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コンプレックスのもと。

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 ひゅん。
 
 なにかが飛んでくるのが見えた気がする。
 けれど、野添一太郎のぞえ いちたろうは動けなかった。
 
 転校の手続きに来た高校のグラウンド。
 広々としたそこではサッカーと野球が半々で行われている。
 一太郎は視界の隅にとらえつつも、端っこを歩いていた。
 
 運動は好きではない。
 うるさい声にも耳を塞ぎたくなる。
 そのせいで誰かが一太郎に呼びかけたことに気づくのが遅れた。
  
 高い身長と涼しげな風貌。
 
 見た目だけの印象で言うなら、即座に反応しそうな雰囲気を持ってはいる。
 ざく切りの微妙な長さをした黒髪をなびかせて、ひらりとかわしそうに見えるのだ。
 細くてすっと通った鼻筋、きりっと少し吊り上った目と平行にある形のいい眉。
 
 この外見のせいで、どれだけ損をしてきたかわからない。
 
 運動神経良さそうなのにと、がっかりする顔には小学生の頃から慣れている。
 実際、一太郎には運動神経の「う」の字もない。
 ひょっとすると反射神経もどこかに落としてきたのかもしれなかった。
 そのぐらい、見た目を裏切る運動音痴。
 
 だから、視界になにかが割り込んできてもよけるなんて器用さは発揮できずにいる。
 ただ「あ」と思っただけだ。
 そのなにかが自分にぶつかると脳が判断したにもかかわらず目すら閉じられなかった。
 
 と、そこに、さらになにかが飛んでくる。
 自分の上へと影を落とすものに、一太郎の目が勝手に見開かれた。
 
「うりゃっ!」
 
 声とともに影が風のように目の前を横切っていく。
 
 一太郎はその光景を呆然と見つめていた。
 心を奪われていたと言っても過言ではない。
 
 それは確かに「人」だった。
 
 動きはスローモーションになることなく、一瞬の出来事で終わる。
 なにが起きたのかよくわからないまま、立ち尽くしていた。
 その一太郎の前に誰かが歩いてくる。
 足でサッカーボールを器用に操っていた。
 
 赤茶けたくしゃくしゃの短い髪がやけに印象的だ。
 自分の前まで来て、にひっと笑った顔に白い歯がこぼれた。
 身長百八十センチをわずかに超えている一太郎を見上げてくる。
 きっと二十センチ近く低いに違いない。
 
 大きくて黒々とした瞳とはっきりくっきりな太い眉。
 ちょっぴり子供っぽさが漂っているのに、なぜか年下だとは思わなかった。
 自信満々といった笑みを浮かべる相手に気圧されているくらいだ。
 
「おっまえ、すっげー鈍くせーなー! 超ウルトラスーパーデラックス鈍くさい!」
 
 うぐっと言葉に詰まる。
 初対面の相手から、自分のコンプレックスを見事に突かれたからだ。
 言葉を返せない一太郎とは対照的に、相手はにこやかなまま言葉を続けた。
 
「もーちょいで、こいつが顔面ヒットするトコだったもんね!」
 
 ひょいっと軽く足首を折り曲げ、額の上でサッカーボールをリフティング。
 ぽんぽんと数回、真上に跳ね上げてから、膝で受け止める。
 
「あんま見ねー顔してっけど転校生かー?」
                                                          
 本当には、コンプレックスを刺激されて嫌な気分になりかかっていた。
 にもかかわらず、あまりにも相手が普通に話しかけてくるので、ついこくりと頷いてしまう。
 
 正直、一太郎はこの手の人種とは関わりたくないと思っている。
 運動神経がいい奴なんて一緒にいればいるほど嫌な気分になるとわかっていたからだ。
 外見の割りにはと言われ、馬鹿にされるのがオチ。
 
 今までも、もう何度となく、嫌な思いをしてきた。
 
「んじゃ、これから職員室とか行くの?」
 
 もう一度、こくりと頷く。
 
「だから、もう行かねぇと……あの……さっきありがとな」
 
 一応、礼だけは言っておいた。
 鈍くさいとの発言を加味しても、助けられたことに感謝はすべきだろう。
 これからの行き先が、職員室から保健室にならずにすんだのはこいつのおかげだ。
 体を返そうとした一太郎に、相手がまた、にひっと笑った。
 
「そんならオレが案内してやる! お前、トロくせーから迷子になりそーじゃん!」
 
 言うなり、ボールを明後日のほうへと蹴り飛ばす。
 が、それは明後日のほうではなかった。
 ちゃんとグラウンドにいた別の生徒に向かって一直線。
 
「わりい! オレ、抜けるー!」
 
 広いグラウンド中に響き渡るほどの大声で言い、手を振る。
 遠くから、おうという返事が小さく聞こえてきた。
 一太郎は相手の「好意」を断ることもできずに、顔をしかめる。
 
 放っといてほしいというのが正直な感想だった。
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