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崎坂の勘違い

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 部活の練習後、大倉が部屋に来ている。
 おつきあい開始から五日が経っていた。
 土曜日も部活はあったけれど、平日より早く終わる。
 
 そのあと、部屋に誘った。
 とはいっても、もともと二人は友達同士。
 今までも普通に大倉は遊びに来ているので特別なことではない。
 
 でも、と崎坂は思う。
 
 恋人として部屋に大倉がいるというのは特別なことだ。
 いきなり押し倒したりしないとは言ったものの、やはりちょっぴりは期待もある。
 軽くふれる程度なら、友達としてだってさんざんしてきた。
 今更、拒絶されることはないだろう。
 
 大倉が警戒しないようにさりげなくスキンシップをはかるつもりでいる。
 少しずつ恋人という距離感に慣れれば、大倉の意識も変わるかもしれない。
 可能性が百パーセントないのなら、つきあうことにはなっていないはずだからだ。
 
 わずかであれ自分に向けられている好意。
 
 それに、崎坂は食い下がるつもりでいる。
 はっきり言って大倉に断られるだなんて想定外だった。
 そのせいで、今までなんの根拠もなく持っていられた自信は打ち砕かれている。
 告白しさえすればうまくいくというのは幻想だったのだ。
 
 現実は厳しかった。
 
 それでもつきあうところまではなんとかこぎつけられている。
 この可能性の芽を、絶対に摘んではならないと思っていた。
 大事に育てて未来に希望を繋ぐのだ。
 
 現状、大倉は自分に好意を持ってはいるけれど、男同士での行為に抵抗があるらしい。
 つまり、今はそのハードルを越えられるほどには好かれていないということだ。
 なにせ崎坂はそんなハードルをとっくに越えてしまっている。
 
 隣に座っているだけでも体が反応してしまいそうになるのをこらえていた。
 この違いに、内心しょんぼりしている。
 お互いの気持ちの量が明確に感じられてさみしかったのだ。
 
「これ、オレらが最初に走ったやつ」
 
 崎坂はDVDプレーヤーのリモコンを手にしている。
 あまり広い部屋ではないけれど、テレビとDVDはあった。
 ゲーム機もいくらかあり「友達」として、もう何度も一緒に遊んでいる。
 そのせいか大倉はまったく緊張感がない。
 
 二人はベッドを背もたれにしてあぐらをかき、床に座っていた。
 崎坂の右側に大倉がいる。
 腕がふれそうな位置に、崎坂はずっとどきどきしている。
 
 けれど大倉は今まで通りといったふうだ。
 意識している様子はまったくなかった。
 さらにさみしくなりはしたものの、少しずつだと自分に言い聞かせる。
 
 大倉は自分とは違い、性的なことには消極的だった。
 みんなでエロ話をしている時も、積極的に参加してくるほうではない。
 聞かれれば答えるぐらいで、エロ本の回し読みの輪からも外れている。
 
 ちらっと横目で大倉を窺ってみた。
 崎坂がかけたDVDの映像にのめりこんでいるらしいのがひと目でわかる。
 浮かんでいる表情は、真剣そのもの。
 
 学生服の白いシャツがどことなくストイックに感じられるほど大倉には欲がない。
 エッチなことばかり考えている自分が情けなくなった。
 
「あ…………」
 
 不意に大倉が小さく声をあげる。
 つられて崎坂もテレビに視線を向けた。
 自分が走っている姿が映っている。
 あまりいいフォームではないのが気になって顔をしかめた。
 
 二人は陸上部で駅伝チーム所属。
 
 濃紺のたすきを肩から斜め掛けして、崎坂は走っている。
 崎坂の次の走者が大倉なのだ。
 この大会は一年生だけで参加した。
 初めて大倉にたすきを渡した記念すべき大会でもある。
 以来、走順は崎坂の次が大倉なのがほとんどだった。
 
「ここって六キロねぇ区間だったよな」
「うん、オレのとこはね。お前は六キロちょいあっただろ」
「そうだよ」
 
 確か距離の差は五百メートルほどだったと記憶している。
 崎坂はどちらかと言えばスピードランナータイプだ。
 だから、短い距離を任されることが多い。
 対して大倉は大きなストライドで淡々と走る長距離タイプ。
 タイプが違うので、崎坂は自分と大倉をあまり比べたことがなかった。
 
 恵まれた体格が羨ましくないと言えば嘘になるけれど、それも長短ある。
 崎坂は淡々と走るのが苦手なのだ。
 前にいる走者を追いかけるほうが好きだった。
 
「すげぇな……お前、この時ちゃんとペースとか考えてたのか?」
「んーと……これでも一応は考えてたよ」
 
 画面では崎坂が前にいた四人目の走者を抜いている。
 この日の大会で、崎坂は十四番目にたすきを受け取った。
 六区間ある内の最初の二区間であまりいい順位にならなかったからだ。
 最終的には、崎坂の走った三区で八位にまで押しあげている。
 
「六人抜きって言ってもなぁ。前に十四人もいたんだから普通じゃね?」
「普通じゃねぇよ」
 
 ぽそっと、大倉が呟くようにそう言った。
 声の小ささに、崎坂は大倉のほうを見る。
 
 とたん、どきりとした。
 
 大倉が目をきらきらさせ、画面の中の自分を見ている。
 急に心臓がばくばくしてきた。
 今、大倉は自分だけを見ているのだ。
 画面の中の自分だとしても、こんなにも目を輝かせて見ている。
 
 嬉しくなっている崎坂の視界の中で、大倉の頬がわずかに赤らんだ。
 テレビからは大きな歓声。
 崎坂が大倉にたすきを渡すシーンが映し出されていた。
 
 けれど、当の本人は隣にいる人物に夢中。
 頬をほんのりと赤く染めている大倉に「イケる!」と思い、左手を握りしめている。
 
「こン時、お前、なに考えて……」
 
 大倉が不意に顔を崎坂のほうへと向けた。
 座っていても頭の位置は崎坂が下だ。
 見上げる角度で顔を寄せる。
 
 大倉の少しぷくっとした唇に、自分のそれを重ねた。
 柔らかくて気持ちいい。
 もっとしたくなって唇を動かし、ちゅっと軽く吸ったとたんだ。
 
「なっ……!? なにすんだ!?」
 
 大倉が体を大きく後ろへとのけぞらせる。
 顔はほんのりな赤から真っ赤に変わっていた。
 
「なにって……チューを……」
「ふ、普通の顔して言うな! オレがその気になるまでしねぇっつったくせに!」
 
 まばたき数回。
 
 崎坂は困って頭をかりかりとかく。
 どう説明すればいいのか、うまい言葉が見つからない。
 言っても否定される気がした。
 
 さっきの大倉の目はきらきら輝いていて、「恋をしている」と言わんばかりに感じられたのだ。
 とはいえ、これは自分の勝手な感覚でしかない。
 怒った顔をしている大倉の前では、なんの意味もなかった。
 
「あ~わり……ちっと勘違いした」
「勘違いぃいいいっ!?」
「マジで、わりーわりー。もうしねーから」
「ったりまえだろうが!」
 
 ぷいっと大倉がそっぽを向く。
 崎坂は直感でものごとを判断している。
 けれど、最近はこの直感がどうにも信用ならなくなっていた。
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