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第三章

第44話 春の舞踏会①

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 季節は春。
 この時期は皇室主催の舞踏会があるらしく、城内はにわかに浮き足立っていた。
 しかもこの舞踏会は海外の王家も参加する盛大なものらしく、その時に僕とゼムベルトの婚約も発表することになった。
 後には引けなくなった感はあるけど、僕も覚悟を決めるしか無いか。
 皇帝陛下にも涙ながらに息子を頼むとか言われてしまっているし、皇后様も僕のことはとても気に入ってくれているみたいだしね。
 その日、僕は何人もの女官に取り囲まれ身支度をさせられていた。顔そりから、散髪、着替えまで。
 最後に皇后様から賜ったジャケットを女官に着せてもらう。すると他の女官たちは僕の姿を見て感嘆の息をついた。
  
「……何て美しいの」
「本当に。どんな美姫もジュノーム様の姿を見たら裸足で逃げますわ」
「許して頂けるのであれば永遠に見ていたいくらいです」

 女官たちは、正装をした僕の姿を見て口々に言った。
 女性のようなドレスというわけにはいかないけど、丈の長いジャケットには細やかな金銀の糸で薔薇の刺繍が施されていて、とても華やかなものだ。
 髪の毛もセットされて、少しばかり化粧もしている。
 鏡に映った僕は、なるほど。いつもより小綺麗だ。
 そこに部屋のノックする音がして、ゼムベルトが中に入ってきた。
 彼の後ろには正装姿のオルティスと、ノアが控えていた。
  
「あれ?ノアも参加するんだ」
「これでも一応伯爵家の一員だからな。家族の知り合いも多く出席している社交界にはあまり出たくないんだけど」
「社交界だったら、家族の知り合いどころか、家族そのものも出席するんじゃないの?」
「実家は帝都からかなり遠いし、兄弟達も辺境の警備にあたっているから、滅多に社交界には出ないんだ。でも親父は顔が広いから、知り合いの貴族も多くて、俺の顔を知っている貴族もいるんだよなぁ。まぁ、ダチの婚約発表だから、今日だけは顔を出すことにしたけど」
「知り合いに会うくらいどうってことないだろ?」
「それがどうってことあんだよ。俺、実家を家出して冒険者になったから」

ああ、成る程。
 貴族の子息が冒険者になるって言ったら親は反対するよね。
 家族の反対を押し切って冒険者になった身としては、確かに社交界には出づらい。

「そうでもしないと探せなかったからな。ヴィオラ……じゃなくて、オルティスのことは」

 まだ、オルティスって呼び慣れていないんだな。
 それまで堅い顔をしていたオルティスの頬がわずかに赤くなる。本名を呼んで貰えて嬉しそうだな。
 ゼムベルトが僕の前に出て手を差し出した。
 僕はその手を取り彼のエスコートに従う。
 柔らかく微笑んでくるゼムベルトの笑みにドキドキしながら。

 僕たちの後ろに護衛としてオルティスとノアが後ろからついてくる。
 実家で軟禁状態だった僕にとって、社交界は初めてだ。
 まぁ、魔王だった前世の記憶があるから、まるっきり何も知らないってわけじゃないんだけど。魔族の間でも社交界というものがあって、王である以上そいつに参加しなきゃいけなかったからね。
 前世の時は玉座に座っていた立場だから、今世とは勝手が違うよね。でもまあ、貴族たちの腹の探り合いやら駆け引きは、人族も魔族も同じだろう。
 舞踏会会場である大広間の扉が開かれる。
 一瞬、青空が広がっているかと思ったら、天井にリアルな青空が描かれている。
 白を基調とした壁は茨の彫刻がほどこされ、床もまた白の魔石。
 中心には赤い絨毯が敷かれていて、玉座へと続いている。
 病床である皇帝陛下もこの日ばかりは、正妃様と共に舞踏会に出席していた。

『ご覧下さいませ、あの方が皇太子殿下の伴侶となられる方』
『噂に違わぬブラッドレッドの瞳。なんて美しい方なの……』
『黒髪もまるで澄んだ夜空のよう』
 
 きっと前世の記憶がない僕だったら、周囲の視線の重圧に心が押しつぶされていただろうね。
 周りの目を気にしながらキョロキョロしていたと思う。
 ちなみに今の僕は、周囲の視線や囁き合いを聞いても、特に何にも感じない。
 言い方は良くないかもしれないけど、羽虫が騒いでいるぐらいの感覚しかないのだ。


『ん?あれは……フォレストロード家の三男じゃないのか?』
『えっ、見間違いじゃないのか?』
『いや……間違いない!! フォレストロード伯爵に知らせねば』

 別の方向ではノアの姿を見た貴族たちがざわいめいている。後ろでノアが盛大な溜息をついているな。
 家出した身としては、家族には会いづらいだろうな。まぁ、この場に出ると決めた時点で本人もある程度は腹をくくっているとは思うけど。
 不意に刺すような視線を感じ、僕はそちらへ目をやった。

「……っっ!?」

 一瞬、見間違いかと思った。
 今、一番会いたくない不愉快な顔が二つもあったからだ。
 何故、奴らが此処に居る? 
 忌々しい僕の実家、ティムハルト侯爵家の面々だ。

 ティムハルト侯爵家当主、ダグラム=ティムハルト
 ティムハルト侯爵家長女 ミーリアム=ティムハルト
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