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第四章

第57話  蘇る記憶

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「あああああ……こ、これでこそ魔王様っっ!!百年以上も仕えてきた私をゴミのように燃やす。あなたはやはり悪逆非道な王だ!! 清廉潔白な勇者の妻になどなれやしない」

 狂ったように……いや狂っているのか。身体が炎に包まれながらも高笑いをしているシキに僕は溜息をつき、肩をすくめる。

「勇者が清廉潔白? あいつは邪の塊だぞ? どれだけ僕の身体を貪欲に貪ったことか」
「……!?」

 炎に覆われていても、シキの驚愕している顔が良く分かる。
 勇者が邪の塊だったことがそんなに驚きか?
 それとも僕が勇者に抱かれている、というのが余程ショックだったのかな。
 
「あ、信じられないって顔しているね。でも、勇者だって所詮ただの人間だ。皆が勝手にイメージしているだけだよ。僕だって決して悪逆非道なわけじゃない」
「ば……ばかな……だったら何故、長年尽くしてきた私をためらいもなく殺す?」

 シキの言葉に僕は思わず可笑しくなって吹き出した。
 氷王もそうだったけど、僕を自分の所有物にしようとしていたくせに、何を忠臣面しているんだか。
 この際だからハッキリ言ってあげた方がいいね。


「単純に僕は君が嫌いなんだ」
「え……」
「君って悪趣味じゃない? 親の前で子供を殺したり、恋人の前で兵士をなぶり殺してさ。あれの何が楽しかったわけ?」
「……」
「しかも交渉ごとなんか一つも成立させたことがなかったよね? 約束なんか一つも守ったことないし――僕、約束破る奴って嫌いなんだよね。信用できないし」
「……あれは……」
「約束は守れ。悪趣味なことは止めろと言っても、全然言うこと聞いてくれなかったじゃない? なーにが僕に尽くしてきただよ。僕の命令を無視して自分の趣味に突っ走っていたくせに」
「あれは貴方のために……」
「僕の為じゃなくて、自分の為なんだろ? 自分の趣味に走っているにすぎないのに、僕の為だと言って言い訳する所も嫌いなんだよ」

 僕は更に炎の魔法に魔力を注ぎ込んだ。
 燃え盛る炎の中、身体が黒く陽炎のようになっているシキ。ただ黒かった目は、白く光を放ちこちらを凝視している。
 ……くっ、そう簡単に消し炭にはならないか。
 アレムによって身体が強化されているせいか。


「アレムさま……アレムさまぁぁぁぁぁぁ、どうか、どうかお力をっっっっっ」


 断末魔の声で邪神の名前を叫ぶシキ。
 まだ叫ぶ力が残っていたか。
 全魔力を注いでも、消し炭にすることはできなかったか……だけど、あれだけ依り代にダメージを与えればアレムとて力は発揮できない筈。


『“神”をみくびるな! 魔王よ』
 

 ガンッと頭の中を直接叩きつけるような声。
 シキの声じゃない。
 人間の声でも魔族の声でもない、耳を通さず頭の中に直接語りかけてくるこの声……くっっ……依り代が滅する前にアレムが目覚めたか。
 大炎華フレアルドの紅い炎がたちまち黒くなる。
 シキの身体は先ほどよりも一回り、二回り大きくなり、背中からは蝙蝠の翼が現れる。
 次第に炎は小さくなり、やがて消失する。
 黒の炎から現れたのはシキとは似ても似つかぬ怪物だ。
 虚空に繋がっているような真っ黒な目、灰色の地肌に頬や腕、足には唐草のような白い肌が浮き上がり、背中には蝙蝠にも似た翼が四枚……あれが邪神アレムの本来の姿なのか?
 すさまじい威圧を感じる。
 身体が動かない……まるで全身を押しつぶされるようなこの感覚。
 まさに神が降臨した時の、それだ。
 神を前にすれば人間も魔族も、否応なく跪く……それほどまでに絶対的な存在だ。
 だけど僕はここで跪くわけにはいかない。二度と邪神の言葉には従わない。例え、この場で殺されたとしてもだ。

『魔王よ……転生して愚かさが増したようだな。脆弱な人間として生きているにも関わらず、反抗的な目で我を見るとは』
「お前にゼムベルトを殺させるわけにはいかない」


 僕の言葉にアレムは血走った目を見開いた。
 次の瞬間、黒い蔓が僕の四肢に絡みついてきた。
 一瞬、先ほどの水の魔物の仲間かと思ったけれど、絡みつく蔦からは生命の温かさを感じることができない。
 恐らく魔術に近いもの。
 神の力によって作り出された無生物だ。


 アレムは僕の顔を覗き込み、頭の中に直接言葉をかけてくる。


『アレは生かしてはならぬ。アレは前世に重大な罪を犯した』
「重大な罪、だと?」
『神を殺した罪だ。そして神を従わせた罪もある』
「以前にも言っていたな……一体、どういうことなんだ?」
「それに答えるには、まず貴様の記憶を蘇らせる必要がある」


 僕の眉間にアレムの人差し指の先端が触れてくる。
 まるで氷のような冷たい感触がしたかと思った瞬間。
 目の前が闇に覆われる。
 全身を奈落に叩きつけられたかのような痛み。
 僕の頭の中に膨大な情報が流れ込んでくる。
 失われていた記憶がアレムの手によって引きずり出される。


『アシェラ、愛している』

 僕を呼ぶ少年の声が響き渡る。
 駄目だ、思い出したらいけない。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ……っっ!!

 思い出したくないのに。
 昔のことを思い出してしまったら、僕が僕ではいられなくなってしまうっっ!!



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