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勇者のおきて
しおりを挟む「今すぐ魔王城には向かうな、ということですか?」
やや驚きをもって、勇者が賢者に聞いた。賢者はうなずいた。
「では、賢者様は、まだ我々では力不足だと思われているのですね?鍛え方が足りませんか?それとも、必ず揃えなければならないはずの装備が抜けたりしていますか?ぜひ、お教え下さい」
深々と頭を下げる勇者に、賢者は首を横に振った。
「いえ決して、あなた様が魔王に劣っているとは思っていません。お見かけしたところ、現在の勇者様なら、魔王と互角、もしくはより力は上回っているかもしれません」
「ではなぜ、すぐに魔王城に向かってはいけないんですか?」
勇者が聞いた。
「それはあくまで以前見た魔王と、今のあなた様を比較した評価であって、現在の魔王の力が昔と同じなのか、違っているのか、今の所、知るすべはありません。魔王がさらに強大な力を付けているかもしれない。そこで……」
「さらに鍛えてから、魔王城に向かえと?」
勇者の言葉に賢者は頭を振った。
「今から何年鍛えようと、もはやあなた様の能力は上がらないと思われます。勇者として最高のレベルに達しており、人の身での限界のところにおります。今のあなた様の力で魔王が倒せないのなら、それが人類の運命なのだと、受け入れざる得ないと私は考えます」
賢者の言葉に勇者は黙った。 ”ここが限界?では、やはり、魔王城に向かうしかないのでは?”
そんな思いが浮かんだ勇者に賢者が言った。
「そこで、もしものために保険をかけておいて欲しいのです」
「保険?」
わけが分からず、勇者はたずねた。 「と言うと?」
訝しげな目を向けた勇者を賢者は見つめ、ゆっくりと説明した。
「先代の勇者であるあなた様の叔父、ブランド様がお倒れになったあと、勇者の血を継ぐ者は、世界中であなた様しかおられない、という状況になりました。今回、あなた様が魔王城に向かい、魔王と戦って勝利すれば、それで世界に平和が訪れます。そうなることを私は心から願っております。
けれど万が一、戦いに敗れ、あなた様が命を落としてしまわれれば、どうでしょう。この世に勇者の血を継ぐ者はいなくなってしまうのです。そうなれば、もはや人間には魔王に対抗する術はありません。絶望の世界が待っているのです」
「え~っ!と言うと!」
「そうなのです。是非あなた様には、魔王城に向かう前に、お子さんを残しておいて欲しいのです」
賢者がきっぱりと言った。
「いやいやいや、子供って……。僕はまだそんな歳では」
勇者は顔を赤らめた。
「いえ、あなた様の歳でしたら、すでにその能力は持っておるはずですが」
賢者は真顔で言った。
「いや、確かにそうですけど、でもそんな突然……。それに全く相手もいないのに子供なんて、無理ですよ」
「それなんですが」
勇者の言葉を無視し、賢者が言った。
「次代の勇者の母となる女性が、平凡な能力しかない者では、あなた様の持つ勇者の血が薄まってしまう恐れがあります。できれば、人並み外れた強さや魔力を持った相手を選んでいただけると良いのですが」
「いやいやいやいや、そんな都合のいいことがあるわけが」
すると今まで黙っていた女剣士が手をあげた。
「私でよければ、その……」
かなり焦り気味で顔を背けながらもそうつぶやいた。顔は真っ赤だ。
「まあそういうことなら、強い魔力を持って生まれた者の宿命として、次代の勇者の母に私がなってもいいですよ」
表情一つ変えず、女魔法使いが言った。
「えっと、あの、私も、勇者様なら……」
周囲を見回した後、消え入りそうな声で僧侶が発言した。
賢者はにこやかに一行を見つめた。
「どうやら願いは聞き届けいただけそうですね。ここへは好きなだけ滞在いただいて結構ですので」
しばらくして、勇者は無事魔王を倒した。
しかし勇者の顔は晴れなかった。先日、三股がばれ、魔王城には勇者一人で乗り込んでいたのだった。
はたして、下手すれば魔王よりも強い三人に詰め寄られ、何を言われ、されるのか、と思うと、勇者は初めて無駄に勇気だけはある自分の性格を呪った。
終わり
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