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科学の子
しおりを挟む「今日こそ教えてくれるよね?母さん」
夕食後の片付けの後、居間に戻ると息子のチェービーがかしこまって座っていた。
ああ、やはりきたか、と、私は思った。
今日は息子が高校に入学した日。かねてより、高校生になったら話すと約束していたのだ。息子はそれをちゃんと覚えていたようだ。それまでおくびにも出さなかった自分の出生について、今、突然、正面切って訪ねてきた。
「あなたの父親のことね?わかったわ。話してあげる。もう、そういうことを理解できる年頃ですものね」
私は反対側のソファに座り、息子を見た。息子は真剣な目で私を見ている。
「あなたはもう、生物の基本設計、DNAのことは習っているわよね?」
私の言葉に息子は意外な顔をした。けれども、口を挟むのは良くないと思ったのだろう。ただ、黙ってうなずいた。
「私がその関連の研究にたずさわっているのも知っているわよね?」
「うん、詳しくはわからないけど、母さんが生命工学の研究者だとはわかってるよ」
息子が答えた。
「なら、察しがつかない?」
そう、質問してみた。息子はぎょっとして言った。
「ま、まさか、俺は人造人間だったの?」
予想通りの答え。私は笑った。
「残念ながらそこまで現代の科学は進んでんないわ。理論的にはもう少しなんだけれど、一から人間を作ることはまだ無理ね」
それを聞いて、息子はホッとしたようだった。自分がフランケンシュタインの怪物とでも思ったのかしら。
息子は黙って私の次の言葉を待った。私は話を続けた。
「でもね。現在、家畜の交配に使われている精子のDNAは、ほぼ人為的な修飾がなされているの。一応、元となったオスはいるんだけど、そのオスのDNAを、より欠点が少なくなるように改変するのね。そうしてから、メスに授精して子どもを得てるわけ」
それを聞いて、息子が言った。「じゃ、俺も?」
「まあ、そういうこと。あなたは私が手を加えたDNAを元にして、私が授かった子ども。あなたは私が実際にお腹を痛めて生んだ、正真正銘、私の子。でも父親というのはいないの」
息子は一瞬、ひるんだようだ。
「でも、元になった人がいるんじゃないの?多少、DNAを変えたとしても、その人が俺の父親に当たることになるんじゃないの?」
息子は食い下がった。どうしても、父親という存在が欲しいのだろうか。
「まあ、そう思うことはできるでしょうけど、私がやったのはもっと徹底したことよ。今は多くの人のDNA配列がデータベースに登録されてるの。そこから最も優れているだろうとおもわれる配列を取ってきて、つなぎあわせたのよ。そしてそれを精子に挿入し、その精子を大量に複製して、あなたを得た。誰が元になったかなんて言えないわ」
息子はきょとんとしている。意味が分からなかったかしら。
「あなたに今まで父親のことを言わなかったのも、これで分かったでしょう。DNAとか生命科学の知識のないうちに説明しても理解できないと思ったからなのよ」
息子は黙って、なにか考えているようだった。予想外の事態に頭がついてきてないのだろうか。やっと顔上げると私に言った。
「なんで?どうしてそんなことをしようと思ったの?普通に子どもを作ろうとは思わなかった?」
予想通りの質問。私は答えた。
「私には結婚しようと思える男性がいなかったの。でも、子供は欲しかった。それが一つ。
あとひとつは好奇心。DNA配列を人為的に造り、子どもを得ることは動物実験では成功していたから、次は人かなって思ってた。でも、研究倫理に引っかかって、出来なかった。そこで、こっそり、自分にやろうとしたわけ。そして、見事成功。それがあなた。
けれどもこのことを公表できなかった。生命倫理に反した実験にどんな批判が下るか分からなかったから。だから、あなたの父親のことは今後も秘密にしてね。名も知らない男と行きずりの関係で出来てしまった、ということにしてるから」
「わかった」
息子はうなずいた。
「本当のことを知ってショックだったかもしれないけど、あなたは私の子であることは間違いがないのよ。それは忘れないで」
私は息子をいたわるように言った。
「いや、思ったよりショックはないよ。それより、気が楽になったかな。実は母さんが話してくれないので、もっと酷いことを想像してたんだ」
「酷いことって?」
「んっ、いや、母さんがひどく傷付く体験をしていたのかと。だったら僕の顔を見る度、それを思い出して辛いんじゃないのかとか。そんなこと考えてた」
私は思わず息子を抱きしめた。
「優しいのね、チェービー。あなたは科学の子。私の研究が生み出した、本当に素晴らしくいい子」
息子は照れて私の体から逃れ、その後、自室に戻った。
息子は私の話を信じたようだ。チェービーは科学の子。脳生理学、発達心理学の最新の研究を元に、投薬と教育を施し、大事に育て上げた私の息子。今日のできごとが彼の精神に及ぼす影響は少ないはず。彼にはむしろ良い方に作用したと思う。
私は絶対に、息子をちゃんと、まともな人間に育てる。あの時、そう誓ったのだ。
チェービーが生まれてすぐ後に、相手に選んだ行きずりの男が、新聞を賑わした時に。連続快楽殺人犯として報道された、あの時に。
終わり
”XX新聞 朝刊
高校生が母親を殺害 YY県
YY県東署は12日、母親をナイフで刺し、頭部を切断したとして、殺人の容疑で YY市内の高校2年の少年(17)を逮捕した。調べによると少年は・・・。”
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