気まずそうに頭をかいた。

「俺なりに影子さんのこと追ってみたんだ。宗太の言っていた内容なら、病院にはかかってると思ってさ。そしたら……俺の病院に見事に患者としていらっしゃったそうだ。」
憲司はわざとらしく尊敬語を使って、拍子抜けたことを伺わせた。
「……そうなんだ。」
「良かったら使ってくれ。」
「……うん、ありがとう。」
「礼はいらない、俺に何がやれるか考えてただけだから。」

次の日、僕は悠一を連れて精神科の橋爪という医師を訪ねた。
悠一を引っ張っていくのは……とにかく部活の一環にしたかったから。
と言うのは建前で、本当は一人で行く勇気がなかったから、ほんとごめん悠一……と心の中でだけ謝っておいた。
受付に説明をすると、看護師さんに怪訝な顔をされたからアポは取れてなかったんだろう。
それでも、すべての患者さんが終わってからなら構わないみたいで、僕たちは精神科前の待合室で待つことになった。

壁掛けの時計が12時を少し回ったころ、僕たちの受け付けた番号が呼ばれた。
恐る恐るノックをすると、扉の向こうから「どうぞ。」と柔らかい声が聞こえた。
「失礼します。」

「ようこそ。僕に御用だそうで。」
「はい。その……解離性同一性障害について教えて頂きたいんです。」
「それは構わないけど……どうして僕を指名したのかな?」
「本当は影子さんの事を聞きたいです。……でも病院は個人情報に関しては厳しいと思ったので。」
「関係性に寄るけどね。」
「僕は影子さんと赤の他人です。」
僕がつい言いよどむと、橋爪先生は首を横に振った。
すると痺れを切らした悠一が僕を指差して声を上げた。
「こいつは影子に誘拐されてたんだ。無関係というわけにもいかないんですよ。」
「悠一!!」
「なんだよ!遠回しに言ったって通じねぇだろ!!」
橋爪先生は悠一の言葉に目を泳がせた。
「誘拐?!彼女が……。」
「違ッ…先生が思うようなことじゃないんです!衣食住に困ることはなかったし、学校にも通えました。それに……僕の受けていたいじめを終わらせてもらえたんです。だから……影子さんは逮捕されるような人ではないんです。」

「彼女のしたことは立派な犯罪だよ。……影子さんの前科の事は聞いてるかな?」
橋爪先生の問いかけに僕と悠一は黙ってうなずく。
「あの子は、人を殺している。」
「ッ……。」
「でも、僕として……それを裁く気にはなれなかった。影子さんの罪を黙認し続けたんだ。」
橋爪先生は両手指を絡めて自身の膝を叩いた。
その姿はまるで僕達に赦しを請うように見える。
「それは僕たちも同じです。影子さんの行動は僕たちの思考を飛びぬけた向こう側にあるみたいで、とても追いつけませんでしたし。」
「ははっ、そうかもしれないね。病気の話で伝えられるとしたら、影子さんのような交代人格の特徴かな。」
僕たちは、橋爪先生の話に耳を傾けた。

「人格を複数持っている人の特徴の中で、芸術的センスが鋭かったり、極端に知能が高い人格がいることがある。よく、犯罪者やサイコパスとして創作物の媒体で扱われることが多いのも、彼らのこういった特徴からだと思う。」
「影子さんもそうなんですか?」
「おそらく。人を殺めた話に戻るけど、影子さんはめった刺しにした刃物の刺した箇所、順番、角度、被害者が死ぬまでの様子まで説明できた。」
橋爪先生はそう言うと引き出しの大きなファイルから一枚の紙を引き抜いて、僕達に差し出した。

僕たちがその紙を覗き込むと、そこには人体の印刷の上に赤いペンで刺し傷と番号が克明に記されていた。
「「ッ?!」」
「これを見せられた時は、僕も恐ろしかった。きっとこれからもこの子は繰り返す気がしたから。」
橋爪先生は紙に視線を落とした。
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